表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
金の鳥籠  作者: 真城 朱音
白の王
5/35


 そんな日々が、十日も続いただろうか。既に自我が崩壊していきそうな感覚に、身体がすくむ。

 他者の名で呼ばれ、他者として扱われるのは、自己の否定だ。

 なのに、私はそこから抜けだせられずにいた。


「ルゥ。おはよう」

 優しい声に、頬を撫でられる感触。胸の痛みとともに目を覚ます。格子越しに陛下の薄い色の目と出会って。その目が笑みの形に変わるのが幸せだった。

 錯覚だ。

 陛下がそんな風に格子越しとはいえすぐ側に立つから。触れて、くれるから。

 私は、気付けば格子のすぐ側で眠るようになった。

 錯覚。

 夜、話しながら、陛下の柔らかな声に耳を澄ますように、格子に額を押し付ける。

 すると、陛下が手を伸ばして、首筋に触れ、額と額を合わせてくる。

 錯覚、だというのに。

 愛していると、目の前の人が、私に全身で伝えてくる。


 七日過ぎたあたりから、陛下は私が『ルゥ』ではないと、突きつけてこなくなった。




 昼間の来訪者に、私は戸惑いを隠さず振り返った。見下ろすように立つ金髪の男に、合わせるようにして、思わず立ち上がる。

 陛下は、いつだって傍らに座って、視線を合わせて話してくれた。

 金髪の男は、じっと私を見下ろして、目を眇めてくる。気に入らない、というように。

「ずいぶん素直に、受け入れているように見えます」

「他に選択肢がありますか」

「あなたは、『ルゥ』様ではない」

 わずかに苛立たしさの混じる声に、瞬いた。そうして、気付く。あぁ、『ルゥ』は、彼女は、いったい。

「あなたも、『ルゥ』が好きだったの」

 男の気配がカッと逆立った気がした。迫った気にわずかに身を強ばらせる。けれど、その気配は次第に収束した。

「態度のいいあなたの、籠の外へ出る許可が下りました」

「……は」

 今度は、私の顔色が変わる。いやだ。それは、

「よかったですね『ルゥ』。昼間も、陛下に会えますよ」

 いやだ。


 朝と、夜。

 夢うつつ、現実感のない逢瀬。

 幻のように囁かれる愛。

 だから、ルゥでいられた。

 けれど、それ、以上は、


 かたむいて、しまう。




 外出着を与えられ、籠から出され、客間の真ん中で立ち尽くしている私に、恐れていた足音がやってきた。

「ルゥ」

 執務はいいの。王様なのに。

「籠の中は気が塞いだだろう。中庭に出よう。ここでしか見られない花もある」

 俺は詳しくはないけれど、と困ったように笑いながら、陛下は私の手を引いた。

「教わったのは、覚えている。春呼草、水辺歌、霧香花」

 陛下が口にした植物は、私にも馴染みあるものだった。全て薬草だ。観賞用の花ではない。それも、解毒や消毒に使われる、一般的なもの。

 変わった人だったのか。それとも、私と同じように、薬学の知識があったのか。

 つないだ手はそのままに、陛下は私に中庭を紹介してくれる。楽しそうに、幸せそうに。

 空を見上げて、ぽっかりと広がる空と、伸びる尖塔に、本当にここがお城なのだと思い知った。

「ルゥ、こちらに」

 池の中の東屋へと連れられ、座らされる。

 その途端、どっと疲れが出たのか、そのまま立てなくなった。

「十日も籠の中にいたんだ。疲れただろう」

 すっかり萎えてしまっている。外に出される事に抵抗は覚えたものの、あのままずっと籠の中だったらと思うとぞっとした。

「本当はもう少し早くだしてやりたかった。すまない」

 労るように抱きしめられて、痛む心臓に、思わず陛下の身体を押しのけていた。

「……ルゥ?」

 ルゥ。じゃ、ないよ。

「っ……」

 こらえきれず、涙がこぼれた。

 苦しい。ルゥである事が。この人の眼差しを受け止める事が。


 ルゥで、ない事が。

 こんなにも。


 陛下は困った顔をして、私の頬を撫でる。指の背で涙を掬うようにして、ぽつりと呟いた。

「『ルゥ』も、時々そうやって泣いていた」

 ピタ、と、涙が止まる。

「……泣いて、いた?」

 どうして?

 陛下はそれ以上語らない。切なそうに、私の涙を見つめて、そっと拭ってくれる。

「『ルゥ』、には……」

 彼女には。


 想い人が、いたのだ。



 心臓に、冷たい亀裂が走った気がした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ