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再会は、想像していたよりもずっと早く、私が鳥かごで眠った翌朝だった。
「おはよう、『ルゥ』」
柔らかな声で目覚めを促され、私はぼんやりと顔を上げる。寝起きの、寝間着姿で、身内でもない男と対面以下略だった。
「おはよう、ございます。陛下」
白い少年は、にっこりと金の鳥かごの前にしゃがみ込んでいた。正確には、私の眠るすぐ側。格子を挟んだ傍らに。
「顔を洗いたかったらそこで。髪を結うためのものは引き出しに」
そんなもの、昨夜はあっただろうか。薄暗かったために覚えていない。
「そんなに、死にたくなかったか?」
背を向け、顔を洗った途端、そんな問いかけを向けられた。
「こんなのは、ごっこ遊びだ」
少しだけ、『ルゥ』のことを教えてあげよう、と彼は笑った。
金の格子を挟んで、私たちは床に座り向き合っていた。
「『ルゥ』とは、十年前に、出会ったんだ」
じゅうねんまえ、私が口の中で唱えるのを聞こえたように、彼は頷く。
「俺はまだほんの子どもでね。世の中を知らなかった。王族の宿命だと言い聞かせて、まわりは俺に世界を見せようとしなかった」
そこにやってきたのが、『ルゥ』だ。
「世界を見せてくれた。教えてくれた。諌めてくれた。大切な事は、全部『ルゥ』から教わった。でも、」
ふいに陛下は口をつぐんだ。続けようとした言葉をかみしめるようにして喉の奥に追いやり、緩く首を振る。
「ルゥは、俺の前から姿を消した」
それが、十年前だ。出会ったのも、別れたのも、十年前。別に、その間中焦がれ続けたわけじゃない。ただ、今、その『ルゥ』にそっくりのあなたが俺の前に現れた。
「運が悪かっただけだ。今でなければ、こんな風に籠にいられる事はなかった」
「籠にいられるのでなければ、私は死んでいます」
それもそうか、と陛下は笑った。
白い髪、青白い肌。笑っているのに、不健康そうな影が消えない。それはまるで、死相にさえも見えるようで。
弱って、いるのだろうか。
心も、身体も。
だから、十年前に出会った人物を思い出すきっかけに。ボロボロの心を癒すために、私は望まれた。
「分かっている。あなたは『ルゥ』ではない。これはごっこ遊びでままごとで、偽りだ」
格子の隙間から手を伸ばされた。
肩口で切りそろえられた髪。むき出しの首筋を撫でるようにして、陛下は目を細める。
「あなたがルゥなら、髪はもっと長く、その首には、俺が与えた首飾りが下がっているはずだ」
私は身じろぎする事もできず、ただ陛下を見つめていた。何が、十年焦がれ続けていたわけではない、だ。
立派に初恋を逃してこじらせた、しょうがない男の子だ。
可哀想な、ただの王子様だ。
そんな、熱の灯りそうな目で、私の中に。
この人は、私の中に、『ルゥ』を見つめている。
「陛下」
思わず口をついで出た言葉に、陛下は私の頬に手を添える。
「リオ、と」
『リオ』も、『ルゥ』も、
俺たちだけの名だ。
そう言って、彼は嬉しそうに笑った。
陛下が『ルゥ』とは別人として私を扱ったのは、その時だけだった。
政務があると立ち去り、次に陛下が現れた夜には、もう、私は『ルゥ』になっていた。
陛下は必ず朝と夜に現れて、朝は私を起こしてすぐにいなくなり、夜は他愛のない事を話してはすぐに帰って行く。時間にしてどれくらいだろうか。朝は本当に一瞬で、夜だって暖かい室内で、いれてもらったお茶が冷める前に帰って行ってしまう。本当に短い時間。
北の森のヒナが孵った。あのとき子犬だった猟犬がそろそろ引退する。すすめてもらったお菓子屋さんの新作が季節もので美味しかった。
そんな、他愛無い日常会話。
時折金髪の男が様子を見ていることがある。私が不審な言動をしないか注意しているようだった。
「ルゥ」
「なぁに、リオ」
話しているうちに分かったのは、陛下の性格が酷く悪いという事だった。悪いと言うか、歪んでいる。捻くれていて、意地が悪い。
『ルゥ』との思い出を時折話す。同意を求めてくるから、私は「そうだね」と返す。けれど、それが偽りだったりもするのだ。
「嘘だよ。そんな事はなかった」
私にルゥを求めているくせに、自分で自分に違う事を突きつけているように見えた。
戸惑う私を、目で楽しんでるように笑うから、尚更始末に負えない。
他愛無い事を話して、私が慌てる様を一通り楽しんで、そうして、短い髪をまるで責めるみたいに、首筋を撫でて帰って行く。
陛下は、『ルゥ』が好き。
全身で感じる。あの人は、『ルゥ』が好き。
そして、私は『ルゥ』になってしまっている。
だから、錯覚する。
落ちて行く感覚に、何度も悲鳴を上げながら目を覚ました。




