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金の鳥籠  作者: 真城 朱音
小話
34/35

白の王の陛下 下




 抱きしめて、笑って、触れて、焦がれて。求めていたものがそばにある幸福に、酔いしれる。

 ルゥがいる。ルゥでなくとも、ルゥになってくれた少女が、この手に。




 幸せだった。だって、彼女は『白い陛下』に焦がれていない。知らない誰かを思って、泣くこともない。

 何故だか時折、こちらをじっと見つめて泣きそうな顔をしているけれど。

 その顔の意味を考えれば、きっとこの関係は終わってしまう。

 彼女が仮に解放を願っていたとして、それを叶えてやることは、どうしてもできそうになかった。

 彼女はどこにも行かない。とどまる理由となる怪我もないし、探さなければならない白い陛下もいない。

 なれてきた頃、「意地悪ですよね」と小さく呟かれて、心外だ、と瞬く。そんなの、従者に比べれば物の数ではないだろうに。彼女は彼に何度も会っているわけではないから、そんな風に思うのだ。あいつに比べれば、こちらのしている意地悪など、大したことではない。


 そんな風な戯れを、いったいどれほどの日々過ごしただろう。


 いつもの中庭。密会のような、丈のある植物に囲まれた小さな東屋で。

 傍らの少女に手を伸ばす。あぁそう言えば、ルゥにはずっとそばに居てもらおうと思っていたんだ。あの時から、自分の隣はルゥだと決めていた。

 生涯の、伴侶は。

 傍らの、柔く細い肩に手を伸ばす。その動作のどこかに、いつもと違う気配があったのだろうか。彼女が固唾をのんでその手の行方を見守っている気がした。

 抵抗しないのを良いことに、そっと、その目尻に唇を落とす。

 今まで願望はあったけれど、一度も実行したことのないそれ。異なる体温の触れる距離で、直に、唇を落とす。

 案の定、瞬間振りほどかれた。

 いつか覚えた、昏い炎がチリリと燻る。久方ぶりの拒絶に、伸ばす手に力がこもった。拒絶できる立場かなどと、居丈高な酷い言葉を投げた気がする。

 怯んだその隙に付け入ろうとした時、冷や水のような制止の声が、背後からかけられた。

 呆然として、振り返る。

 金の髪の、ずっと一緒の従者。そろそろ、半身とも言える、年上の導き手。その彼が、執務を促してくる。

「わかった」

 信じられない思いで、頷いて、その場をあとにした。少女と、従者、二人を置き去りにして。


 彼が、制止の言葉をかけるなど夢にも思わなかった。

 そんなにも、度を超していただろうか。確かに、従者の目のある所では、無意識に自制していたような気がする。最初こそ、不審人物として扱っていることを隠そうともせず、少女の方を見張っていると思っていたけれど。


 近頃、見張られているのは自分なのでは、と思うようになった。やましいことがあるからではと言われればそれまでだったが、実際従者の目があるのとないのとでは、戯れ方に差があるようにも思う。


 あぁけれど、その印象が間違いでなかったとしたら。

 あいつは、少女を見守っているのだろうか。蔑むような目をして、触れること無く、ただ、見つめているというのか。


 なぜ、そんなことを考えるのだろう。あぁ、従者に裏切られたような気持ちになるなど、もってのほかだ。今までどれだけの恩があると思っているんだ。考えては行けない。そんな、従者の忠心を疑うような、ことなど。

 一度そう思うとたまらなくなって、その日の夜、もらった果実酒をあけた。

 今まで飲むどころではなかった酒の類。嗜むようになったのは、それこそ王位継承間近で、特別強いわけでもない。

 だと言うのに、そんな中、少女を部屋に呼び出した。

 その顔を見て、ふと、思いつく。気弱になっている原因とも言える、それは時期の問題なのだ。

 ルゥを失った季節が、近いから。

 小さく笑ってそう告げれば、少女の眉が下がる。この少女は優しいのだ。だから、こんな風に付け入られる。

「ルゥ」

 名前を呼ぶ。きっと、少女の本当の名前ではないだろうに。可哀想に、こんな無様な男に、少女はほだされているのだろうか。こうして抱き寄せても、抵抗しないなど。

 あぁ、従者がきてくれなければ、きっと、止まらない。


 ルゥを呼ぶ。どこにいるのかと、うわごとのように。酒が回っている。自制がききそうにないとどこかで焦りがあるのに、その焦りは上辺を滑るだけだった。

 まずい、と思った矢先、手の中のグラスを奪われる。止める間もなく、少女は半分ほどはいっていたそのグラスを全てからにして、咳き込んだ。驚きの表情は咄嗟に取り繕えず、おろおろと少女の意識を問う。生返事で、ぐらぐらとゆれる身体に、既に途方にくれそうになった。

「ゆるさない」

 少女が低く唸って、心臓がすくんだ。やはり、彼女は、こんなことをする自分を許しはしないのか。

「どこにいったのよ」

 続く言葉に、様子が違うと思い至る。続きをききたくて、息を潜めた。

「へいかを、こんなふうにして……いなくなって……」

 しんじられない、ふざけないでよ、と呂律のまわっていない口で呟く。彼女は、誰に怒っているというのか。

「へいかを、こんなふうに、さびしくさせたまま、いなくなって。ゆるさないんだから……」

 これは、もしかしなくとも。

「でてこい。ゆるさない。ひっぱたいて、」

 やる、と、語尾は、口の中で消えた。少し黙ったかと思えば、こちらに両手が伸ばされる。

「なかないで、へいか。ルゥのことで、しあわせそうな、へいか、すきよ」

 ルゥ、みつけたら、ひっぱたいて、あげるから。

 わらって、と彼女は言った。それを全部きいたかどうかで、たまらなくなって、


 愛しいことをさえずる唇を、おもうまま、ふさいだ。






 ルゥか、ルゥでないか。二人ともが目の前に居たとして、より大切なのは、どちらか。

 ルゥはどう足掻いても隣にはいない。二人並んでいる所など想像もできない。だから、この場合、目の前にいるこの少女を守るべきなのだろう。

 同じ酒気に巻かれて、同じ寝台に横たわる。意識を失ったように静かに眠る少女は、大人しく腕の中に居て、その腕の中の暖かさ想いながら、目を閉じた。


 幸せだ、と思った。ルゥのことを抜きにして、この少女の傍らに在ることを。

 今更この少女個人を知りたいなど、考えることも許されないだろうけれど。


 ずっと、そばに居てくれると言うなら。

 ゆっくり、時間をかけていっても、いいだろうか。


 少なくとも、手放すことはもう考えられないから。



 そんな、風に思った矢先。

 少女は、あっけなくこの手から逃れ去って行った。



 かつてのルゥと、同じように。





 治癒者をともない、部屋に駆け込む。

「ルゥ?」

 血溜りと、死体だけが残る室内に、少女の気配は無く。

 再び、失ってしまったのだと、それだけをようやく理解した。


 自分はきっと、間違えたのだと思い知る。

 許されなかったのだ、きっと、少女にあんなことをして。


 だから、きっと、罰が与えられたのだ。


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