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金の鳥籠  作者: 真城 朱音
赤の娘
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 それから連日、仕立て屋の出入りがはじまった。嫁入り道具をそろえるとのことらしい。

「お色や衣裳の型は如何致しましょう」

「任せるわ」

 何を言われても、私はただその一言を返した。屋敷にある私物の整理をする。久しく戻っていない我が家の衣裳は、丁寧に手入れされ、美しい姿を保ったまま衣裳箪笥に収まっていた。

 でも、これらに袖を通すことはもうないだろう。まだしばらく王宮魔術師は続ける気でいるし、仕事場にこもっている以上、華やかな衣裳を着る機会はない。いつかやめた頃には、流行も、年齢も、ここにある衣裳ではそぐわぬことだ。今作っている嫁入りに使う衣裳も、袖を通すか怪しい。けれど、兄の好きにさせた。家の体面という物もあるから。

 ただ、婚礼衣裳だけは断った。式をあげる必要はない、と突っぱねる。執務室を訪れ、直接顔を合わせてそう伝えると、兄は私をしばらくじっと睨んで、そうか、とだけ呟いた。

 元々身体が弱い上に、そんな風にして日に日に悪くなる兄の顔色を、気にしないわけではない。もしかして、私が望む相手と結ばれぬことを気に病んでいるのだろうか。私が、結婚に対し淡白な反応しかしないのを、どうにかしようと心を砕いているのだろうか。

 魔術学院に入ってから、元々少なかった会話がさらに減ったために、兄の人間性を知っているなどと言えば嘘になる。ただ、昔から不器用な優しさはあったと思う。それが、変わっていないなら、きっと、兄は。

 この結婚は、誰が望んだことなのだろう。


 あなたが気にすることはないのに、と私は小さく呟いたけれど、私に背を向け執務机に向かう兄の耳には、きっと届かなかった。




 あとは私がいなくとも揃えられるとのことで、私は城に戻ることが許された。屋敷に残る私物を整理し終えたなら、との条件がついて、煮るなり焼くなり好きにしろ、と言わんばかりにもってきた物だけをまとめ始める。そして、ふと、吸い込まれるようにして装飾品を治めてある引き出しに目が止まった。

 なぜ思い出してしまったのだろう。どうして、視界に入れてしまったのだ。内心でそんなことを思いながら、立ち上がり、その引き出しをあける。

 そこにある青い輝きを放つ首飾りに、胸が痛んだ。しばらく身に付けていたけれど、やがて目にすることも辛くなり、しまいこんだ。こんな物があるから、と思う。これは、私が越えてしまった証だ。あってはならない出来事の証拠。ルゥと同一であると言う、証明。

 捨てようと思っても、アレクの母が残した物だと思うと、できなかった。してはならぬことだった。

 置いて行こう、と心に決める。忘れた頃に、きっと誰かが処分する。人の手に渡って、戻ってこなければ良い。

 引き出しを元に戻して、私は荷物を手に取った。式は挙げない。領地にも行かない。書類の上だけ縁を結ぶ。跡取りが必要なのは分かるけれど、そんなことは知ったことか。

 まだ二十二だ。もう少しで実を結ぶはずの研究を、ここで放置するほど時間がないわけじゃない。もともと仕事を優先させてくれる約束である。


 そんな風にして、きっと、私、知らないうちに夫ができているのだろう。





 仕事場に戻って数日、その日も変わらず研究にいそしんでいた。最近は試用のために訓練場に行くことも少なく、同じ姿勢で机に向かっているために、背中が痛い。

 訪れたノックの音に、顔を上げる。時間を思えば夕飯時で、日の落ちたこんな時間に、若い娘の部屋にやってくる来客はと言えば、大体陛下しかいなかった。

 それ以外であるならその場で入室の許可をだすのだけれど、相手が陛下だと想定すると、どうも立ち上がって迎え出る必要を思ってしまう。ため息を吐いて、扉を開けに行った。

「久しぶりだな」

 そんな言葉とともに、陛下私の手を掴んだ。滅多にあることではないけれど、いつものことだ。こうして、私は時々、夕食に連れ出される。

 陛下なら、いくらでも城の料理人が用意してくれるだろうに。わざわざ、部下を連れ出して。

 そうして、おなじみのやり取りを口にする。

「お付きをお連れくださいといつも言っています」

「ファナリアで構わないだろう。王宮魔術師なのだから」

「陛下の護衛は、近衛に属する者か、五年以上城に勤めた王宮魔術師であるため、私にはその資格がありません」

「だが、転移魔導士でもある」

「その能力の有無に二十年、使いこなすのにそれからさらに二十年かかることはご存知でしょう。移動陣が完成すればその限りではありませんが、私自身が自在に単独転移できるようになるのに、少なくともまだあと十八年必要です」

 そして有事の際に陛下を連れて逃げるなどと行った芸当ができるようになるには、まだかかる。私に護衛の資格はない。


 毎度毎度のやり取りをして、陛下はそれでも私を連れ出した。


 やがて、陛下で無くなるアレクシス様。王様をやめたあとの彼は、いったいどこで何をするのだろう。

 促されるままに馬車に乗り込み、きっとこれから大衆酒場を目指す。さすがに個室ではあるけれど、この人は本当に身の危険というものを分かっているのだろうか。なにかあれば、止めきれなかった私の罪になるというのに。


 辿り着いたその場所は、大衆酒場などではなかった。

 静かな場所。荘厳な空気。いつかの、私が、倒れ伏した、滑らかな床。


「……陛下?」


 どうして、こんな場所に連れてきたの。

「人がいなくなる時間でないとつれて来れなかったんだ」

 すまない、と彼は微笑む。

 着色ガラスを組み合わせた正面の大きな陰が、月光によって降り注ぐ。色とりどりの陰に陛下は包まれていた。きっと、私もそうなのだろう。

 連れてこられた先は、大聖堂。


「ルゥ」


 突然、陛下にそう呼びかけられて、心臓が悲鳴を上げた。胸が詰まって、痛みを訴える。

 手を取られたのに、逃げられない。動けなかった。陛下の頬に、私の掴まれた指先が触れる。

「ずっとそばにいてほしい。最初にそう口にしたあの日から変わらなかった、この想いを、どうか叶えてほしい」

「へいか」

 傷つく陛下を、ただ見ているしかなかった。リオとは呼ばない。私たちのだけの呼びだなどと、そんな幻想に逃げてはいけない。

 過去の話で、錯覚で、なかったことにしなければならないという事実は、何も変わらないのだ。

 人が時空を超えたなど、真実にしてはならない。ありとあらゆる世界観が壊れてしまう。

 そんな可能性を、後世に残してはならない。

「あなたが、知らないはず、ないのでしょう?」

 何故、そんなことを言うのだろう。知っているはずだ。私が婚姻を結ぶのは、あなたが選んだ。あなたが、私たち一族の血の故郷に据えた、新たな領主。

 こうなることは、簡単に予測できただろうに。

「乱暴な手段をとったことは分かっている」

 ただそう呟いて、私を抱きしめる。結婚が決まっているというのに、私は逃げられなかった。逆らえなかった。伸ばされたその腕を、拒めなかった。


 ずっとずっと忘れられなかったその腕の中で、永遠を望む自分の声を、無視できなかった。


「私の国王としての最後の仕事に、エマルクス領の領主を決めた」

 そうして、と彼は続ける。



「地位を退いたあとの自分を、新たに作った『ガートリウス伯爵』という地位に据えたんだ」



 身体を離してその顔を見上げようとしたのに、きつく抱きしめるその腕は、それを許してはくれなかった。


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