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目覚めると、そこは籠の中だった。痛む腹部をさすりながら、ぽつりと呟く。
「悪夢みたいな光景だわ」
薄暗い客間。高価な調度品が並び、天蓋付きの寝台の傍らに、私はいた。
巨大な金の鳥かごの中に、いれられて。
「気に入りませんか」
寝台に腰掛けていた人影に気付いて、私は最大限の距離をとる。こんなにも趣味の悪い籠をもっているのだ。何をされるか分かったものではない。
「陛下があなたを望みました」
先ほどの男だった。今となってはうさんくさい笑みを絶やさず、最低限の言葉しか告げてこない。
「……質問を、しても」
どうぞ、と言われ、ほっとすると同時に不信感を抱く。
「私、どうなったんですか」
率直な問いだった。何が、どうなって、こうなったのか。
だって私は、ただ大通りを歩いていて、恐らく馬車に轢かれたのだ。それが、どうして、見知らぬ礼拝堂に倒れていたというの。
その問いに、男は肩をすくめるだけだった。
「さぁ。私に聞かれても。少なくともあなたは、魔力を使い城内に不法侵入した罪で、極刑ですよ」
「は」
今、なんて?
「待ってください。私、なんでここにいるのかも分からないのに」
「自分の魔力を使っておいてそれは通じませんよ。あなたは犯罪者です」
「ならなんでその犯罪者が、こんな客間に、籠の中に、いるんですか」
こんな風に質問を受け付けてくれる事だって、そもそも親切だと思っていい気がする。
「あなたに選んでもらわなくてはならないからですよ」
選ぶ。
もう、こんな籠に入れられている時点で、選択の余地などない気がする。何を要求されても、私はそれを聞くしか。
「陛下があなたを望みました」
先ほども聞いた言葉を繰り返す。
陛下、とは。先ほどのあの白い彼だろうか。そうだろう。そう呼ばれていたと思う。あんな顔色の悪い王様がいたのか。
そうして、
「陛下のために振る舞うか、侵入者として拷問の末に殺されるか。どちらがいいですか」
選びようがない二択を、男は提示してきたのだ。
そうして、私はここにいる。
「今までの経歴は忘れなさい。あなたはこれから『ルゥ』です。陛下の呼びかけにハイと答え、笑顔を向け、要求を断らず、ただ、籠の中からあの方を慰めなさい」
「あなたを、なんと呼べば」
「……必要ありませんよ、あなたには」
私の名を呼ぶことなど。
冷たい言葉に思えるのに、どこか喪失を耐える者の目をして、男は首を振った。
「では、あの人を、なんと呼べば」
「陛下、と」
この質問の返答は素早かった。
「さもなければ、陛下自身が、呼んでほしい名を告げるでしょう」
「……今言われたすべてを、断れば」
「全てと言わず一つでも、速やかに刑が執行されるでしょうね」
あくまでもにこやかに、金髪の男はそう言って、私のいる金の鳥かご全体をざっと見渡す。
「ひとまず今夜はここで眠ってください。あなたの態度次第では、待遇の改善も考量しましょう。下手な事は考えない方がましですよ」
下手な事も何も、何か企んできたわけではないのに。
男が立ち去ったのを見送ると、金の鳥かごの中で、私は格子を背にずるずると座り込んだ。格子の間隔は大きく、一見すると間からすり抜けられそうな気になるけれど、それは魔力の壁に阻まれる。両手を突き出す事はできても、ここから出るのは不可能だ。
「治療、してくれたのかな」
身体の痛みはだいぶひいていた。男に気絶させられる際殴られた腹部だけが、酷く痛む。
身体も磨かれているような気がした。心もとない寝間着に、こんな格好で身内でもない男と対面していたのかとげんなりする。
「ここ、どこなんだろう」
考えられる可能性として、馬車にひかれた私が、何者かに連れ去られ、ここに置き去りされた、という事だ。その何者かは、ここの人々の混乱が目的だろうか。
「それにしても、あんなに若い王様なんて、いたかな」
馬鹿馬鹿しいたとえ話を放り出し、王様の事を考える。自分と近い年代の、白い王。あんなに若い上に目立つ王なら、知っていてもおかしくないと思うのに。
「……いや、いくら何でも、いくら魔術の虫だからって、さすがに世情に疎いわけではないわ……。常識くらい、身に付いてる。はず」
自らを省みて、当てにならない事に気づき肩を落とした。ひとまず自分の国ではない事は分かる。私の国の王も若いけれど、私よりいくつも年上だったはずだ。大人の男の人。黒い王様。
私には、夢があった。
没落しかけの家の復興。四大貴族としての誇りを取り戻すために、王宮魔術師になって、国王付きになること。
あぁ、けれど、それも。こんなわけの分からない事になってしまって。
「……なんて、魔力が覚醒しなければ、どうしようもないのに」
自嘲気味に笑って、私のはそのまま眠りに落ちる。
金の鳥かごの中は暖かく、手触りのいい薄い毛布一枚で十分だった。




