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金の鳥籠  作者: 真城 朱音
赤の娘
29/35

 荷物をまとめて、仕事部屋を出る。

 数日不在にするだけだ。必要な書類があるなら、送ってくれればこっちで書くと言ったのに。兄が一度帰ってこいとうるさいから。

 溜息が漏れた。好きにして良いと言ったのに。ただ、仕事は続けさせてほしい、と。そう伝えてある。なのに、今こうして仕事の休暇の手続きをして、家に戻ろうとしているこの状況はなんなのか。

 ファナリアは苛立つ心を抑えつつ、魔術棟を出た。城門近くに馬車が待っているらしい。

 小さな馬車を見つけ、それを目指す。いざのろうとしたその時、視界の端を輝く金の髪がかすめた。

 思わず、その光を追いかける。

「……ベアト」

 口の中で呟いた言葉は、きっと誰にも届かなかっただろう。彼の背後には、王太子もいた。二人ともどこか表情は硬く、私の方にまっすぐにやってくる。

 それを見て、私は小さく笑った。昨日の王太子との話を思い出し、なにか腑に落ちたのだ。なぜ、王太子があんな話を持ち出したのか、分かった気がした。

 彼は私の前まで来ると、勢い込んで口を開いたが、それよりも早く私が問いを口にした。

「知ってて近づいたの?」

「最初は知らなかったよ」

 賢い彼は、私の質問の意図を違わず即答した。

「ファナリアがルゥだと知ったのは、君が王宮魔術師になってからだ」

 そんなことより、と王太子は私の方を掴んで問う。

「どこに行くの」

「家に帰るだけよ」

 掴んでくる手に手を添えて、笑ってみせる。そうして、すぐそばまできていながら、一言も喋っていないベアトを見上げた。何を言いたいのか、と、視線で促す。何年前になるかの、あの日のように。

「……結婚すると聞いた」

 こんな馬車のくる、人の往来ある場所で聞くことだろうか。思わず困ってしまう。有能だが無口で知られる、陛下の側近が、こんな風に若い娘を引き止め、そんなことを聞くだなんて。

「そうよ」

「どこの誰と」

「さぁ」

 視線を落とし、肩をすくめる。だって聞いていないのだ。兄からの手紙には、どこにもどこの誰との結婚か記していなかった。

 きっと、私、ここで彼に幸せそうにしてみせるべきだった。過去を乗り越えて、幸せになるのだと、笑ってみせるべきだった。

「……知らない男と結婚するのか」

 そっと視線をあげる。ベアトは真っすぐこちらを見下ろしていた。その目はどこか険を孕んでいて、怖いな、と思うと同時に何故そんな風に憤りを露にしているのだろう、と疑問に思う。彼が続けようとした言葉に、その続きに、何かの予感に、ひやりとお腹の底が冷えた気がした。

「そんな結婚をするくらいなら、いっそ」

「四大貴族」

 遮るようにして、私は声を強めた。

「魔の一角、建国の立役者、その末裔。希少けうな転移魔導士当代の、最年少。変色した瞳を持つ、まほうつかい。その、私が」

 艶やかに。どうか、笑ってみせる。きっと最初に出会った十六歳の私のまま。恋に傷ついた女の子のまま、見方を変えていないであろう、この人に。

 不敵に笑ってみせる。もう、あの白い王様を想って泣いた私はどこにもいないのだと。


 ルゥを想って、わたしを抱きしめたリオが、もうどこにもいないのと同じように。


「その私が、政略結婚することの、何が、不思議だというの?」




 馬車に揺られながら、窓の外をただ眺める。藍色の内装は気をちらすこと無く、窓枠の向こうにただ意識を向けられる。屋敷にはほどなく着くだろうけれど、それでも外を見ているうちに痛む胸があった。

 目を閉じる。胸をおさえて、唇をかんだ。


 私は、ルゥを愛する陛下を好きになった。

 報われない恋をする陛下に、きっと同情した。ルゥはどこ、と呟きながら私を抱きしめる、その人を、好きになった。

「ルゥが結局誰だったかなんて、関係なくて」

 ただ、私、どうしようもない恋をした。


 だから、どうしようもないから、兄に言われた結婚をするのだ。

 焦げ付くような想いは抱けなくとも、寄り添うことはできるはずだから。信頼する兄の、決めた人であるなら、めったな人格はしていないだろう。


 馬車が止まり、外から馭者の手によって扉を開かれる。ありがとう、と囁いて、外に出た。荷物を受け取り、屋敷に入る。

「ただいまもどりました」

 出迎えた兄は、私に一言も声をかけることなく、身を翻して自室に戻ってしまった。義姉は困った顔でその後ろ姿を眺めて、私に肩をすくめてみせた。

「ファナリアちゃん、あの人から自分の結婚相手のこと聞いたの?」

「何も」

 あの人、と親しげにというよりもぞんざいに兄のことを口にする義姉に向かって、笑顔で返す。肩を落として、義姉は私を手招いた。傍らにはいつの間にか我が家のベアトが佇んでおり、彼からなにか書類を受け取る。一通り文書を眺めながら、私が何の心の準備もしないうちに、義姉はさらりと告げた。

「あなたの結婚相手は、ガートリウス伯爵。嫁ぎ先は、エマルクス」

 目を丸くして、義姉を見つめる。エマルクスとは、現在両親と祖父母か暮らす土地だ。つまり、かつて我が一族が治めていた領地。引き取り手が居ないまま、王領となっている、血の故郷。

 なるほど、と遠い地を思う。

「あの地に、この血を返すということ」


 長い間王の管轄だった領地に引き取り手が見つかって、それが運良く独身の貴族だったのだろう。兄はこれ幸いと縁談を進めたに違いなかった。人となりは見定めたはずだけれど。

 ……そもそも、王から領地を任せられた人物だ。それなら、きっと大丈夫。

 アレクシス=エミリオ陛下が、あの地を与えた人物なら、きっと。



 私は、ガートリウス伯爵と生涯寄り添う覚悟を、決めつつあった。




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