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金の鳥籠  作者: 真城 朱音
赤の娘
27/35

 私は片足をひいて、王宮魔術師の証である外套の裾をすくい、一礼する。貴族の礼だ。王宮に仕える者の、敬意を示す動作。

 誤摩化しも、その場しのぎの嘘も、通じないだろうと分かっていた。私にはただ、事実を述べることしか。

「王宮魔術師見習い、ファナリアと申します。国王補佐官閣下」

 ベアトである彼に、明確な地位はない。数の多い彼ら一族に権力が集まらないようにとの配慮だ。だからと言って、彼が軽んじられることなどありえず。彼自身その地位をひけらかすわけでもなく、国王につくしていた。

 金の髪が揺れる。私の方をただじっと見つめて、真実を見ようと目を凝らしていた。

「今年の、王宮魔術師見習い……。ファナ……?」

 ゆっくりと、ベアトの目が見開いて行く。王様の側近が、どれだけのことを知っているかは分からない。でも、知っている可能性も考えていた。

 私の予想は、当たったらしい。

「転移魔導士だと、聞いている」

「はい。今後、この国のため、陛下のため、術式の研究、開発。王城の守護に尽力する覚悟です。以後よろしくお願いします」

「……覚醒はいつだった」

 早口にまくしたてて、その場を辞するつもりが上手く行かなかった。小さく息をのむ。珍しい問いかけではない。王宮魔術師になりうる人材を早いうちから見出すため、公式な資料として残す情報でもある。ここで隠し立てした所で、ばれることだ。


 できることなら、ベアトとは関わりたくなかったのに。


「十六の、春でした」

 努めて冷静に、笑顔を浮かべて、私は答える。ベアトは静かに頷いた。何か続けようとするのに。なかなか口を開かない。私は、あの時のことを直接的に問われる覚悟を、しなければならない気がした。

「……二十年前、あなたによく似た少女と出会った」

 ほら。

「普通に考えると……。私は、あなたの母親に出会ったのか」

 問いかけともつぶやきともとれる囁きに、私は瞑目する。母親の名前を受け継ぐ娘はいる。貴族なら尚更だ。そういうことにしても良い。疑いをもたれるようなことじゃない。

 けれど、いずれ調べればばれることだ。私の母は魔術師ではない。王宮魔術師でもない。転移魔導士でもない。

 優しかったベアトに、不誠実な真似はしたくない。

 時空転移をしたこと、白い陛下、アレク、ベアトのこと。分かってすぐに避けたのは私だ。逃げたのは、私。

 研究課程に進んで認められるまで、王宮魔術師になれるまで、もっと時間があると思っていた。

 数年のうちにアレクは今の位を退くだろう。なれるとすれば、彼が退いた頃、王宮魔術師になるのだと、ずっとそう思っていた。

 けれど、今、何の因果かここにこうしている。

 今度は逃げなかった。王宮魔術師だけを、ただ真っすぐに目指した。そこに、過去のしがらみを交えて揺らいではだめだと思った。


 だからここでも、誤魔化してしまうと、何かいけない気がする。全てが水の泡になる。


「忘れてください」

 口から飛び出したのは、そんな言葉だった。

「説明することも、それを証明する術もありません」

 ベアトの目が私を注視する。正面から見返せなくて、私は顔をそらした。

「分からないまま、嘘か、本当か、疑いながら過ごすより、忘れて、なにも、なかったことにして」

「あなたは知っているのか。魔術師ファナリア。私のことを、知っている?」

 答えない。私は、ベアトの問いには答えない。唇をかんで、首を振って。

「あなたが会ったその人は、もうどこにもいません。四年分、人と関わりを得て、変わっていて。きっと、別人になってる。知らない人になっている」

「……? ちょっとまて、今」

 あの頃には戻れない。魔力が覚醒するかどうかに怯えて、白い陛下に出会って、錯覚して、金髪の彼の態度に傷ついて。アレクの無邪気さ、ベアトの優しさに、癒された。

 あんなに、心臓がうるさかった時代は、きっともうこない。

「あなたが、……ファナ様なのか」

 どうしてそうなるのかと、眉が下がる。知らず、一歩二歩と、ベアトから身体が逃げようとした。

 身を翻す。忘れてほしい。忘れてくれないと困る。無我夢中で走った。結局、いつかと同じに、私は逃げ出した。

 あの時の出来事は、ありえないことで、意味の分からない出来事で、禁忌だ。あってはならぬことだ。人が時空を越えるなど、そんな恐ろしいこと、あってはならない。過去に干渉しただなんて。

 作ってはならない前例だ。事故であったのだ。


 なかったことに、しなければならない。


「錯覚だったの」

 今でも思い出す。愛してる、と囁かれたあの声を。抱きしめられた、腕の暖かさを。

 陛下のアレは一時の気の迷いで、私のアレは同情と錯覚が引き起こした幻で。


 アレからもう四年近く経っている。

 引きずられては、ならない。懐かしむだけでなく、勘違いや、錯覚をしてはならない。そんなことに惑わされている場合ではないから。






 ファナリアが立ち去った廊下で、金髪の男はただ立ち尽くしていた。娘が立ち去ったばかりの場所を、ただじっと見つめて。時折、自分の手のひらを見下ろす。

(また、失った)

 漠然と、そんなことを考えていた。

 一度目は、彼が外部の人間と話している時だった。黒の森、無骨なお城の応接室。ファナリアのことを問われ、何故知っていると不審に思った時、アレクが助けを求め部屋に飛び込んできた。慌てて駆けつけた時には、彼女の姿はなかった。

 二度目は、やっぱり同じだ。今度は血まみれのアレクシスが執務室に残っていたベアトに助けを求めた。強い既視感に目眩を覚えながら、駆けつけた時、そこには絶命した間者と血溜まりしか残っていなかった。

 たった今、身を翻して去ったファナリアが、同じように消えないと誰に言えるのだろう。

 ベアトは二十年もの間、そんな恐怖を抱いて生きていた。新しく出会ったもの、ずっとそばにいたもの。彼らが、ある日突然消えていなくなってしまうだなんてことが、ありえるのだろうか、と。かつて、一人の少女にのみ、ありえたのだ、と。

「……二十年前に会ったファナ様の娘が、あのファナリアだ、とすれば」

 その推測は、成り立ってしまう。あのとき十六だったファナが、姿をくらましてすぐに誰かと結ばれていたなら、という仮定つきで。

 しかし。

「それでは、鳥籠に閉じ込められた、十年前の『ルゥ』は何者になる」

 分からない。

 そんなことより。

「四年、とは、何のことだ」


 ファナリアが口にした、「四年分の、人との関わり」とは。


 考える。彼は、ファナリアがファナでルゥであったなら、どうしたいのだろう、と。

「……陛下の、ルゥ様だというのに」

 最初のファナは、彼にとって主の大切な少女であった。

 次に出会った少女は、『最初の少女によく似た別の何者か』でしかなかった。その彼女に、彼は。

 金髪の男は。


「あいたかったんだ、ずっと。私は」


 ずっと。


 けれど、彼女たちが同じ存在だったなら。そんなことを、言いたかったのではないだろうか。

 転移魔導士。世紀の天才と謳われる、四大貴族魔の一角。魔の筆頭。その娘。

 知の学問に通じ、薬学、魔法薬学、医療、幅広い知識とそれらを絡めた彼女の研究に注目が集まっている。その上、転移術式の解析だ。彼女の研究が実を結べば、将来的に、主要都市に移動陣を設置できる。時代が変わろうとしている。

 彼女は弱冠二十歳でありながら、既にこの王国、魔術界に無くてはならない存在だった。将来を嘱望されている、ひとりの娘だった。

 そのファナリアが、説明できないこと、証明できないこと。つまりは、それをしてはならない出来事。

 仮定が浮かぶ。けれどそれはきっと口にしてはならないことで、彼女が口にしなかったことだ。

 それなら、金髪の男は、

「なかったことに、しなければならないというのか」

 ぼんやりとそう思い、くつりと笑う。先ほど走り去っていった二十歳のファナリアと、かつて二つの名前で呼び慕った十六歳の少女を思い返す。


 一つ年上の、優しく、美しい人を、思い出す。



 そうして、

 三十五になる自身の身体を、見下ろした。


 私は、あなたと同じ時間を生きているつもりだった。

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