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落ちる沈黙に、ただ、私は息を潜めて頭をたれるしかなかった。音はない。けれど、そこに、絶対的存在が佇んでいるのを知っている。
「……楽にしてくれて良い。かけてくれ」
柔らかな声をかけられて、私の肩がぴくりと震える。そろそろと頭を上げたが、顔を正面に向けることはできなかった。俯いたまま、着席を促されているのに動けない。不敬だ。不審だ。
臣下として仕えるつもりだった。今も、その思いに変わりはない。
けれどどうしよう。こんな風に、簡単に、足を運ばれるとは思っていなかったのだ。
震える声で、問う。
「……陛下、今日は、……何故ここに」
国王陛下が、私の仕事部屋を尋ねていらっしゃった。
「王宮魔術師は、王直属の管轄になる」
ぽつりともたらされた返答は簡潔で、聞いただけでは知りたいことに辿り着けない。思考をまわし、つまりどういうことかを考える。単純に視察かなにかということだろうか。新任の? わざわざ、陛下御自ら?
目を白黒させていると、ため息が聞こえた。かと思えば、淡々と言葉が紡がれて行く。
「王宮魔術師は、魔の精鋭。基本的に城では守りの要、戦場では攻撃の要となる。数が少ないから、平時はほとんどが城に常駐していて、ごく少数がそれぞれ各要所へ派遣される。城の守護は結界が担っているから、好き勝手扱う術式によって結界に負担をかけぬよう、結界を支えている王の魔力に同調する必要がある」
一息に言われ、瞬く。言われた言葉を繰り返し繰り返し、瞬いて、ようやく私は顔を上げた。
弱り切った、陛下の顔がそこにあった。
「……つまり?」
「…………つまり、王宮魔術師になった時点で、城の全ての魔術師は国王付きだ。交代制で王のそばに付き、身体をその魔力に慣らす。ここで、一度魔力の質を教える必要がある。同調の仕方は分かるな」
わけも分からないまま頷く。学院で教わったことで、当然の知識だった。
間抜けな顔を見られていると思う。ため息を、また吐かれた。陛下が立ち上がる。黒い髪の間から、褐色の瞳がこちらから逸らされること無くのぞいている。
おもむろに手を伸ばされ、怯んだのは一瞬だった。あれよあれよと、手を取られて。
「目を閉じろ」
言葉に従ったのはほとんど反射だった。わけのわからない言葉ばかり言われる中で、唯一理解できたから。
高い音が響く。からからと乾いた音がする。その音は、次第に一点へと集束し、
弾けた。
私から、陛下の方へ。
「……今のは」
思わず目を開いて振り仰ぐ。眉をひそめる陛下に、私は今自分が何をしてしまったのか、分からなかった。混乱して、我を失っていたとしても、同調などと言う単純な動作が失敗する謂れはない。にも、かかわらず。
膝が、笑い出す。
とにかく私は、陛下の魔力をはじいてしまったのだ。同調が、行えなかった。
「すみ、ませ」
腰が抜ける。膝が崩れ床に座り込みそうになる所を、陛下に支えられる。思わずその腕に縋って、けれど視界に入っているはずの陛下を見失いながら、なぜ失敗したのか考える。分からない。だって、こんな風になるなんて聞いたことがない。
「……目」
「は」
「元々、そんな色だったか」
言葉を飲み込んで、眉をひそめる。まばたきをして、陛下の顔を間近で見上げた。黒い髪、褐色の瞳。私より、ずっとずっと年上の、大人の男の人。
遠い過去の、思い出になった人。錯覚がよみがえる。高鳴る胸に、気付かない振りをした。
「おい」
「はい!」
よそ事を考えていたのがばれたのか、陛下が重ねて問う。何を問われたのかと慌てて思い起こし、目? と口の中で呟いた。
支えてくださっている陛下の腕から逃れて、ぱたぱたと執務用でない机の前に足を運び、そこにあった鏡の布を取り払った。両手をついて、覗き込む。
(……赤い)
こんな赤は、知らない。
私は、髪も瞳も、どこにでもある普通の色だったはずだ。目立つこともない。特別美しくもない、普通の。
国王陛下を振り返る。これはなんでしょう、とわけも分からず、知らない、と首を振る。眉をひそめて何も言わない陛下に、私はただ立ち尽くした。
「……魔力は、使われすぎると身体に影響を及ぼす」
知っていた。けれど余計なことは言わず、ただ頷く。
「けれど、その目のような例は、聞いたことがない……」
私もだ。こんな話は、知らない。陛下から短く、他に異常はないか、体内での魔力の流れは正常か、小さなことをいくつも問われる。私はその度に意識を集中させ感じ取りながら、どこにも異変はありません、と返した。
陛下の問いに答えながら、考える。
同調は、主に強い魔力の持ち主に、弱い魔力の持ち主らが合わせる行為を指す。
この場合、陛下の魔力に、私たちが王宮魔術師が合わせるのだ。そのとき、何が起きるか。同調とは、どういうことか。
魔力に置ける同調とは、大きな流れに、小さな流れが沿うことを指す。
では、例えば。逆だったら、どうなるのだろう。
小さな流れに、大きな流れがそってしまったなら。
私が陛下の魔力を、飲んでしまったのだとしたら。
思わず口元をおさえた。そんなことあるはずがない。この国に置いて、最も魔力が大きく強いのは、王族であるはずだ。だと言うのに。
仮説の一つが成ってしまった。
王族の力を取り入れた。その異変が露になったのが、この赤い目だったなら。




