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金の鳥籠  作者: 真城 朱音
黒の王
22/35



 遠くにいる彼を見つめる。術式を展開させ、ベアトを振り返って、陛下が笑う。アレクが、笑う。ベアトが、呆れたように肩をすくめる。

 そうして、さよならも、ごめんねも、私の言葉など何一ついらないことを気付かされるのだ。

 彼らは、『ルゥ』を吹っ切った。

 彼女の不在を越えて、いま、こうして、誰にも利用されることなく、立っている。幸せそうに、見える。陛下は身分と年齢を考えれば、相手もいるのかもしれない。ベアトだって、子どもがいてもおかしくない年齢だろう。


 陛下がこちらの方を見ている気がした。ここは鳥籠型の温室、空中庭園。修練場から見上げる姿は、さぞ壮麗なのだろう。

 微笑んで、両手を組んだ。目が合っているつもりで、私は祈る。これから先も、彼らに幸いがありますように。

 私が自分の魔力をものにして、はたして転移魔導士になるかどうかは分からないけれど。王宮魔術師は目指したい。なってみせなければ、後がないのは変わらないのだ。

 その頃には、きっと、陛下も王位を退いている。すでに在位五年なのだ。私が王宮魔術師になるのは、まだ、ずっと先。

 もう、私と彼らが交わることはない。本心から、良かったと言える。私にとって半年前のことが、彼らにとっては五年前、十五年前のことになるのなら。


 今更、会いに行ったところで仕方がない。




 それからの私は、魔術学院に通いつつ、ひたすら自分の魔力と向き合う日々だった。朝から晩まで思い通りにならない自分の魔力に付き合って、実技訓練をしつつ座学もこなさなくてはならない。

 成績は常に上位を保った。私が血筋だけに対して、血筋と権力の両方ある級友は、最初こそちょっかいをかけてきていたものの、私がそれに反応するだけの余裕がなかったために、気付けば誰からも相手にされなくなっていた。

 朝早くから学院に行き、図書館にこもり、授業を受け、夜遅くまで修練場で術式の試用を続け魔力の扱いを身につける。帰るのは夜遅くで、家では寝るためだけの生活が、三年近く続いた。


 三年間の基礎課程と専門課程を経て、研究課程に進むかどうかを、決めなければ行けない頃。

 私は、二十歳になっていた。




「推薦決まったって?」

 黒髪の青年に声をかけられ、咄嗟に立ち止まった。学院内の廊下の真ん中で、うん、とか、まぁ、とか曖昧に、けれど肯定を返しつつ目をそらす。そんな私に気付いているのかいないのか、彼は笑顔でおめでとう、と言った。

 アレクの一件から、黒髪の男の人を無視できなくなった気がする。

「いいなぁ。俺も頑張ったのに。とうとう最後まで勝てなかった。俺だって、王宮魔術師なりたかったのになー」

 いいけど、なるけど。と彼は口を尖らせながらそうぼやく。けれどすぐに、なれるのかな……。と弱音を呟くのは、研究課程から王宮魔術師になることの大変さを考えれば、きっと、だれでもそうだ。ただ、入学当初はさんざん偉そうに振る舞っていた彼が私の前でそんなことを呟くのは少し意外だった。

 驚いて見つめるわたしの視線に、再びにっこりと返してくる。

 王宮の中心人物の、とある侯爵家の末息子。私と違って、血筋と権力の両方を持ち、魔力も、それを操る素質も、そして、人の輪の中心に立つことのできる、神様に愛された申し子のような人。

 そんな彼を差し置いて、私は王宮魔術師への推薦状を手に入れた。

 学院教授三人からの推薦だ。そのうちの一人と彼は折り合いが悪いから、だから、私にまわってきた切符だろうと思う。

 王宮魔術師は、本来研究課程で成果を出して、進むことのできる道だった。私はそれを、とばして行ける。


 専門課程に入ってから、二年間師事していた教授からその話をされたとき、すぐに信じることができなかった。真剣な顔で繰り返し言い聞かされて、ようやく事態を飲み込んで。一も二もなく飛びついたのだ。

 もっとずっと先のことだと思っていた。

 学院の生徒の多くが、研究課程に進まずに基礎専門のみで卒業認定を貰い、学院を去って行く。なぜなら、研究課程に終わりはないからだ。学院に残って教授になるか、王宮魔術師になるか。そうでなければ、卒業認定も貰えずに逃げ出すか。

 研究課程に進めば、そこでの研究が認められない限り王宮魔術師にはなれない。王宮魔術師にならなければ後のない私は、研究課程に進むしか道はなかった。それでも、兄の身体を考えれば悠長にのんびりやってはいられない。そんな風に追いつめられていたのに。

 ぼんやりと回想していると、何かもの言いたげな視線に気付く。長めの前髪の奥から、薄水色の瞳がのぞいていた。

「最初の頃はさ、いろいろつっかかったけど、後から聞いた。四大貴族、魔の筆頭の、お家事情」

 あの頃は、悪かったよ、と彼は言う。私はなんだか今更だなぁと苦笑して、首を振った。苦笑と言えども笑顔を浮かべたことにほっとしたのか、ますます彼は楽しそうにする。

「ファナリアは、なんで王宮魔術師になりたいの?」

 唐突だった。それは、王宮魔術師を目指して研究課程に進む学友たちには、とてもじゃないが聞けない質問だ。瞬く私の手を取って、彼は廊下の突き当たりにある長椅子に、私を座らせた。隣に彼が座るのを眺めながら、質問についてようやく頭が追いつき、目をそらす。なんだかよりどころが欲しくて、腰枕(クッション)を抱え込んだ。

「あなたこそ」

 侯爵家の、末息子。人生など思うがままだろうに。私のように、貴族の古い血筋でありながらここまで切羽詰まった事情など、抱えている方が稀だろう。

「知ってると思うけど、俺、侯爵家の末っ子でね」

 うん、と頷く。

「でも俺、侯爵家の子どもじゃないんだ」

 は。と言葉が続かなかった。驚いている私に、逆に彼が驚いたように瞬いた。

「えっしらないの。嘘。いや、ごめん、皆知ってると思ってた。自惚れてた」

 早口で、そうかーとぼやきながら、ため息を吐く。俺はね、と静かに言った。

「王宮魔術師になるって家飛び出したら、気がついたら、知らないうちに、侯爵家の子になっちゃってたんだー……」

 視線が落ちて行く彼の隣で、私はなんと声をかけて良いか分からず、おろおろとあたりを見回した。助けてくれそうな人影はない。ていうかちょっと待ってそれってつまり、家を追い出されて侯爵家の子になってたってことで、つまりこの人本当なら四大貴族とか公爵家の人間とか言わないよね。王族とかだったらどうしよう。

 狼狽える私に気付いているのか、彼は小さく続けた。

「身内に、憧れてる人がいるんだ。いつかああなれたら良いのに、って言う人。でも、そんなの無理だ、とも思う人」

「……その人が、王宮魔術師?」

 沈黙を作りたくなくて、見当をつけてそう問えば、ううん、と首を振られる。

「王宮魔術師はあんまり関係なくて、ただ、お城で働きたくて。ただ、俺、下働きとかはどうやってもなれないから。魔術の素養もあるし、だから、王宮魔術師を目指したんだ」

 どうして?

 思わず呟いていた。憧れの人と、お城で働くこと。どう繋がるの。

「その人も……えーと。お城、で働いてるんだけどね、俺が小さい頃から、よく隣でお酒を飲むんだよ。寝る前とか、俺が本読んでる所にやってきてさ。「お前の部屋でぐらいじゃないとのんびり飲めないんだ」って言って、くだ巻いて」

 憧れの人の醜態を語っているはずなのに、その口調に軽蔑も幻滅も含まれていなかった。


「世界を変えた人、って。その人にとってどれだけ強いのかな」


 私が隣にいるのも構わず、それは、まるで独り言のような問いかけだった。先ほどの気落ちした様子もあいまって、尚更私はかける言葉に困る。再び広がりだした沈黙に、私が途方にくれかけていると、突然肩をつかまれ叫ばれた。

「その人がお城のどこかにいるはずなのに! 探そうともしないんだ。どう思う!」

「えぇえ……」

「頼むよ! 先に城で働くなら俺の代わりに探しといてよ! 死ぬ前に一回会えたら幸せだ、とかお酒飲んだ頭で言い出すんだよ。どう思う!」

 要約すると彼には憧れてる人がいて、その人には世界を変えてもらった恩人がいるらしくて、ええとつまり、二人を会わせたいってことなのかしら。

 別に特に仲も良くない、成績や推薦の話で言うとライバルに当たっていた人から、いきなりそんな話をされてどうして良いか分からない。

 私はただ、家のために王宮魔術師になるというのに。


 そんな理由で目指していたと言われても、心がささくれ立つばかりだ。


 なんだかむっとして、断ろうと口を開く。けれど、続く彼の言葉に、心が凍り付いた。


「頼むよ、俺の代わりに、あの人のために、『ルゥ』を探して」


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