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金の鳥籠  作者: 真城 朱音
黒の王
21/35



 訳の分からないまま右手をひかれ、問いかけも口にできないまま、ただ左手で青い宝石を握りしめる。

 魔術学院の建物は古く、しかし重厚な作りに脆さは見えない。有事の際はこの学院全敷地内が、魔法結界に寄る要塞になるのだと聞いていた。

 城に次いで、安全な所なのだと。

 それなのに、迫ってくる。この先何が起こるのか、分からないからなのだとしても。

 不安が、私の胸に迫っている。


 連れてこられたのは、学内の名所の一つ。空中庭園だった。二階建ての棟の屋上にある、大きなガラス張りの温室。鳥籠型で、休憩所ラウンジにもなっている。生徒が自由に使えるようになっているらしく、今も数人が雑談に興じたり課題におわれていたりしていた。

 導かれるようにし、席につく。対する彼は、私の傍らに立ったまま。すっと伸ばした手で示された先は、鳥籠の外。

 その場所からは、眼下に修練場が見えた。


 振り返り、兄の従者を見上げる。

 これが、

「なんなの……」

「あそこにいるお方が、分かりませんか」

 問いかけに眉をひそめる。修練場を良く見ようと、視線を戻した。ひやりと、いつかと同じ。無意識に不安のしずくが落ちたのを感じた。

 先ほどまで、学生が属性魔法の演習をしていた修練場。まばらにいたはずの人影は、ほんの数人になっていた。

 あれ、と思う。そんなに離れていない。顔も、大体見える距離。

 黒髪の、男の人に釘付けになった。


 まるで、空から落ちる光のしずくのように。


「……?」

 いや、知らない人だ。私はあんな人を知らない。なのに、どうしてこんなにも鼓動が脈打つの。

「お知り合いでも」

 それとも、と続けたそうな言葉に、私は返事ができない。

 修練場で術式を組む黒髪の男の人は、知らない人だ。知らない人。絶対に、違う。

「お知り合いは、一人だけですか」

 静かな問いかけに、思わず視線が他の人々へさまよう。そして、見つけてしまった。目が勝手に、ある一人を見つけ出してしまった。金褐色よりの、金髪の男の人に、息をのむ。あれは。

「見えましたか。彼が、あなたの探しているベアトです」

 何を言っているのだろう、この人は。私が探しているのは十五歳のベアトだと言ったのに。あそこにいるのは、金髪のあの人だ。

 白い陛下の元にいた、金髪の男だ。

 黙り込んだままの私に、頼んでもいないのに説明がよせられる。

「八歳の少年に仕える、十五歳のベアトは存在しませんでした。現在には。では、過去にさかのぼってみたところで、ただ一人見つかった。それが、あのベアトです」

 慎重に確認を重ねたため、時間がかかりました。

 私の様子を見ながら、彼は続ける。

「我々ベアトは、基本的に年上の人間に仕えます。できるだけ、物も知らないうちに。主よりも何かを利用することに長けていては良くないからです。学ぶのは一族からではありません。我々が秀でているのはただ一つの才。人の上に立ち治める者を、支えること。そのための力を身につけること。年下に仕えるベアトは少ない。いつだって大貴族の元、その身を使う者たちですから」

 いくつかあるその例外のうち、あのお二人は、その一つが適用されたのでしょう。

 兄の従者はそう言った。私は返事もせず、ただ、金髪のあの人を見つめる。白い陛下に仕えていたあの人。少し意地悪で、ルゥが好きだった。そして多分、ルゥと白い陛下に呼ばれる私を、嫌っていた。

「あのお二人に適用された例外とは、まず、ベアトの方が一族の烙印を押された、ということ。ベアトとして、出来損ないだと判じられたのでしょう。私にもどういう選別かは分かりませんが、歳若いうちに判明すると聞いています。そして、陛下。あのお方は、幼少期、それほど重要視される位にいませんでした」

 ベアト。白い陛下のそばにいたあの人が、アレクに仕えていたベアトなら、アレクは……。

 思考がうまく回らない。ただぼんやりと修練場を見つめて、兄の従者の言葉に耳を傾ける。

「出来損ないのベアトは、有力者であってもやがて表舞台から消えるか、最初から表に出られない方の下につく。そもそも、ベアトはその性質上、幼い方にはつかないのが通例です」

 そこで、彼は一度言葉を切った。少しの沈黙のあとに、やがて小さく、独り言のように呟く。

「……ならば、あの二人は相当の努力の果てにあそこに立っている」




 何もかも分からないままの私は、考えることを拒絶しかけていた。修練場のベアトを見ていられなくて、視線をそらせば不意に黒髪の男が視界に入る。

 金髪の男と並ぶ黒髪の男の表情に、見覚えがあった。

「……りお」

 言葉にして、全てが繋がって行く気がした。

 白い陛下、私と変わらない年齢の、白い髪の、初恋を無くしたままの、男の子。おそらく、結界の守護のため、消耗していた、王様。十年前に出会ったと言うルゥに会いたくて。そっくりな私をその変わりにして。リオと、呼ばれていたのだろう。私にリオと、呼ぶことを許した。けれど、あの人が十年前に出会ったルゥは、十年前に、リオにむけられたはずの毒を口にしてしまい、死んでしまった……。いいえ、姿を消した……?

 次に出会った小さなアレク、八歳の、黒い髪の、不遇の王子様。ルゥと呼んだ声。リオと呼んでと望んだ声。

 そして私。アレクに会って、ルゥと呼ばれることになって、リオと呼ぶことになって、小さなアレクの前で、毒を口にした。これではまるっきりルゥではないかと、そう思いながら、意識を失う。

 次に目覚めた時には、屋敷に戻っていた。

 魔力が暴走して、いつの間にか転移していたのだという。だとしても、順番がぐちゃぐちゃだ。けれど、そんなこと関係ないのだとしたら。


 兄は言った。私の魔力は、結界系だと。転移魔導士素質がある、と。

 魔術学院長が、言った。それだけではない、と。だから、自らここにきたのだ、と。


 その答えが、今、私が導きだしたことだとしたら?


「……あなたどこまで知ってるのよ」

 傍らの従者に、思わず笑いがこぼれた。従者の分際で、どこまで踏み込んでこようと言うのか。

「あそこにいる黒い髪のあの人を、知っているの」

「知っています」

 問いかけは震え声で、その答えは簡潔だった。

「小さな頃、黒の森にいた?」

「えぇ」

 回りくどい問いかけをしていた所ではじまらない。もう、私の中で答えは出ているのだ。今はただ、それを確認するだけのこと。思わず笑みを浮かべる。

「……アレクなの……?」

「……アレクシス=エミリオ陛下。この国の、王です」

 瞑目する。守護名が名前に連なっていることが決定的だった。何も言っていないのに、兄の従者は望む説明をしてくれる。

「王位を継いだのは今から五年前。御歳十八にして、その大任を背負われました。王になられる前と、なってから。大きな派閥改革を行い、広く善政をしいています。民の人気も高く、下層の兵士や魔術学生からの信頼も厚い。血筋としては分家になるので、今現在十六歳の王太子殿下の時期と結界の様子を見て、遠くない未来王位を譲るとずいぶん前から宣言していらっしゃいます」


 最初に出会ったのが、白い陛下。十八歳のリオ。

 次に出会ったのが、黒い王子。八歳のアレク。

 そうして、あそこにいるのが、二十三歳のアレクシス=エミリオ陛下。


 アレクの元にいた表情の硬い優しいベアトも、白い陛下の元にいた笑顔で冷たいベアトも、同じベアトだったのだ。



 あの馬車に轢かれかけ身の危険を感じた時、魔力が覚醒し、暴走した私は。




 十五年の時空を超えたのだ。


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