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金の鳥籠  作者: 真城 朱音
黒の王
17/35

 目覚めると同時に、覚えのある腕に抱きしめられた。その、腕の力強さ、暖かさに、あぁ、帰って来たのだと漠然と思う。


「……にいさま」


「おはよう、ファナ」

 兄は、辛そうに顔を歪めていた。けれど、私はそこに気をまわすこともできず、ただぼんやりと宙を見つめる。傍らの兄は、何か言いたそうに口を開いたり(つぐ)んだりを繰り返していた。私はそれに気付いていながら、思うままに言葉をこぼす。

「……夢を……見ていたの」

「…………夢?」

「夢、だった……。夢で、良かった……」

 頭をそっと撫でられる。にいさま、と呼ぶ声はか細く兄に届いたのかも分からない。でも、その暖かい手のひらに、全ては夢だったのだと思い知る。あんなにも冷酷な世界は、夢だったに違いない。アレクも、ベアトも、白い王様も、私の中の妄想でしかなかったのだ。

 無意識に、声に出していた。

「よかった」

 その気持ちに、嘘はなかった。

 何一つ。


 頭を撫でる兄の手が、止まる。目尻からこぼれる私の涙を、何も言わずにそっと拭った。

 しばらくそうして何も言わず、私が再び眠りにつこうと微睡みだした頃、兄は小さく、「おかえり」と呟いたのだ。


 その時の私には、その意味が、分からなかった。


 私はそうして、少しずつ、現実を知ることとなる。




 馴染みの街医者に一通り体調を見てもらい、兄の許可が下りて、寝台から出るのに、数日かかった。

 まず、用意された厚手の衣装に疑問を抱いた。さらに肩掛けに厳重にくるまれる。そうしてやっと兄に連れられ、庭の見える窓の前に立たされた。

 見慣れた庭。私が毎日世話をしている、自慢の庭園。

「どうして」

 数の減った薬草の種類に、兄を振り返る。兄は、何も言わずに窓を開け放った。触れた冷たい外気に、心臓が早鐘を打ち始める。


 アレクと一緒にいた、最後の日の、続きのような。


 天気が悪いだけかもしれない。季節外れの寒気が。異常、気象が。誰かが大規模な魔法を使った影響とか、結界が異常動作を起こしているとか。

 思いつくことはいくらでもあった。それなのに、

「今、は……」

 いつなのかと、最初に聞いてしまった。

 兄が暦を告げる。嘘と、と私は返した。だって、そんなの。理解ができない。告げられた言葉を拒絶する私の肩を、兄が優しく抱きしめた。

 そうして、無情な祝福を口にする。

「十七歳、おめでとう。ファナ」


 半年、だ。

 魔術学院からの帰り道。あの、大通りで、私が馬車の前にまろび出たあの日から。六ヶ月もの月日が流れていただなんて。


 兄は言う。私が魔術学院に向けて屋敷を出た日の夕方、大きな事故の知らせを聞いたと。その場所が、屋敷と魔術学院を繋ぐ大通り、時刻は、私が通ったのではないかと推測できる頃。

 そうして、昼過ぎには帰ってくるはずの、帰らない私。

「おかえり、ファナ」

 兄は言う。目覚めたあの日のように。帰って来てくれてよかったと、心の底から。神様に感謝でもするように。


 長年兄を支える従者は言う。どれだけ兄が手をつくしたか。どんなに私を心配して、探しまわったか。

 魔術学院は休学扱いで、私の体調次第ですぐにでも復学可能だと。その措置のために、どれだけ働いたかと。

 さらに身体の弱い兄の体調にまで話が及ぶと、兄自身が従者の言葉を遮った。すでに、私はいっぱいいっぱいで、兄から逃れるために身をよじる。

「一度にそんな言わないで」

 分からない。あの日、いったい何があったのか。

 頭が追いつかなくて、私は耳を塞いだ。

「お願い、しばらく一人にして」

 慣れ親しんだ庭で、考えたい。そう思って顔を上げた瞬間、目に飛び込んできたのは、半年間別の人間の手によって、保つだけ保たれてきた庭園だった。

 冬を越すための薬草などは植えられておらず、種をつけ枯れた冬を越せない物は恐らく処分された、知らない庭。

 一歩二歩と下がる。兄が私の肩を抱いて、何も言わずに部屋へと連れ戻してくれた。


 その時になって、やっと気付く。兄の腕の細さに。兄の顔色に。


 でも。

 どう信じろというのだ。

 夢じゃなかったとでも言うの。


 白い王様のもとにいた時間。

 アレクやベアトとともに、過ごした時間。




 合わせれば、ちょうど半年に、なるのだとしても。


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