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「植物園じみた庭ね……」
窓から眺めて、思わずそう呟いた。えー? と横にいたアレクが駆け寄ってきて、私の腰にしがみつく。背伸びをするようにかかとを浮かせて、私の見ている光景を同じように見ようと一生懸命だ。
「前の、住人が、知識の家系の、貴族だったようで」
扉の内側、二、三歩の距離にまで私に近づいてこれるようになったベアトが、アレクから目を離さずに説明してくれる。
「薬学者の庭として、使われていた、とのことでした」
黒い王が治めるこの国の貴族は、四つに分類できるようになっている。剣、知、魔、癒。それぞれ特徴持つ力があり、それぞれの頂点が、四大貴族。中でも魔分野の貴族は強力な力を持つ者が現れることが珍しく、高位の人間が少ないため、魔系貴族としての発言力、地位は低い。魔だけでなく癒にも言えることだが、剣知の家系と違い、力の大きさに生まれが影響される。反対に、剣と知の家系には、力の大きさが生まれに左右されることはほとんどない。
異能の攻守が魔癒、技能の攻守が剣知をそれぞれ司る。また、長年の研究が家ごとに受け継がれて行くのが魔知、感覚により個々でやり方が大きく異なるのが剣癒とも言われる。
魔力の覚醒を迎えていない私は、学んできたことは知識系の貴族となんら変わらなかった。家に伝わる魔術研究の書物を紐といても、実践できなければ意味がなかった。
「ファナは、知の貴族?」
だから、ふいに問いかけてきたアレクに、思わず頷きかけ―—。
「……そうだよ」
そのまま、首肯した。だと思った、とアレクは得意げに胸をはる。ベアトは不思議そうな顔で、「貴族だとは、思っていましたけど」と呟いたが、それ以上問いつめてはこなかった。
「魔とか癒系の貴族が力を使う時って、どんな気分なんだろうねー」
「自分の魔力を使う、とか。消耗する、とか、ですか?」
王家の人間だから、きっと覚醒がまだなのだろう。そうそう、と楽しそうなアレクの声を聞きながら、ふと前に言われた言葉が脳裏によみがえる。
自分で魔力を使っておいてそれは通じませんよ。
なぜ、今。
あの人の言葉を思い出すのだろう。
金髪の彼。
「ファナ、様?」
同じく金髪のベアトが、遠くから私に声をかける。おもわず振り返って、彼を見た。
きらきら輝く金の髪。陛下の隣にいたあの人は、もっとずっと、深みのある色だった。ベアトのように仏頂面ではなかったし、それでいて優しくもなかったけれど。
(髪は、特に色が濃くなることはよくあることだけど)
だから、もしもベアトが大人になったら……。
そのとき、ふと、ベアトが微笑んだ。
「ファナ様?」
私の様子を伺うように、どうかしたのか、と問うように。
「ベアト……あなた」
強い既視感。なに、その、表情。私が目を見開くと、ベアトは真顔に戻った。私の様子に戸惑ったように、アレクへと視線を写し、助けを求める。
私の腰にしがみついたままだったアレクは、「ファナー?」と私の名前を呼ぶ。アレクの頭を撫でながら、私はベアトに問いかけた。
「ベアト、あなた……、兄がいる?」
「い、え。あの、」
「じゃあ、よく似た親戚は?」
「よく、わかりま」
困っているのが伝わる。あのね、とアレクが私を見上げた。
「ベアトはね、いっぱいいるの」
言い回しの不確かさに、へ? と思わず見下ろす。
「俺には俺しかいなくて、代わりができるまでは、俺が代わりをするしかないんだけど。ベアトにはね、いっぱい代わりがいるんだよ」
「親戚、が。多いのです」
ベアトがぽつりと捕捉する。
「国外にいる人も、国内にいる人も、血のつながりだけなら、たくさん、います」
けど、と彼は続ける。
「その家のために、しか、皆動きません。あまりにも多くて、その繋がりを悪用されることを、防ぐため」
私たちは、家族で殺し合いを演じます。本意にせよ、偽りにせよ。
投げかける言葉を失って、私は口をつぐむ。アレクは私からふらりと離れ、ベアトに抱きついた。
「ベアトは喋るだけで良いんだよ。喋ってくれないのが一番やだよ」
喋らなくなったことがあるのだろうか。そんなことまで聞くことはできず、私はベアトに近づいた。思わず逃げたそうに彼の足が下がるけれど、アレクがしがみついているため素早く動けないようだった。
彼の、この、ひとを怖がる仕草は、単に人見知りだとかそういうことではないのだ。
手を伸ばす。そうせずにはいられなかったから。
くしゃりと、その頭を撫でた。びくりと震えるベアトが、人に慣れない小動物かなにかのようで、思わず微笑む。
ふと、気になったため思わず聞いてしまった。
「ねぇ、ベアト。あなた、今いくつ?」
「……十五ですよ」
どこか居心地悪そうに、不服そうにしているように見える彼に、あぁ、男の子としてのプライドがあったのか、と何となく思う。
けれど、と撫でる手を止めずに、あなたは? という問いに答える。
「私の方が、一つ上なの」
不服そうなベアトを見ていて、少しだけ思う。
また、笑ってくれないかしら、なんて。




