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彼が廃人になった理由  作者: 紫月 一七
8/16

覚醒する課金(ちから) その1

「ここから見えるあの山脈の中にはどうやら貴重なお宝が眠っているらしいよ。腕に覚えがあるのなら行ってみるといい」


「ほほう」


 青年の話を聞いていた少年が眼を光らせた。


「ああ、でも噂ではお宝を守るトラップがあって、そこは三人いないと攻略出来ないようなんだ」


「ふむ……どうやら詳しそうだね。具体的にはどういったトラップなのだ?」


 少年の質問に青年は答えない。そこまでの詳細は分からないのか。それから少しすると青年はもう一度山の方を指差して答えた。


「ここから見えるあの山脈の中にはどうやら貴重なお宝が眠っているらしいよ」


「うむ、そこは先ほど聞いたね」


「腕に覚えがあるのなら行ってみるといい」


「ふふふ、言わずとも私は強いよ?」


「ああ、でも噂ではお宝を守るトラップがあって、そこは三人いないと攻略出来ないようなんだ」


「問題はそのトラップとやらだ。もっと詳しい情報を私に提供してほしい」


 青年はそこまで答えると、やはり沈黙してしまう。

 そんな青年の様子を見た少年は、その対応を当然とばかりに頷き、


「分かっているよ。その先はタダでは言えないということだね? しかしこちらにもそれなりの用意があるといったらどうだね?」


 そう言って懐をちらりと見せ付ける。中には白い袋に入った大量の金貨が眩しさを覗かせていた。

 しかし青年は興味を示さない。それどころか少年の提案にすら見向きもしない様子だ。

 少年は金貨を取り出して気にせず続けた。


「これくらいでどうかね? これだけでも一年は普通に生活していける額だ。悪くはないと思うが?」


「……」


「ふむ、ならばこれでは? ほうら、口が軽くなっていくぅ!」


「……」


「君も商売上手だね? だね? では二倍の額でどうだ。もう全身がゴールドで眩しくて神々しいよ。いよ、リッチマン!」


「やめんかぁーっ!!」


 そこでチアの飛び蹴りを喰らって少年は昏倒した。

 猛スピードで走ってきた為かゼイゼイと肩で息をしていた。

 すぐさまダメージから回復した少年−−言うまでもなくキョウヤが立ち上がる。


「相変わらずいい蹴りだね」


 腰を押さえて伸びをする。それから服についた埃を叩いて払った。


「いい加減NPCとの区別くらい付けようよ! 周りの人みてるし恥ずかしいよ、ここ王都だし!」


 少し顔を赤らめてチアが抗議する。

 だがキョウヤは全く意に介せず、腕を組み無駄に偉そうな態度だ。


「何を恥じることがあるのだね、チア? 私を見たまえ、この堂々とした凛々しい姿っ!」


「お前がちょっとは恥じろー! っていうか、もう頭の中工事してこいっ!」


「蓮見アイランド計画なら私の頭の中で順調に進んでいるよ? そんなに慌てることはない」


「なんの話だよーっ!?」


「蓮見アイランドとはこの私の私による私のための自治領だよ。島の中心に自由の蓮見くん像を作る予定だ。ちなみに私以外の人間が来ると蓮見くん像による攻撃にあって洩れなく爆死する」


「蓮見さん像自由すぎるからっ! そんな危ない計画頭の中でも考えるなっ!」


 そんなやり取りをしていると、チアがあることに気付いた。

 それはキョウヤの服装だ。

 白いシャツに赤のネクタイ。黒いスーツのようなものの上に、重厚な赤い装甲で飾られた黒いコートを羽織っている。

 服装だけではない。腰に装備されてある剣も変わっていた。

 日本刀を模した造り。左右で色違いの赤と黒の刀身。刀の中心に何語か分からないが文字も掘られてある。

 外見だけで言えば上級者に見える豪華な装備だった。

 それだけでなく装備の効果もよかった。

 コートは魔法剣の威力の引き上げと戦闘中もライフが自然回復する効果。剣にも同様に魔法剣の威力アップと与えたダメージの何割かを自分のライフに吸収する効果がある。

 この装備は回復役のいないキョウヤとチアのパーティーには適している。キョウヤがより長く敵からの攻撃に耐えられるし、タフになったことでソロでの戦闘能力も向上した。

 ネトゲ初心者のキョウヤが考えたにしては整然とし過ぎているくらいだ。それにこんな良い装備を揃えるキョウヤの財力にも謎があった。

 先程もそうだ。無理な事とはいえ、大金で情報を買おうとしていた。

 近頃のキョウヤにはそういう傾向が何度かあったものの特に気にしてなかったが、さすがにここまで行くと気になってくる。


「キョーヤ最近羽振りいいよね? そんなにお金稼いでるの?」


「うむ、課金関連の必要ない衣装やアイテムなど高値で売れてね。この服も手に入ったし、おかげで充実しているよ」


「へぇー、いくらぐらい稼げたの?」


 なんとなく程度の気持ち聞くチア。


「四億」


「……は?」


 特にこれといった感情を持たず軽く告げたキョウヤの言葉にチアは声を失った。

 そんなチアにキョウヤは首を傾げしたが、当然とばかりに続けた。


「最近やっと四億までいってね。しかしまだまだ在庫を抱えていて今自動商店モードで商売中だよ」


「一体いくら使ったの!? リアルマネー!」


「はは……君は撃った矢の数をいちいち覚えているのかね?」


「全然別問題だろーっ!」


 なんとキョウヤの財力はそんなところから来ていたのだ。

 しかしそれでも四億なんて通常では稼げない。もはやEROで一番の大富豪なんじゃないだろうか。普通のプレイヤーは持っていても三千万くらいだ。ちなみにチアは百万ちょっとである。

 唖然としているチアを余所に、キョウヤは何か通信でも届いたのか内容を確認している。

 確認し終えるとチアの方を向き、


「チア、ちょっとついてきてくれないか? 見せたいものがあるのでな」



 王都から山脈方面に向かう道中にそれはあった。

 何もない平原にポツリと佇む一軒家。白とピンクを基調とした可愛らしい外装だ。

 しかし色合いで周りの風景と喧嘩しているためか、そんな感想よりも不自然さが目立っている。

 それとチアには疑問に思うとこがあった。

 ……こんな場所に家なんてあったかな?

 この辺りでも狩りを行ったり通り道にもしていたので何度か来たが、この家を見た記憶がない。こんな派手なのだから嫌でも目に付きそうではあるが。

 それともう一つ。

 キョウヤの見せたかったものとはこれなのか?

 回答はキョウヤの進む方角で受け取った。

 間違いなくあの家に入るつもりだ。一体何なのだろうか。

 家の入口まで来るとそこが何か分かってきた。

 ドアの中心よりも僅かに高い場所にその答えがあった。草の弦で結われた輪を色鮮やかな花で飾ったものが吊り下げられ、輪の中を通るプレートがある。

 そこには『ツクヨミショップ』と書かれていた。

 ドアを開けて中へと入る。

 内部も外観に負けていなかった。

 やはり白とピンクで構成され、明るさと可愛らしさを演出している。

 窓際やテーブルにはカラフルな色の飴玉のようなものが詰まった瓶や、デフォルメされた動物たちのキャンドルやら人形やらがところ狭しと並びこちらを迎え入れた。

 そんなファンシーな店の奥。

 木製のカウンターを挟んで小さな人影があった。

 白皙。肩より少し長い青い髪は少し癖のある質感をだしている。整った顔付きではあるが眠そうな目をしている。だがその大きな青い瞳はどこか神秘的だ。

 体型に釣り合ってない大きなリボンの付いた三角帽子に、青を基調とした白いラインのゆったりとしたコートを着ている。どことなく魔法使いのような容貌だ。

 そんな彼女は静かにこちらを凝視していた。

 無言で見られると少々取っ付きにくい雰囲気を感じるが、沈黙を破ったのはキョウヤだった。


「やあ、ツクヨミくん」


「また来たの……キョー」


 ツクヨミの透き通るような綺麗な声。身体の大きさに比例したとても静かな声量だった。

 会話が生まれたことにより、場の空気が軽くなった。

 さすがはキョウヤ。こういう何だか重苦しいような空気すら持ち前の鈍感さでスルーしてしまう驚異の精神力の持ち主だ。ツクヨミの発言から何度も来てるようだが、おそらくそんなことは関係なく初見からこれだろう。

 ツクヨミは無表情のままチアは指差し、小さな口から声を出した。


「あっちのひんそーな人は……?」


「私の友人のチアだ。今日は君の店に案内しに来たのだよ」


 チアは固まって数瞬考え込んだ。

 ……あれ? 今なんか変な単語が聞こえたような? いや声も小さいし、きっと聞き間違えたのだろう。こんな人形のように可憐な少女がまさかそんなこというわけがない。

 キョウヤは挨拶そこそこに品物を見ていた。

 努めて笑顔でカウンターまで近付く。


「よろしくねーツクヨミちゃん!」


 最大級の愛想で勝負を仕掛ける。


「よろしく……」


「その帽子かっわいいねー? 触ってもいい?」


 答えを待たずに帽子に手を伸ばす。

 バチンッ!

 撥ね退けられた。痛かったわけではないが、手よりも心に大ダメージが。

 逸れた手を呆けた目で見ていたが、やがて思考が動き出す。

 ……いやいや! きっと何か手違いだ! 今のはそう……向こうも帽子を被り直そうとして偶然手が衝突しただけ。こんな人畜無害そうな小さな可愛い美少女がそんなことするはずがない!

 なぜかそう盲信していると、背後からキョウヤが、


「ツクヨミくん。またいい品物は入っていないかね?」


 売り物の剣を眺めながら問い掛ける。


「ないよ。キョーが買った剣いいものだし……」


 ツクヨミは無表情を崩さない。

 他に表情がないのかと思うほど徹底して無を貫いている。

 しかしキョウヤの装備の謎は解けた。

 このツクヨミがキョウヤに入れ知恵していたのだ。

 納得いったチアはツクヨミの無感情に対抗する眩しい笑顔を浮かべた。


「キョーヤにアドバイスしてくれたんだ? ありがとーねっ!」


「いいよ。アイテムのこと好きだし……。それに……」


 前置きするとそこで表情が変わった。

 眼の部分に陰影が差し込み、歯を剥き出しての歪んだ邪悪な笑みとなる。


「いい金づるだし……」


「黒っ! この娘真っ黒だよキョーヤ!」


「ははは、こんな色白の娘を捕まえて何をいってるのかね、君は」


「そういう意味じゃねーっ!」


「真っ黒なのはキョー……」


「ふふふ、確かに黒の部分が多いからね? いやーツクヨミくんこれは一本取られたなぁ」


「なんか会話がめっちゃ和んでるっ!」


 品物を見るのに飽きたのかキョウヤがカウンターの傍まで来る。

 その手には白亜の弓が握られていた。

 なんでキョウヤが弓を?

 思っていると、それをチアに渡してくる。

 滑らかでいい曲線を描いたボディーに、白を割って黄金のラインが伸びている。重厚そうに見えるが意外と軽く、何よりも良く手に馴染んだ。


「どうかね?」


 急に聞かれて戸惑うが、


「うん、いいものだと思うよ」


 素直な感想だった。確かにとてもいい弓だ。

 キョウヤは同意を得られて嬉しかったのか口元を緩めた。

 弓を渡し返すと、それをそのままカウンターに置いた。


「これと……あとは狩人用の服はないかね?」


「え……え……?」


 驚き混じりにキョウヤを見ると彼は緩めた口を崩さずにチアを見返す。


「見せたいものがあると言ったはずだよ? 君へのプレゼントがしたくてね」


 驚きはまだ続いている状況だが、その反面では嬉しい気持ちが強くなっていた。

 キョウヤが自分のために装備を買ってくれるなんて。


「あるよ……」


 見計らったようなタイミングでツクヨミ。同時に席を立って奥の倉庫を漁ってから戻ってくる。

 引っ張り出してきたのは赤と白のドレスのような軽装だった。セットで赤いマフラーも付いている。 その装備に見惚れていると、ツクヨミからモニターが飛ばされてきた。

 試着するかどうかだ。

 チアは期待に胸を膨らませて承諾する。

 するとドレスがパッと消えたかと思うと、もうチアに装備されていた。

 元気なチアの魅力を引き立てる良い赤色をしていた。

 すぐに気に入ったチアだったが、次には消沈した。

 その理由は値段だ。

 キョウヤが弓とセットで代金を聞くと、ツクヨミは二千万と答えたのであった。

 チアには受け取れなかった。

 彼の資産は四億とは言ってたが、それでもこんな高価な物は遠慮してしまう。気持ちは嬉しいけど、やっぱりダメだ。


「あ……ちょっと待って」


 購入しようとするキョウヤを急いで止める。

 キョウヤとツクヨミが同時に視線を向ける。ツクヨミはそれきり動かなかったが、キョウヤは違った。


「気に入らなかったのかね?」


「や、そうじゃないけど……」


「なら問題はないね」


 言うやいなや今度こそ購入してしまった。

 装備が試着だった状態から正式に着用された。


「ちょっと、キョーヤ……」


 続けようとすると眼前に弓を差し出されて遮られた。

 キョウヤは強気な微笑みを向け、チアの前へと出ていた。そして見透かしたような言葉は更に前を行った。


「私がプレゼントすると言った以上それは絶対だよ? そしてこれは君の弓だ。受け取りたまえ」


「もー……強引なんだからー」


 チアは弓を手にとった。

 キョウヤに釣られてか自分の顔が綻んでいたことに気が付いた。

 弓を片手に持ちその場でステップを踏んでくるりと回り、正面に着くと腕を後ろで組んで止まった。


「ありがとっ!」


 綻びを最大にしての微笑とする。

 キョウヤは、うむ、と頷く。そして今度はツクヨミの方に身体を向ける。

 疑問に思うチアを前に、キョウヤはいきなりツクヨミにモニターを投げた。それはパーティーへの誘いだ。

 ツクヨミはキョウヤを見ながらほんの少し驚いた表情になっていた。


「ふふふ、次の冒険はどうやら三人必要なようだからね。行こうか、チア……そしてツクヨミくん」


 そんな誘い方あるか。

 止めようとするチアだったが、先に動いたのはツクヨミだった。

 彼女は承諾した。内容も分からないのにだ。


「いいよ……」


 その言葉に間違えではないことを確認され、パーティーに加わった。

 こうしてキョウヤとチア、そしてツクヨミの三人でお宝の眠るとされる地へと向かうことになったのであった。

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