その2
うん、そうだね。
言われた瞬間、同意せずにはいられない疑問だった。
しかし内心そう思うチアだったが決して口にはしなかった。キョウヤは最初は特攻バカではあったが、最近マシになってきていたからだ。
加えて戦術やスキルへの理解は速いし、このまま魔法使いを続けても、ある程度いいとこまではいくだろう。
だがそれでもキョウヤには向いていない。
彼が向いているのは前衛の戦士系の職だからだ。
理由はキョウヤの戦い方にある。いや戦い方に理由があるわけではく、彼の戦い方が答えそのものだ。
キョウヤは戦闘時には誰よりも前に出る気持ちが強いタイプで、後衛火力職の魔法使いの性質とは掛け離れている。
チアの答えは決まっていた。
……でも、言えないよ……。
魔法使いとしてこれまで真面目に取り組んできて結果も出てるのに、今更止めてしまえなどと、どうして言えようか。
しかし逆に今ならまだ間に合うかもしれないという想いもあった。前衛ならもっと彼の良いところを引き出せるかもしれない。
キョウヤ自身もそれを肌に感じているんだろう。だからこその問いだ。相談だ。
それも深刻な悩みだ。あのキョウヤが他人に意見を求めるくらいだ。何でも自分で決断し、それを信じて突き進む彼がだ。
キョウヤは真摯な態度で答えを待っている。自分の答えを、だ。
目を伏せていたチアだったがやがて、
「あのね……」
顔を上げてキョウヤと瞳を合わせる。
「キョウヤはどう思ってるの?」
質問で返すのは、はっきりいって印象が悪い。
普通はこんな返しはしないが、チアには考えがあった。
自分の答えは出せない。だけどキョウヤを答えに導く方法がある。
「いや……私は……」
また重い口調のキョウヤの回答を、チアは待ち侘びる。
「私は魔法使いはいいと思う……」
チアは確信していた。この続きがあることを。
「……だが他の職業を試してみたいとも思っている」
チアの望んでいた答えがそこにあった。
そう。キョウヤは自分の考えを持っている。自分の答えを持っている人だ。いつでもそういう人なのだ。
自分で決めて歩める真っ直ぐな人だと。
口元に笑みを浮かべ、キョウヤを暖かな目で見つめる。
「キョーヤがそう思うなら……きっとそうだよ!」
言い終わるのと同時に笑顔で溢れた。自分でも驚くくらいの笑顔になった。
キョウヤも得心したのか頻りに頷くのを繰り返している。そしていつもの得意顔に戻り、
「すまなかったな、チア。……もう迷いはない!」
「そっかそっか!」
笑顔を絶やさない。まるで自分の悩みが解決したかのように気分も晴れやかだった。
「では少し野暮用ができたので私は少しの間、君と別行動を取ることにするよ」
早速行動に移る気だ。相談してすぐの相手に『野暮用』とは、彼らしい言い方だ。
くすっと笑うチアを余所に、キョウヤは次への一歩を踏み出していた。
「三日後だ! 三日後にここで再会しよう!」
そう言い残すと軽やかな足取りで森の方へと走り去っていった。
キョウヤの姿が見えなくなってもチアはそちらの方角を見つめていた。そして小さな呟きを漏らした。
「がんばれ……キョーヤ」
その声は風に攫われてすぐに消えてしまったが、微かな温かさを残した。
そこでチアへの個人チャットが届いた。相手はキョウヤだった。別れたばかりでどうしたのかと思いつつも回線を開く。
『すまない。罠にはまって死んでしまった……助けてくれ』
チアはその場で盛大にずっこけた。
EROの転職システムは課金制だ。
レベルはそのままに職業だけを変えられる。金さえ払えば何度でも可能である。
無制限といっても転職後に特典などがあるわけではないので、リアルマネーも勿体ないし出来れば使わない方がいいだろう。
しかしキョウヤに関しては別だった。
他の職業も試すといってた彼だが、本当にほぼ全ての職を試す勢いでいた。学校も休み、寝る間も惜しんで自分に最良の職を探しているようだ。
フレンド欄を見る度にキョウヤの職が変わっている。
レベルも効率的とは行かないものの38まで上がっていた。
一方のチアは42。
今までと比較して、あまり進んでいない。
モチベーションが保てない。
今までは彼と毎日会うのでキョウヤの成長に負けないようしていた。尚且つ、いつでも何でも手伝える自分でありたいと頑張っていた。
たった三日間だが正直寂しい。
何度かメールやチャットを送ろうとは思ったけど、血の滲むような努力をしているであろうキョウヤの姿を想像してしまい実行できなかった。
そんな張りない日々を送って、今日がやっと約束の日だ。
チアはキョウヤが指定した場所である移動民族の集落の中にいた。
まだ時間はありそうだったが、楽しみにしていたので早めに狩りも切り上げてきたのだ。
……キョーヤ結局何にしたんだろ?
簡易な作りの椅子に腰掛けながら思う。会ってからの楽しみにしようと今日はフレンド欄を見てない。
やっぱり戦士などの前衛職だろうか? 彼なら馴染む気がするし。
それとも魔法使いのまま? 他にしっくりくる職業がなかったか。
意表を突いて支援回復職? それは彼のタイプじゃないか。
他の風変わりな職? それはないか。これ以上個性とか出さなくても充分に個性的だし。
色々と想像を膨らませていたが、ふと周囲の様子がおかしいことに気付いた。
軽快なリズムを刻む打楽器の音が止んでいた。
それだけではなく人々がざわついている。なんとなく空気の重さも感じてきた。
界隈を見回すとその原因があった。
チアとは反対側の集落への入口付近。
その前方には策を破壊して集落へ侵入しようとしている巨大生物がいた。
蜘蛛だ。胴体が赤と黒の縞模様で、刃のように鋭い脚を六本持っている。
あれはこの辺りに生息する通常のモンスターではない。低確率で現れるフィールドボスの類だ。通常街へは来ないがここは集落のためか関係ないようだ。
蜘蛛は勇敢に立ち向かっていく集落の戦士たちを一撃で薙ぎ払い、ついに内部へ侵入してきた。六つの赤い眼を疎らに動かして周囲を確認している。
それから近くで怯えていた子供に目掛けて脚を振り上げ、容赦なく一気に振り下ろした。
だがその行為を飛翔した矢が遮った。
チアは動いていた。例えNPCでも子供に危害を加える様を黙って見ていられない。
蜘蛛はチアの方を見ると喉から音波ような声を張り上げ、そして跳躍。
一気にチアのいる位置まで跳び、垂直に脚を薙ぎ払った。激しい着地音と同時に砂煙を巻き起こした。
チアも横に飛び退き、前方に転がると片膝を衝いた姿勢で弓を元いた位置に構えた。
すぐさま射撃。矢は蜘蛛の眼に突き刺さった。
しかし蜘蛛は何事も無かったようにチアへと糸を吐き出す。
回避しつつも弓を撃つ。
だが苛烈な攻撃を前には長くは続かなかった。糸がチアの脚を捕らえた。
「しまった……!」
弓を地面に落とす。機動力を封じられたチアの身体に瞬くに糸が絡んでいき、完全にがんじ搦めにされた。
身動き一つ取れない。直立のまま手元に引き寄せられていく。
動きを封じて脚で斬りつけるつもりか。
分かっていてもチアにはどうすることもできない。
キョーヤ……!
固く目を閉じ彼の名前を、
「キョーヤ……助けて……」
「勿論だとも」
返事と共に風が舞い込んだ。
それは人の動作が生み出したものだ。
引かれる力が消え、巻き付いていた糸が一瞬で弾けた。
突然した声と状況に何が起きたか分からないチアであったが、蜘蛛の前に立つ堂々とした後ろ姿に答えを得た。
割って入ったのはキョウヤだった。
黒いローブは変わっていないが、その両手には二本の剣が握られている。
剣士としての道を選んだのか。いや、そうではなかった。
その理由は次のキョウヤの行動。
彼の振り上げた右の剣が炎を纏い、払うと同時に蜘蛛に襲い掛かった。
そう。彼の選んだ職業は魔法剣士だった。
魔法剣士はその名の通り剣と魔法の両方を用いて戦う職業だ。
魔法使いにはない近接での火力や体力と戦士にはない遠距離火力を持っている。戦闘ではどちらも担えるオールラウンダーだが、その反面特化型と比べるとどちらも中途半端で器用貧乏な印象もある。
それでもキョウヤが悩み抜いて選んだ職業だ。きっと凄い活躍できると思う。
チアはそう信じていた。
目の前にモニターが飛んできた。
それはキョウヤからのパーティーへの誘い。もちろんイエスだ。
「では行こうか」
悠然と剣を構え、肩越しにキョウヤが言う。そのままゆっくりと歩き出している。
目指すは前方。身を大きく振るって炎を掻き消してた蜘蛛へ。
チアは弓を拾い蜘蛛に連続で射撃した。
矢は蜘蛛の胴体へと届いた。
届いた物はもう一つある。射撃と同時に接近していたキョウヤの剣だ。
斬りつけ終わると蜘蛛の脚の斬撃を受け止める。
今までのキョウヤにはできなかったことだ。ちゃんと前衛としての機能を果たしている。
ならばチアは後衛火力としての役割を果たした。
「バーストショット!」
矢が蜘蛛の顔面に直撃する。
同時に矢は破砕の力を示した。爆発が起こり、蜘蛛の巨体が吹っ飛んだ。
ダメージはあったが、蜘蛛はそれでも引かなかった。更に興奮したように声を上げまたしても跳躍した。
キョウヤを飛び越え、チアへ。
チアは今度は軽いバックステップだけで済ました。これだけでは一撃を避けれても追撃を受けやすい位置だ。
だがチアには見えていた。
跳躍したのは蜘蛛だけでなく、
「ひれ伏したまえよ」
続けて蜘蛛の頭上へ跳んだキョウヤは背中に両方の剣を突き立てて着地。それから火炎球を頭上で炸裂させた。
言うがままに蜘蛛は衝撃に腹ばいになり低頭した。
剣を抜いて蜘蛛の背後に降りるキョウヤ。背中を見せている。
蜘蛛は立ち上がり前脚を振り上げる。
「エイミングショット!」
背後からのチアの一撃がその動作を止めた。腕にあたる部分は攻撃停止の効果だ。時間にしてたったの数秒だが、キョウヤにはそれで充分過ぎるくらいだった。
「フレイムブレード!」
剣同士の刃を打ち滑らせる。
すると両の刃からはその刀身よりも高く激しい炎が唸りを上げて宙空を迸しった。
これが魔法剣士の最大の特徴。
相手の弱点属性と魔力を上乗せした剣の破壊力を以って敵を薙倒す。
キョウヤの飛び込み様の斬撃。
斬られた蜘蛛はその部分から炎を噴き出し、やがて全体にまで広がっていき焼かれて消滅した。
「キョーヤ!」
チアは嬉しそうに駆け寄る。
キョウヤはわかっていると言った表情で待っていた。
「ふふふ、ヒーローのような活躍ぶりだったね」
「うわ、自分でいっちゃうんだ……」
「描写するとだね、颯爽と現れた世界一かっこいい少年キョウヤは宇宙一かっこいい」
「名前挟んだだけでグレードアップしちゃった!」
「この調子でかっこいいキョウヤのかっこいい夢とかっこいい希望のかっこいい冒険としてかっこいい連載をしよう」
「どれだけかっこいい主張したいの……」
「あらすじは宇宙一かっこいいキョウヤの銀河を巻き込んでの一大スペクタクルラブロマンススペースオペラの決定版」
「もうなんかかっこよさそうな単語とりあえず詰めちゃおうみたいな……」
「俺たちの戦いはまだかっこいいキョウヤ!」
「急に終わったみたいな訳分からないのでちゃった!」
そこで一息。
キョウヤはいつもの無駄に自信のある笑みを崩さないが、僅かに考え込んでからチアを見る。
「あとはそうだね……」
「まだ何かあるの?」
「……ただいま戻ったよ、チア」
不意を打たれた言葉に戸惑うチアだったがすぐに柔和な笑みを見せる。
「おかえり、キョーヤ!」
周りでは建物の片付けなのが始まっていた。おそらく移動するのだろう。
それは襲われたからではなく、ただ時が来たからだろう。彼らは移動部族。またどこかへと流れるのだ。
そんな様子を眺めてからキョウヤたちも次の拠点までの冒険を再開した。
EROを終わらせた鏡也は珍しく欠伸をした。
ここ最近睡眠を疎かにしていたのがさすがに堪えたようだ。
器材をテーブルに置き、備え付けのモニターを見た。そこには課金関連の情報が載っていた。
今回大量の課金を行って作業したために閉め忘れていたのだ。操作していくと鏡也は課金アイテムに色々な種類があることに気がついた。
ゲーム内のアイテムだろうか。
薬品みたいなマークの商品や衣装などの画像が映っている。あとはランダムボックスという様々なアイテムが包装されているらしい箱。
詳細までは分からないが自分好みの服もあったので、一応チェックだけ入れておいた。
そこでモニターを消し、ベッドに横たわる。今はなによりも睡眠欲のが勝っていた。
明日は学校に行かねばな……。
鏡也の意識は驚くほど早く、闇の中へと引き込まれていった。