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彼が廃人になった理由  作者: 紫月 一七
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転職のすすめ その1

 空を覆うほどの鬱蒼とした木々がある。

 強く息づく緑に溢れ、敷き詰められたように広大な地に立ち並ぶ。

 それが森だ。

 他よりも一段と生い茂った場所は昼間でも薄暗く、静けさと相俟って不気味な雰囲気を醸し出している。

 そんな一帯の中に光の差し込む空間もあった。

 一条の光の届く先は大きな岩。照らされた岩は仄かな温かさをその硬い肌で受けている。

 その肌は緑に変色していた。

 苔だ。森の独特の気候からくる産物だろう。

 そんな大岩に近付く影があった。

 人ではない。大岩に引けをとらない巨駆で短い首と頑丈そうな甲羅を持つ四足歩行の生物だ。巨大過ぎる亀といったところか。

 亀は岩に組み付くと苔の辺りに口を持っていき、もぞもぞと動く。

 食事をしているのだ。亀はこの岩にできる苔が大好物なのである。

 至福の一時。

 だがそこに一筋の閃光が走った。

 暗闇から伸びた雷が、亀の横腹を直撃。衝突音と共に周囲に土煙が舞った。

 驚きに甲高い声を出す亀。すぐさま雷の飛んできた暗闇の方へと向く。

 暗闇の奥から一人の男が姿を現した。

 黒髪のオールバックに黒いローブを纏った少年だ。鋭い目付きと自信に満ちた表情。

 キョウヤである。

 腕を薙ぎ、ローブを揺らす。


「かかってきたまえ」


 言われるまでもなく、興奮した亀はキョウヤに向かって走り出す。

 キョウヤは火の玉をぶつけた。一瞬怯んだ亀だったが構わずに突っ込んでくる。

 後退しつつ、今度は風を利用しての真空の刃を放つ。だが突進の勢いで遮られ効果は殆どない。

 背を向け走るキョウヤだったが、亀は体格に似合わず足が速い。

 すぐに追い付かれてしまう。既に彼我差はない。

 だがキョウヤの表情は全く揺るがない。背中越しに一瞥すると、次に正面の上空を見た。

 そこには木の上からこちらを見据える少女がいた。

 茶髪のショートヘアーで端正な顔だが、それよりも生気満タンの瞳と表情が印象的だ。

 チアだ。彼女は腰を落として弓を引いている。横向きに構えた弓がしなり弧を描いていた。

 虚空を裂いて、矢が飛んだ。

 矢は一直線に亀の頭に突き刺さった。

 これには亀も前脚を突き上げて動きを止め、苦しげな声を発する。

 チアは跳躍し、深緑色のマントの付いた軽装具を翻しながら亀の上空へと出た。空中で弓を構え、数発の矢を撃つ。

 一発は甲羅で弾かれたが、他は首や脚に命中した。

 着地すると亀はチアへと振り返ろうとするが、そこでまたしても雷撃。

 亀は振り返るのを止め、キョウヤを見た。


「キョーヤ! そいつは火だよ、火!」


「ふむ、了解だ」


 チアの言葉にキョウヤは構える。次に繰り出すは火の属性の技。

 しかし魔法を使う前に亀が行動していた。前脚を振り払う攻撃。

 キョウヤは魔法の使用を諦め後退する。

 追撃しようとする亀に、チアは弓を引く。矢を握る手にはオーラを纏い、そのオーラが矢全体に伝わっていく。


「エイミングショット!」


 亀の後ろ脚に矢とオーラが撃ち込まれる。

 すると亀の動きが停止した。

 いや、停止したのではない。行動がスローになっていた。

 エイミングショットは命中した部位によって対応したマイナス効果を一時的に相手に与えるスキルである。頭なら視角を奪い、腕ならスキル攻撃の停止。脚ならば行動遅延の効果だ。

 見た目に似合った鈍重な動きになっている亀を見つめていたキョウヤは、


「どうやらパーティーはお開きのようだね?」


 壮重たる立ち振る舞いで亀と相対する。

 見つめるその瞳は紅かった。瞳だけでなく、肌や髪も赤みを帯びていた。

 自身の色が変わったのではない。紅の根源は、はためくローブの前。キョウヤの胸元付近に浮かぶ、燃え盛る炎の塊だ。

 キョウヤは巨大な火炎球を亀へと放った。

 衝突すると亀は瞬く間に吹き飛ばされ、そして身体を炎に飲まれて消え去った。

 戦いが終わるとキョウヤは腕を組み、ふっと笑みを零した。余韻に浸っている。

 そんな彼がチアの方に目をやると、彼女もこちらを見ていた。

 しかし違和感がある。視線が微妙に合っていない気がしたのだ。自分を見ているというより、もう少し上を見てるような。

 ……そうか、なるほど。私のあまりに神がかった堂々たる態度に五光でも感じて祈りを捧げているのだな。無理もない。それほどまでに今の戦いは華麗だった。戦闘名シーンでベスト5に入る勢いだ。

 もう少ししたらキョウヤ様名場面集なるものを作ろうか。自叙伝もいいな。題名は『レジェンド・キョウヤ 蓮見ラブラブ伝』で決まりだろう。

 そんな妄想に浸るアホを、チアは慌てて指差した。


「キョーヤ! 後ろ、後ろ!」


「そんなに慌ててどうしたのかね? まったく……」


 切迫したチアの声にやれやれと振り返るキョウヤ。

 そこには亀がいた。すでに興奮している。両の前脚を振り上げており、もう攻撃態勢だ。

 グシャッ!

 亀からの渾身の一撃を貰いキョウヤは死亡した。



 それから回復アイテムの尽きてきた二人は近くの集落まで戻ってきた。

 派手なテントがいくつか立てられ、その周りを折り畳み式の策で囲ってあるだけのシンプルな作りだ。特定の住家を持たない移動民族たちの物だ。

 中心ではキャンプファイアがあり、それを中心に打楽器などを打ち鳴らして騒いでいる。

 先ほど倒した亀から出た素材をNPCのお婆さんに渡してクエを完了させる。亀一体だけを倒したのではなく、色々な素材が必要とのことで森の中を駆け回っていたのだ。

 狩りとクエの報酬の経験値でレベルもあがった。

 キョウヤのレベルは25だ。

 EROを初めて一週間が経過したが、ネトゲ初心者にしてはまずまずのペースだろう。

 問題はチア。彼女のレベルはなんと39。

 ここにいる大体の時間は彼女と行動を共にしてるのに、この差である。とはいってもキョウヤが仕事の関係でEROをやってない時間もあるのだが。

 アイテムを買い終わったチアが戻ってきた。


「たっだいまー! これで次の冒険もばっちりだね!」


 嬉しそうに告げるチアが続けて言った。


「『復活の薬』もたくさん買ったしどんどん死んでいいからねー?」


「また不吉なことをいうね、君は」


「だってー、キョーヤ色々事故って面白いんだもん……ふふっ」


 数多い死亡シーンでも思い出したのか、笑い声を漏らした。

 確かにキョウヤはモンスターの巣穴に飛び込んだり、全速力で獲物を追い掛けていて崖から転落したり、間違えてNPCに魔法を使って衛兵にタコ殴りされたりして死亡したこともある。しかも本人は至って大真面目なものだから、そのギャップは面白いかもしれない。本人には悪いが。

 チアは屈託のない笑顔を向ける。


「まったく変わった子だ」


 溜息混じりの微笑のキョウヤに、チアは反対に苦笑した。


「や……変わり者トップのキョーヤに変わってるとか言われたくないし……」


「はは、何をいう……私のどこが変わってるいうのかね?」


「もう数えきれないくらい変なとこ満載だよ!?」


 するとキョウヤは、ふむ、と唸り顎に手を当てて考えてから、


「確かに変わっている部分もあるかもしれないね。特に行動力が人並み外れているところなどが素晴らしい」


「確かに人並み外れてるよね、主に動機とか……」


「この若さで大企業のトップなど普通は有り得ないね」


「自分でいっちゃうんだ、それ!?」


「あとは級友関係で変わった子がいるとこかね」


「それ誰のことだぁーっ!」


 ははは、と乾いた声で笑うキョウヤに対し、チアは彼のペースに乗せられてることに気が付く。

 一度息を整え、話の観点を変えた。


「じゃあキョーヤの変なとこ挙げるからそれに答えられる?」


「ふむ、いいだろう。言ってみたまえ」


「まずEROを始めた理由が変だよね?」


「全ては蓮見くん愛のためだね!」


「でも普通話したこともない人を追ってここまではしないよね?」


「全ては蓮見くん愛のためだね!」


「しかもワールドチャットで告白みたいな宣言までしちゃって……これは普通じゃないよね……?」


「全ては蓮見くん愛のためだね!」


「だからそういうところが変なんだよーーーっ!」


「チア……キレやすい若者が増えている昨今で君までそんなことではいけないな、ご両親が泣いてしまうよ?」


「なんであたしが諭される側になってんだーっ!」


 荒れた語調になっているチア。

 ははは、とまたしても笑うキョウヤ。

 半ばお手上げ状態になって肩を落としたとこで、そこにキョウヤの平淡な声が入り込んだ。


「チア、ちょっといいかね?」


「なにっ!? 今度は何っ!?」


 先程のテンションと同様で対応したが、キョウヤは打って変わって真剣な面持ちだ。何かを考え込んで言葉をさがしているようでもある。

 チアも冷静になり、その様子を黙って見つめた。

 やおらキョウヤが重い口を開いた。


「これは疑問というよりは相談に近い感覚だと思うのだが……」


 そう前置きした上で、


「私は今の魔法使いという職業に……向いていないのでなかろうか?」

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