その3
ダラダラとたらい回しにされながらクエをこなしていくとキョウヤのレベルも5になっていた。
ここにきてお使いも街の外へと移り、一度は避難してきた草原へと戻って来ていた。
次のクエストはこうだ。草原から連なる小高い丘にある墓に供え物をしてきてくれとのことだ。場所は草原を真っ直ぐではなく、その脇の道とはいえない野原を進むらしい。
キョウヤたちは舗装もされてない道を進んでいく。奥へと進むほど木々や雑草が深くなり、更に坂道となって徐々に険しくなっていく。
モンスターも出るようだが、今はまだ一体も出てきていない。
「……不可解だ」
道は険しくも余裕のある歩きを見せていたキョウヤが急に呟いた。隣を歩いていたチアは、またか、と言いたげな目を向ける。
「なぜ依頼主の女性はこんな道の奥地に恋人の墓など作ったのだ? 聞けばモンスターもでるし危険だろう」
「この先の丘なら街を一望できて眺めがすっごくいいから作ったんだと思うよー」
「あの街だって長閑で景色のいいところだ。街中にも墓地らしき場所はあったし、それにあの女性はいちいち事あるごとに墓参りしてくれと誰かに頼むのか? 自分で行きたくなったらどうするのだ?」
「だぁー! いいのっ! そういう細かいこと気にしなくていいの!」
堰を切ったように叫ぶチア。
確かにキョウヤの言ってることはもっともだし正論だ。だが正論だからこそ余計に込み上げてくるものがあった。しかしだな、とそれでも食い下がるキョウヤに、
「これが冒険なのっ! あの女性はあたしたちに冒険の手引をしてくれるためにわざわざそんなとこにお墓作ったの!」
投げやりなメタ発言。
これにはキョウヤも迫力に押されて黙り込んだ。
その砌、草むら蔭から何かが飛び出してきた。
すぐにその正体が分かった。キョウヤもよく知っている相手だ。
犬である。可愛いげの欠けらもないブサイクで凶悪そうな面だ。息を切らせ鋭い歯を隠そうともせずに剥き出しにしている。
チアは即座に弓を構える。
だがそれよりも早く行動したのはキョウヤだった。
キョウヤは瞬時に犬との距離を詰めると、前足での引っ掻きを華麗に避けて空いた顎を蹴り上げた。
見た目は敵をノックアウトさせるような綺麗な一撃だが、ダメージは殆どない。
当たり前だ。彼は格闘家でなければ戦士系統の近接タイプでもない。彼の職業は魔法使いだ。
今も犬の飛び込みからの噛み付きを躱し腹部を蹴り上げるもほぼダメージはない。着地してからのまた飛び噛み付き。今度はカウンターでキョウヤの肘が犬の喉元へと直撃した。
「ふふ、私に勝てると思っているのかね?」
余裕の態度で吹っ飛んだ犬を見下ろす。
傍から見ればキョウヤが絶対的に優勢ではあるが、しかし実際には犬はまだピンピンしている。全くダメージを負っていないのだ。これではいくらキョウヤの動きがよくても次第に不利になっていく。
やがてキョウヤも敵に捕まりだし、予想通りドロドロの乱打戦に突入した。こうなってしまうと決め手の火力がないキョウヤの劣勢は火を見るよりも明らかである。
いや火力はあるのだが、それは体術ではなく、
「このバカー! まほー使え魔法をっ! あんた魔法使いでしょー!」
その答えを出したチアに対し、キョウヤは呆れたように息を落とした。
「チア……魔法だなんてそんな非現実的なものはこの世にありはしないのだよ?」
「自分の職業全否定っ!?」
「それと君は私をバカというが、私は君よりも成績はいいと思うのだが?」
「激しくどうでもいいよっ!」
話しているキョウヤの隙を突いて犬が飛び掛かる。
そこでやっとチアは弓を構え直し、狙いを定め引き絞る。
犬の動作に合わせて予測した一撃を放った。
キョウヤに引っ掻きが当たるのと、矢が犬を貫くのは同時だった。
犬は倒したが、キョウヤもまた死亡した。
『復活の薬』を使いキョウヤを起こす。キョウヤは何事もなかったように立ち上がり、
「ふふん、チームワークの勝利だ」
「……はいはい」
チアが『回復薬』も使いキョウヤの傷を癒しながら溜息をついた。
それからの道中は犬を中心としたモンスターが単体やペアで出現し行く手を阻むも、チアの正確な射撃とキョウヤの謎の特攻で時間を稼ぐことで撃退していった。
キョウヤは何度言っても魔法そっちのけで身体を張るものだから、丘の頂上に付く頃にはクエでもらった回復薬を使い果たし満身創痍となっていた。
ちなみにチアはほぼ無傷である。
クエの供え物を墓に置く。墓は小さな十字架を少し盛った地面に刺しただけの簡易なものだったが、その背後には美しい景色が広がっていた。
下方には最初にキョウヤたちが居た街が見える。背丈や色で個性を主張する建物の屋根が広がり、街のところどころにある桜並木や新緑がその中でも独特な色彩となっている。上方は青い空を突き抜けて行くような雲が横長に棚引いている。
この場所はそんな二つのアートの境に位置し、一望できる場所だった。
チアは本日二度目だが、それでもこの景色に見惚れずにはいられない。
キョウヤも「ほう……」と感嘆の言葉を発している。
そんなキョウヤの顔を嬉しそうに眺めているチア。キョウヤがそれに気付き不意に目が合うと、ニッコリと元気に、それでいて強く微笑み掛けるように見つめ返す。
「どう? ワクワクのドッキドキでしょ?」
その問いにキョウヤは笑みを浮かべてから、もう一度景色に目を向けた。
「確かに良い景色だ。ワクワクなドッキドキかはわからんがね」
「もー、素直じゃないねー」
「だがここに墓を立てた理由が今なら少しわかる気がするよ」
「え……?」
思ってもみない返答にチアは一瞬呆けたが、
「そっか……そうだよね!」
すぐさま快活な大声を張り上げた。
ここに来たのは確かにクエのためだったが、それはもう達成すれば後は自然と捨て置くようになっていた。
だけどキョウヤは誰かとこういう風に共感をすることをいつまでも忘れない人だ。それが例え相手がNPCと言えども。純粋な気持ちを以って接するからこそ街の人への疑問などをぶつけていたのだろう。
超現実主義者で頭脳派気取りでクールぶったりする彼だが、そんな一面がある。
暫くすると景色を見終えたキョウヤが自分のメニュー欄を操作しながら、アイテムを確認していた。犬との戦闘で得た戦利品でも見ているのか。
「チア、これはなんだね?」
何かに気付いたのか、手元のモニターをこちらに見えるように差し出す。
見るとメガホンのようなマークのアイテムだった。これはワールド全体に伝えたいことなどを一度だけ言えるものだ。本来は課金枠なのだが、初心者に特別に一つだけ支給されたのだろう。
そんな説明をキョウヤにしつつ、チアは自分のアイテム欄を開く。
「まー使うことなんてないし、みんな捨てちゃうんじゃないかな?」
そう言いながら持っていたアイテムを破棄した。
隣のキョウヤもそのアイテムに指を伸ばし選択する。だが押したのは破棄ではなく使用だ。
チアはその『押し間違えに』くすっと笑い、注意を促そうとキョウヤの顔を見た。
彼はとても真剣な表情で何かを決意したように目になっている。深く息を吸い込み、僅かに溜め、そこから一気に吐き出した。
「蓮見くん! 私は……! 君を追いかけ……! ここにきたっ! そして君を……! 迎えに行くために……! 更に先を行こうっ! 待っていてくれっ!!」
言葉は世界を駆け巡り、やがてアイテムと共に消えていった。
「は……!? えええええええええええええええーーーーーーーーーー!!?」
固まっていたチアだったが正気を取り戻した。
意識が戻っても信じられない。まさかそんなことをいうなんて。有り得ない。
驚愕など遥かに通り越して、もうなんと表現したらいいのかも分からない。
当のキョウヤ本人はすっきりした面持ちで、うむ、などど感慨深げでいる。
うむ、じゃないよ、うむ、じゃっ!! 心の中で激しくツッコミを入れ、それだけじゃ収まらず彼へと言葉も投げた。
「ちょ……え……どうするの!?」
「どうするもこうするもクエは終わったからね。早く街へ戻ろうではないか」
「いや! そうじゃなくて! 今の発言だよ!」
「おかしなとこでもあったかね? 元々そのためにここへ来たことだし、何も問題はないよ」
事も無げに言う。
自信に満ち溢れた笑みを浮かべている彼を見ていると、何だか驚いている方が馬鹿らしくなってくる。
キョウヤは来た道を戻りはじめた。その足にはほんの少しの迷いすらない。
チアはもう何も言うまいと半ば呆れ気味に心に決め、彼の背中を追った。先頭を突き進むキョウヤと並ぶと同じ歩調で坂を下りはじめた。
「あ……そーいえばさ」
思い出したようにチア。
「なんだね?」
こちらを向いたキョウヤに対してチアは軽口で告げた。
「帰りもモンスターでるから頑張ってね♪」
その日キョウヤは街へ帰るまでに十回以上は死亡した。