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彼が廃人になった理由  作者: 紫月 一七
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その2

 次にキョウヤの視覚が認識したのは賑やかな街の風景だった。いくつもの構造物が並び、時折ある大きな隙間は通路となって奥へと続いている。

 ここはその中心といったところか。

 人々がよく行き交っていたり、もしくはその場に止まって鮮やかな桜並木に目を奪われいる者もいる。

 ……ここがファンタジー世界というやつか。

 確かに現代とは全く違う。今までこういったものに縁がなかったキョウヤにもすぐに分かった。それほどまでに異質な空間だ。

 街を散策していくと一際活気に溢れた場所へと出た。店らしきものが数多くあった。店といっても様々で、ちゃんとした店舗から地面にシートを敷いてそこに商品を置いただけのフリーマーケット形式まである。

 フリーマーケットのほうでは店の少し上空に看板らしきものが表示されている。『特価・回復アイテムワンセット300k』だとか『防具新品1m』などとある。

 kやmはこの世界の通貨単位なのだろうか?

 疑問が浮かぶが、それよりも自分の所持金すら把握してない。いやそれ以前にどうやって所持金を確認するのかすら分からなかった。

 キョウヤは気になって色々と調べてみた。

 すると急に虚空から小さいモニターが出現した。そこにはアイテムや装備などのメニューがあり、押すと対応した他の枠が現れる。

 操作していると突如自分の操作でない窓枠が飛び込んできた。それを勢いで押してしまい、内容も分からないまま閉じてしまった。

 承諾を押した気がするが、一体なんだった? フレがどうたらとか書いてあった気がしたが……。

 そこまで思い返すも、そんなに気にしても仕方ないと再びメニュー欄に目を移す。

 所持金はステータス欄から見れた。わずか100Gだった。

 ……単位が違っているな。別の取引方法なのだろうか。などと考えていると、眼前に一軒の店が見えた。

 鏡を隔てて服や鎧が飾ってある大きな店だ。おそらく防具屋である。

 鏡には自身の姿が映っていた。キャラは鏡也にそっくりだが装備がショボい作りの服でなんともみすぼらしい。さすがのキョウヤもこれにはショックだった。

 いかん。これでは蓮見くんに嫌われてしまうな。大問題だ……!

 キョウヤはすぐさま改善を図るため、その店へと飛び込んでいった。

 室内も服や防具で溢れていた。これなら多少はいい装備が見つかるだろうと安心し、店員に声を掛ける。


「いらっしゃいませー」


 男性店員が笑顔ので応対してきた。


「すまない。この私に相応しい装備を見繕ってくれ」


「いらっしゃいませー」


「大事な人に会うのでな。できれば高級スーツなどがいいだろう」


「いらっしゃいませー」


「うむ、とても大事な人でな。このような身なりで会う訳にはいかないのだよ」


「いらっしゃいませー」


「聞いているのか? スーツがないなら他の……そうだな、この店で最高の物をもらおう」


「いらっしゃいませー」


「……」


「いらっしゃいませー」


 この店員どこかおかしい。まるで機械のように割り当てられた台詞を繰り返してる感じだ。しかもずっと笑顔。これしか表情がないとばかりに少しも崩れる様子がない。それにどうやら言葉に反応しているのではなく、目の前に立っていると台詞を言うようだ。

 ……そうか!

 そこでキョウヤは結論へと辿り着いた。

 この者は接客のノウハウなどを知らないから、こうして最低限のことだけを遵守しているのか。千愛も言っていたな。各々自営でやっていると。

 リアルな世界には当然こうした接客業に疎い者もいる。しかしそれでも店を開かなければならないのはそう、生活のためだ。おそらく重税を凌ごうと、こうして慣れない接客の仕事を。

 それなのに私は自分が馴れ親しんだ店のように振る舞ってしまった。なんと浅はかなことだ。


「そうか。それならば仕方がない。すまなかったな、自分で探そう」


 店内を見ると重厚な鎧があった。しかも金色の鎧だ。キョウヤは輝きを放つ鎧に目を奪われた。

 これはいい。この私の存在感を引き立てるには持ってこいの代物だ。

 手にとって値段を確かめる。25万G。

 商品を戻した。

 ……危なかった。こんな目立つ以外価値のなさそうな防具に心を奪われそうになっていた。もしもあの店員が最高の者を持ってきていたらこれだったのだろうか。こんなもの買うわけにはいかなかったな。

 それ以前に買えないが、それはさておき。

 次に見つけたのは漆黒の衣。多少年季の入ってそうなダメージがあるローブだ。

 これは素晴らしい。シックな感じでこの私の魅力を最大限まで引き出すはずだ。

 手にとって値段を確かめる。77万G。

 商品を戻した。

 ……危なかった。こんな地味で隠密行動以外に価値のなさそうな防具に心を奪われそうになっていた。あの店員が持ってくるものはこっちだったか。こんなもの買うわけにはいかなかったな。

 やはりそれ以前に買えないのだが、それはさておき。

 キョウヤはその店で一時間余り粘ったが、結局なにも買うことはできなかった。



 絶望的な資金不足。

 それを肌で感じ、街の外れにある草原にきていた。草原でモンスターを倒すと金が手に入ると親切な人が教えてくれたからだ。その人からもっと詳しい情報を引き出そうとしたが、防具屋の店員と同様に同じ内容を繰り返すだけであった。

 おそらくそれだけは必死に調べたので、どうしても伝えたかったのだろう。大事なことだったのだ。

 キョウヤは地面を見た。

 石で整えられた通路があり、その少し先からは石が途切れ土を簡単に舗装しただけの道が続いている。その境目の草原の入口らしき場所に立ち、そこからの顔を上げる。

 草原は遥か彼方まで広がっていて途中に巨大な山が聳えている。どこまでも果てしなく続いていそうだ。

 一陣の風が吹き、キョウヤの髪を揺らした。

 キョウヤはしっかりと前を見据え思う。

 この世界のどこかに蓮見加奈がいるのだと。そしてこれからその元へ行くのだと。

 いくつもの苦難や障害があるはず。

 しかしキョウヤは自信満々だった。なぜなら完璧超人宮上鏡也に不可能などないからだ。


「手始めにあの山を越えてみるか……」


 呟く同時に一歩を踏み出した。

 加速する。景色が揺れ、風を感じる。追い風だが気にしない。押し返すような力強さで走る。

 ちょうど空が茜色を帯びていた。もうすぐ夜なのか。

 薄暗く照らされた道の前方。そこにいる物を視覚に捉えた。

 犬だ。小型だがいかにも狂暴そうな面構え。

 しかしキョウヤは止まらない。それどころか更に加速する。

 犬もこちらへ向かってきた。

 擦れ違うと同時に拳を叩き込んだ。

 両者の距離が開く。一瞬の停止から犬が呻き声を上げて地面に倒れた。

 キョウヤはそんな犬には一瞥もくれずに走り出そうとする。だがそこで奇妙な感覚に襲われた。

 動かない。身体が動かなくなった。全身から力が抜け、地面に倒れ込む。

 ああ、そうか。相打ちだったのか。当たり前だ。所詮自分のレベルはたったの1。いくら精神が昂ろうと無理だった。


「蓮見くん……私はこの世界で誰よりも君の元へ……」


 そこまで声を振り絞ると力尽きた。

 画面が暗転して何も伝わって来なくなる。これが死か。これからどうなるのか。もしやこのゲームは一度死亡したら終わりなのか。迂闊だ。調べが足りなかった。

 ……すまない、蓮見くん。

 もう何も考えられなくなってきた……。


「おーい、起きろー!」


 そのはずだったが、快活な声に釣られて目を覚ます。

 先程同じ光景だ。だが今は目の前に美少女がいた。

 茶髪のショートカット。整った顔立ちで、元気な印象を与える瞳だった。


「助かったのか、私は……?」


「やー正確にはまだ死んじゃってるけど、今から生き返してあげる」


 少女はそういうと『復活の薬』なるものを使う。陳腐な名前だが、後にキョウヤが最も世話になるアイテムである。

 生き返った瞬間、キョウヤは加速する。


「ははは! 待っていたまえ、蓮見くん!」


「ちょ……待てー! このバカー!」


 少女の飛び蹴りが炸裂し鏡也は再び地面に倒れた。

 キョウヤはむくりと上体を起こした。


「回復したいのか殺したのかどちらなのだね?」


「また暴走するからでしょー? それに行ったらまた死んじゃうって」


「案ずるな。今回は相打ちだったが次は勝つ自信がある」


「やー……さっきも犬倒したのあたしだし。後ろから弓で」


「ふふふ、私の攻撃が生きたな」


「まーライフを一ミリくらいは削ってたけどねー」


「……それは不可解な」


 不可解なのはキョウヤの根拠のない自信の方である。

 ところで、と前置きしたキョウヤは、


「君はもしかして千愛か?」


 もしかしなくてもそうだろう。頭上に『チア』と表示されているし、それにこの声と会話のテンポと容赦ないツッコミはリアルの千愛とのやりとりそのものだ。

 チアは肯定とばかりに笑顔を見せた。それから未だに起き上がらないキョウヤの腕を引きながら言った。


「ほらー、夜になるとモンスターも活発になって強くなるみたいだから一度戻ろうよー」


「ははは、それは飛んで火にいるなんとやら」


「それ君だからっ! 間違いなく君の方だからっ!」


 強引に腕を引かれ街へと戻っていた。



 街に帰ってくると減っていたライフがすぐに全快した。『復活の薬』はペナルティーなしでその場復活できるがライフは最大の一割しか回復しないようだ。

 キョウヤは近くの椅子に腰掛け、一息ついてから湧いてきた疑問をチアへと飛ばす。


「それにしてもよく私の居場所が分かったな」


「あー、フレンド登録するとどの辺の地域にいるか大体分かるんだよね」


 隣に座るチア。

 先程、街中でメニューをいじくっていた時か。あれはチアからのフレンド登録依頼だったようだ。

 キョウヤもフレンドリストをチアの欄を見ると今いる街の名前が表示されている。街中では街名しか表示されないので正確な位置までは分からない。おそらくチアはキョウヤが草原のマップに切り替わったのを見て追い掛けてきたのだろう。

 あとはチアからの個人メールやチャットなどが送られてきていた。

 そこでキョウヤはふと思った。このフレンド登録なら加奈の位置を特定するのは容易ではないのかと。それどころか連絡すら取れるじゃないか。


「このフレンド登録を蓮見くんに飛ばせば、彼女との連絡も取れるじゃないか早速やろう」


「蓮見さんのキャラクター名が分からないから飛ばせないよー」


「なぜ私のは分かったんだ……?」


「いや……今日の朝電話でキャラ名いってたよね……」


 なるほど。あのときはゲームのことだけで頭が一杯だったので失念していた。

 それに、と付け加えたチアは続けて、


「仮にこっちがキャラ名知ってても向こうは知らない訳だし、いきなり知らない人からのフレンド登録なんて断られると思うよ」


「そこは問題ない。私が練りに練った彼女への想いを込めた台詞を用意しているので先に伝えよう」


「それ絶対いっちゃダメだからね!?」


「……なぜだ?」


「とにかくダメ!」


 いきなり知らない相手からそんな変態じみた内容(確信)なんて送られて来たら恐すぎる。それこそ完全にストーカーだ。すでにもう六割くらいストーカーではあるが。

 キョウヤは浅く唸ってから、どこか納得いったように顔となった。


「なるほど。蓮見くんならばそんなことをせずとも私に気付いてくれると? ラブパワーってやつだね? 愛のサイコパワー! ラブ・オブ・テレパシー!」


「だめだこいつ……早くなんとかしないと……」


 頭を抱え込んだチアに対し、キョウヤは閉まってなかったフレンド欄のチアを見てあることに気がついた。

 それはチアの職業である狩人の横にあるレベルだ。チアは10となっている。チアもEROは今日から始めたはずなのに、もう差がついていた。


「チア。君はなぜもう10レベルなのだね?」

「あたしとしてはなんでキョーヤが1レベルなのかが不思議なんだけど……。もう三時間は経ってるのに……」


「こちらにきてからは貧乏なことが癪でね。企業を起こそうと思って銀行らしき場所で融資を頼んでいたのだ。だが奴らびた一文も出す気がないようで、さすがの私も苦戦を強いられた……」


 そこで思い出したのか苦い顔をするキョウヤ。その様子を横目で見ていたチアはNPC相手に持論で熱弁を振るうキョウヤの姿を想像した。実に痛々しい。

 チアは溜息をつき終わると椅子からぴょんっと立ち上がった。


「ちょっとついておいでー」


 そういうとチアは歩き出す。キョウヤは訳も分からぬままチアの背中を追った。



 チアに導かれて着いた先は、キョウヤが最初に見た風景だった。

 チアに促され、その近くにいた老人に話し掛けるとある頼み事をされた。

 それは手紙を届けてほしいとのことで、キョウヤたちは歩いて十秒も掛からない民家に手紙を届けた。すると今度はその民家の住民が隣の家に料理を届けて欲しいと頼んできた。隣の民家に料理を届けるとまた最初の老人に招待状を渡して欲しいと頼まれ、数歩移動して老人に招待状を渡した。

 すると老人は自分の足では招待を受けに行けないということで、代わりにキョウヤが行くことになった。


「……不可解だ」


「な、なにが……?」


 その道中キョウヤが呟いた。何だか嫌な予感のするチアだったが一応聞いてみる。


「あの老人いくら足が悪いといっても数メートルの距離で頼み事をするとは……」


「ご老人にはそれでもつらいんだよー」


「ではなぜ立っている? それもわざわざ外で。家で療養してればいいではないか」


「えー……きっとリハビリでお散歩中だったんだよ」


 当たり障りのない回答をするチア。キョウヤの疑問はまだ続く。


「では老人はいいとしても、あの民家の者は自分でやればいいのではないか? 届け物をしたとはいえ見ず知らずの人間にあそこまで頼むとは。警戒心が足りないと思うのだが……」


「ここ田舎だからねー。ほら田舎のって家の鍵閉めないとかあるじゃん? あれと同じだよー」


 キョウヤにしてはまともな意見だがチアは真剣に取り合わない。当たり前だ。ゲームでそんなことは物凄くどうでもいいことである。ごくありふれたお使いクエなのだから。

 ただネトゲ初心者のキョウヤには謎のようだ。

 目的地に着くとキョウヤがNPCに招待状を渡す。ここでキョウヤのレベルが3に上がった。


「そして最大の疑問はこれだ。なぜお使いしただけでレベルが上がるのだ?」


「け、経験値もらってるからだよ」


「人と話しただけで経験値が入るとは……もしや営業に必要な会話や人脈レベルか何かかね? やはりあるのではないか? 職業サラリーマン」


「だからないって! どんだけこだわってるのその職業っ!」


 届け先は職業案内所だったようで各種職業の紹介などを受けた。しかしキョウヤはそんな説明など一切聞いてないようでわなわなと身体を震わせ拳を握り締めて叫んだ。


「聞いたかね、チア? あの老人こんなとこに招待されるところだったのか! あんな歩くのがやっとな足の悪い老人をだぞ!」


「わー! 誤解だってそれ! 誤解っ!」


「誤解も何もあるものか! おのれ……あの料理の届け先の民家の住人め! 奴は悪魔かっ!」


「だから違うって! おちつけー!」


「チア……君はいつから老人が鞭を打たれて働く様を黙って見過ごす人間になったのだね? 私は悲しいよ?」


「人聞き悪っ! あと違うから、その思いっきり冷たい目で見るのやめろー!」


 チアの叫びが周りに響く。

 キョウヤの隣ではNPCが何かを喋り続けているが、そんな声は二人には一切届いてはいなかった。

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