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彼が廃人になった理由  作者: 紫月 一七
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エターナル・ロマンス・オンライン その1

 数日前−−

 閑静な住宅街の中心で鐘を鳴らすのは都立の学校だ。真新しい若い校舎と設備が並び、部活をする生徒などで賑わっている。

 そんな校舎の一室に男子生徒がいた。

 纏められた黒髪のオールバック。端正な顔付きに鋭い目付きで制服を一切着崩すことなく装備している。

 男子生徒は窓から校門側を見下ろし、放課後を迎えて意気揚々と帰る人々の姿を眺めている。

 暇人というわけではない。その中に目当ての物があってのことだ。

 人々の中に一際目を引く生徒がいた。いや正確には意識しているからこそ余計に目立つものだ。

 腰まで伸びる黒いストレートの長髪を揺らしている。スラッとしており遠目から見てもスタイルの良さが分かる後ろ姿。

 なぜ彼女に注目しているのかというと、答えは至って簡単。彼はその女生徒に恋をしていたからだ。

 ……やはり彼女は美しいな。

 まるで現世に降臨した女神を見るかのように恍惚とした表情を浮かべる。

 生まれて初めての一目惚れだった。入学当初に彼女の姿を一目見てから虜となったのだ。神は信じないが彼女に出会えたことだけは賽銭に諭吉を投入してやってもいいくらいだ。

 半ば狂っているほど彼女に夢中ではあるものの、自身からアプローチしたことはまだない。実は話したこともない。向こうはこちらの名前すら知らないだろう。

 自信がないわけではないが、自分史上初めての事柄なので慎重になっているだけだ。どういった方法がいいのか鋭意模索中なのだ。

 やはり共通の趣味などだろうか。話も弾むし、同じ嗜好を持つだけで親近感が湧く。それがいいな、うん。

 そうなると相手のことをもっと知らねばなるまい。彼女のことか。印象ではおしとやかな立ち振る舞いで自分よりも相手を立てるタイプだ。頭もよさそうだ。それに加え家庭的で料理が上手い。何よりも天使。

 彼女は放課後すぐに帰宅するので部活動は行っていないはず。ダテに約2ヶ月余りもこうして後ろ姿を眺めていたわけではない。

 だが個人的なことを言えば茶道部やら料理部、引いては家庭科のことはすべてお任せのスーパー総合家庭部なるものが存在し、そこに在籍していてもおかしくない。しかも部長だと断言しよう。

 などと好き勝手なことを述懐しているが、しかし本当は放課後に何をしているかなどは全く分からない。

 勉強か? アルバイトか? はたまたこの世界を侵略しようとする悪魔族と日夜死闘を繰り広げる天使なのか……?

 最後のなら是非ともバックアップしてあげたいものだ。

 「よっ! またぼーっとしてるの?」


 妄想ワールド全開でいると、不意に女子の声がした。目を向けると小柄の女生徒が立っている。

 明るめ茶髪のショートカット。整った顔立ちでぱっちりした大きな目。その瞳には溢れんばかりの元気を秘めている。


「千愛か……。私は今およそ地上のどんな癒しも比較にならない癒しパワーを補給中なのだよ」


「まーたよくわかんないこといってー。相変わらず変な人だねー」


 謎の返答に少し怪訝顔な千愛。

 彼女は式野千愛しきの ちあ。クラスメイトで明るく人懐っこい人気者だ。なぜかは知らないが気が合うようで、こうしてよく話すことがある。

 しかし今日は必然でもある。千愛には極秘で頼み事をしていたのだ。


「それでどうだったかね?」


「蓮見さんのこと?」


 蓮見さんというのは先程の天使の名前、蓮見加奈はすみ かなのことである。何とも響きのいい素晴らしい名だ。

 彼女の攻略のためにもうすでに手を打ってあった。クラス内に留まらず人望の厚い千愛に調査を依頼したのだ。

 期待に胸を踊らせ、力強く頷く。


「んー……クラスの仲いい人に聞いたらいい子みたいだよー? 美人さんだし人気もあるみたい」


「そうだろうな。それで趣味はなんだ? 放課後なにをしている?」


「えっとねー、それが……」


 言葉を詰まらせる千愛。急かすように見ると、躊躇いながらも彼女は言った。


「エターナル・ロマンス・オンラインっていうのにはまってるみたい」


「……なんだね、それは?」


「最新のオンラインゲームだよ。ほらCMでやってるじゃん、ゴーグルみたいなのつけてバーチャル空間でどーたらってやつー」


「そのバーチャル空間とやらで一体何をするのだ?」


「えー、そりゃ……ぼ、冒険だよ! 仲間と一緒に見知らぬ大地を行く! ワクワクとドッキドキが盛り沢山のファンタジーだよ!」


 宣伝よろしくに言った千愛であったが、それでもまだイマイチ掴めない。


「それでどうワクワクとドッキドキなのだ?」


「うわっ! 復唱されるとすっごい恥ずかしいんだけど!」


「……恥ずかしいだと!? 卑猥なものなのか? あの蓮見くんがか? 君ならともかくあの蓮見くんがまさか……」


「違うよっ! ってかあたしならともかくってなんだぁー!」


 そんなやり取りを聞いていたクラスメイトのクスクスとした笑い声が響く。まさか有り得ない、と口ごもっていると顔を赤くした千愛が叫んだ。


「このぉ……バカァーーーっ!!」



 その夜、無駄に広い部屋の片隅に置かれたパソコンを起動させ早速エターナル・ロマンス・オンラインなるものの情報を探した。

 世界最大の検索サイトと名高い『クグール』ならば調べるのは容易だった。エターナルと入れた時点で検索のトップに表示される辺り、かなり有名なゲームのようだ。

 エターナル・ロマンス・オンライン。

 リアルな映像と自由度の高い操作性抜群のシステムによりハイクオリティーな仕上がりとなっている。業界の先駆けとなったVRMMOであり、サービス開始から一年もしないうちにその人気を不動のものとし今も止まるところを知らない。

 ちなみにタイトルが長いので略称は頭文字をとって『EROエロ』らしい。

 あの蓮見くんが……いやまさか……。

 などと再び懊悩しつつ、プレイには機材と専用ソフトが必要なことに気付いたので、手配するよう自分の『部下』にメールを送り付けた。


「ふふ……待っていたまえ、蓮見くん。この私、宮上鏡也みやうえ きょうやが君の好きな場所で名乗りを上げよう」


 一息付くと続けて、


「そして君に相応しい男として迎えに行こう!」


 渾身の想いを込めた。夜遅かったがこの部屋は完全防音なので問題はないだろう。

 明日からついに蓮見加奈への第一歩目のアプローチが始まる。なんという良い日だろう。既に一年の内で最良の日となることは確定だ。

 明日は記念として宮上鏡也様万歳デーとしよう。うむ、そうしよう。

 鏡也は心を躍らせながら床に着いた。



 翌朝。本日も雲一つない快晴。

 鏡也は誰もいない静まり返った教室に一人いた。部活にも入っていないくせに、やたら早いのがこの男なのである。

 教室の中央辺りで仁王立ちしている。やがて組んでいた腕を下げ開口一番叫んだ。


「蓮見くん! おはようございます!」


 爽やかな声が教室に響き渡る。肝心の加奈がいるわけがないので無意味だ。だが鏡也は納得いったようで、


「素晴らしい。今までで最高の出来栄えだったな」


 どうやら何度もやっているらしい。


「レコーダーにも録音したことだし、これは後で保管して後世に残さなくては」


「そんなもん後世に残そうとするなー!」


 ドアが開くと同時にツッコミが飛んできた。声の主は加奈ではなく千愛だった。若干息を切らせ気味だ。

「いや何も君への挨拶ではない安心したまえ」


「蓮見さんだって絶対やだと思うんだよね……というかおっはよー」


「うむ」


「それだけっ!? クラスメイトへの挨拶それだけー!?」


 抗議の言葉も高ぶる男の耳には入らなかった。いない相手にはあれだけの挨拶をしているのに。この対応の差である。

 あからさまにぶすーっとした顔を作る千愛だったが鏡也へは届かない。鏡也は腰に両手を当てストレッチをしながら空を眺めて口を開いた。


「何しろ今日は記念すべき日になるのでな。朝から気合いが入ったのだよ」


 不機嫌だった顔を戻し、千愛。


「記念すべき日って?」


 千愛の疑問と同時に鏡也はバッと身体を千愛のほうに向け、生き生きとした眼差しも向けた。


「聞きたいかね? 聞きたいだろう? そうだろう! では、言おう!」


「あー……やっぱいい」


 ものすごーく嫌な予感がした千愛は、放っておいても結論まで勝手に口走りそうな鏡也の言葉をあえて遮った。だが一人語りを潰された鏡也自身はそんなことは気にも留めていない様子。


「しかし君も部活の朝練でもないのに、よく毎朝早く来るものだ。相当暇なのかね?」


「べつに早起きなだけですよーだ! そっちこそ挨拶終わったら暇なんじゃないの?」


「私は携帯端末からでも『仕事』をすることができるからね」


 携帯を見せ付けるようにしてアピールする。その折、携帯に電話の着信が入った。


「私だ」


『会長。例の器材が手に入りました』


「ご苦労。そのまま起動させキャラクターとやらを作っておいてくれ。名はキョウヤ……私に似せてイケメンでな。参考資料が欲しいなら私のポスターが飾ってある部屋があるから、そこで存分に拝むといい」


 色々とツッコミたくなる千愛だったが、そこを押さえて重要なところを聞いた。


「もしかしてERO買ったの? ホントに追っかけで始める気なの?」


「ああ、勿論だとも」


「キャラクター自分で作らなくていいの?」


「うむ。なるべく手間を省きたいのでな」


 少し遠ざけた電話を再び耳元に引き寄せ、


「職業? 私に相応しく『社長』にしといてくれ」


「そんな職業あるかー!」


 今度こそ千愛は声を張り上げた。


「……ないのか?」


「ないよっ!」


 ふむ、と唸った鏡也は溜息混じりにこう告げた。


「では誠に遺憾なことだが『平社員』からにしておいてくれ」


 千愛はがっくりとうなだれて手近な机に突っ伏した。



 それから千愛は鏡也にERO世界やファンタジーの一般的なことや職業等などを懇切丁寧に説明した。すると鏡也は『企業もないだと……不可解な』だとか『なるほど、皆自営しているのか。まずは吸収からだな』だとか『装備? スキル? 安心したまえ、ボディーガードを雇う』などと終始わけのわからないことをいう始末だった。

 この男本当に大丈夫だろうか?

 結局、職業はありがちなものを例に挙げていって鏡也が魔法使いに決め電話で指示した。

 宮上鏡也。彼は一介の高校生のではない。

 容姿端麗。成績優秀。スポーツ万能。しかも若くして大企業である宮上グループのトップを務めている。超大金持ちでもある。

 そんなパーフェクトな男だが、どこか頭のネジでも外れたかのようなぶっ飛んだ思考を持ち主だ。言動だって予測不能。何を思ったか突然の奇行の数々。

 有り体にいって変人だ。

 今回もオンラインゲームなど全く知らないくせに、もうやる気満々。しかも理由は好きな子と親密になりたいがため。行動力はすごいが殆どストーカーである。


「今日から楽しみで仕方がないな!」


 千愛は意気込む鏡也を見つめ、少し躊躇いながらも意を決した。


「ね、ねえ……キョーヤ? 面白そうだからあたしもやってみよっかなぁ、なんて……」


「ほほう、君も宮上鏡也様万歳デーを祝う気になったのかね?」


「どうしてそうなった!」


「だがね、千愛……残念ながら面白いものではない。めでたくはあるがもっと厳粛に私を讃える記念日なのだよ」


「だから違うって! ってか何その記念日っ!」


「この私宮上鏡也がEROで伝説となる日だ」


「初日から何する気なの!? 何やらかす気なの!?」


 そこで千愛は深い溜息を付き、落ち着き直す。


「キョーヤ一人じゃ不安だしあたしもやる。こう見えてもオンラインゲームは経験者だし色々教えてあげられるはずだから。最初から二人いればパーティー組めるし一人ぼっちよりも少し有利だよー。それにほら……蓮見さんに会う前にちょっとはゲームに慣れておかないとかっこわるいよー?」


 目一杯しかたないなーという雰囲気と保護者のお姉さん面をして巻くし立てる。


「ふむ……確かに君の言うことにも一理ある」


「でしょ? じゃあ決まりだねー!」


 今度は一切作りのない満面の笑みで答える。

 約束を取り付けると机に座り鼻歌混じりに今日の授業の予習を始める。鏡也も携帯を眺め、何やら作業に没頭し始めたようだ。

 EROではどんなことがあるのかという期待に想像を膨らませる千愛は一日上機嫌だった。



 ……よし、行くか。

 鏡也は地面から立ち上がり、椅子に腰掛けると部下が置いていったヘッドギアを手に取った。

 帰宅後に宿題を済ませ授業の予習と復習を終え、入浴や食事、そして正座で三十分の精神統一を済ませたところだ。

 いよいよEROの世界に踏み込むときがきた。蓮見加奈がプライベートで過ごす世界へ。

 抑えがたい高揚感などは先程掻き消した。楽しみにするのはいいが、何事も冷静にならねばならない。

 今一度自分の心を確かめる。冷静だ。僅かな乱れも感じない。これならば、まず何があっても問題ないだろう。

 さあ、行こう。ファンタジーな世界とやらに。

 起動すると荘厳な曲と同時にタイトル画面が表示される。

 エターナル・ロマンス・オンライン。

 後に彼が伝説を創るゲームの名だ。


「蓮見くん! 待っていたまえ。この宮上鏡也が今! 貴女の元へと行こう!」


 こうしてストーカー男の冒険が幕を上げた。

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