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心の痛みもリセットしてよ!

 そう思った私は一人、大きく頷いた。


 「じゃあさ、緒方は?」


 真帆は私の問いかけに一瞬、顔色を変えた。

 これはもしや。私の心に不安がよぎった。


 「な、な、何で緒方なの?」

 「あいつ優しいしさ」


 そこまで言った時、私の心の中に抑えきれない衝動が込み上げてきた。普通なら理性がそれを抑えるんだろうけど、あれでリセットしちゃえばいいと言う安易な思いが、理性を弱めている。


 「私はね。緒方が好きなの。

 なのに、あいつは真帆の事が好きなんだって。

 真帆はどうなのよ?

 真帆の気持ちが分からなきゃ、私、諦めきれないよ」


 私の突然の言葉に真帆だけでなく、夏織も固まってしまっている。私はそんな中、半べそで真帆を見つめる。

 真帆は一瞬、驚いた表情をした後、真剣な顔つきになっている。


 「ごめん。未海。

 私も緒方の事、好きなんだ」


 やっぱり。二人が相思相愛じゃ、私が入り込む隙間なんて、無いじゃない。


 「そっかぁ。

 やっぱり」


 そう言うと、私は半べそのまま鞄を肩からおろして自分の足元に置いて、しゃがみ込んで、鞄の中を探り始めた。


 「未海、何やってんの?」


 私の突然の行動に夏織が私の手元を覗き込みながら言った。私はそれに答えず、鞄の中をまさぐって、あれを取り出した。

 小さくて、安っぽい箱。それを手にした私を二人が怪訝そうに見つめる。


 いいんだ。いいんだ。どう思われたって。

 リセットしちゃうんだから。


 私がボタンの上の透明のカバーを開いて、ボタンを押す。


 あれ?


 何も起きない。慌てて、もう一回押してみる。

 何も起きない。


 「どかーん!」


 爆弾、爆弾。私はそう意味不明のアクションをして、あれをポケットにしまった。

 そうとでも言って、誤魔化すしかないじゃない。どう言って、今の行動を説明するって言うのよ。

 突然の奇行に二人は唖然としている。


 「冗談、冗談よ。

 全部、忘れて」


 私は袖で涙をぬぐうと、そう言って、一人歩き始めた。

 二人は呆然としているのか、呆れたのか追ってくる気配がない。私はさらに足を速めた。背中を押す風が私がその場を離れるのを助けてくれる。

 1日リセットだった。昨日の今日は中庭で緒方君が来るのをちょっと待っていた。今日の今日は授業が終わるなり、二人を連れ出して下校したんだった。昨日の今日、ボタンを押してから、1日経っていない可能性が高いじゃない。

 何と言うおばかな私。

 それとも、もう電池切れで終わったのかな。壊れちゃったりしたとか。

 私は一人駅に向かう途中で、住宅が立ち並ぶ路地に入って意味も無く、知らない住宅街をさまよった。駅に行けば、あの二人に追いつかれるかも知れない。そう思ったからだ。

 右も左も同じような家が立ち並ぶ住宅街。道路を歩く人の姿はほとんどない。誰にも見られていない。そう思うと、涙がよけいにあふれてくる。

 緒方君への想い。その緒方君が真帆を好いている事。自分の愚かさ。


 全てリセットしたいよぅ。


 再びあれを取り出して、ボタンを押した。

 来た!

 意識が遠のくような気がした時、私はそう思った。

 意識がはっきりしてきた私の目の前はやっぱり揺れていた。左手にあれを持って、右手の一指し指がボタンの上に。

 辺りに視線を向けるとトイレの個室だった。

 昨日も、ここで泣いていた。

 今日も。

 どうして、これって、心までリセットしてくれないのよ!

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