聞いてみたい! 真帆の気持ち。
次の日。再びバレンタインデーがやって来た。
私が玉砕した日。いや、玉砕の前に逃げ出したんだ。
私はパジャマ姿のまま、ダイニングに向った。ダイニングテーブルの上にはこんがりと焼けた食パンにベーコンエッグがお皿に乗っていて、横のカップから香るコーヒーが朝の雰囲気を醸し出している。そして、すでにお父さんは座っていて、いつものように新聞を読みながら、パンを片手に持って、食べている。
「はい。これ」
私は新聞に熱中しているお父さんに、ぶっきらぼうに手にしていたチョコレートを差し出した。いつもなら、夜に渡すんだけど、今日は心が揺らがないように、朝に渡すことにした。
それは昨日? いえ、今日、緒方君に渡すはずだったちょっと高めのカディバのチョコ。これで、もう緒方君に、いかにも本命的なチョコを渡そうかどうしようかと迷う事はない。
「うん?」
突然の事に、そんな感じで私を見てから、私の手にあるチョコに視線を移した。
「おお、ありがとう。
そうか、そうか。今日はあれか」
本当にうれしそうな顔で、そう言った。お父さんには悪いけど、はっきり言って、お父さんのその笑顔より、緒方君の笑顔が見たかったよ。
「それ高かったんだから、お返し、よろしくね」
私はその言葉を満面の笑みでお父さんに言った。これで、お返しは私の思いのまま。そして、緒方君には本当はお父さんに渡すはずだった2番目のチョコを渡した。
「はい。
いつも世話になってるしね」
私の気持ちは伝えずに。
とは言っても、そんな簡単に気持ちの整理はつかない。
真帆と夏織の二人に、昨日のあの私の態度の理由は適当に誤魔化したけど、緒方君を好きと言う想いが消えたりなんかしない。
正直なとこ、真帆が緒方君をどう想っているのか、気になる。緒方君が真帆に告って、振られれば、私にもチャンスがやって来るかも知れない。でも、真帆が緒方君と付き合いだしたりなんかしたら、厄介だ。
確か私の記憶では、真帆にはカレシがいた。でも、最近、ずっとその話は聞かない。
確か知りあった時はそんな風でもなかったのに、ちょっとヤバい奴だったと言うのは聞いた記憶がある。
その話を聞き出すには、今日はチャンス。私は普段通り、真帆と夏織と一緒に駅に向かっていた。山から吹き降ろしてくる風に背中を押されながら、三人は寒そうに肩を丸めながら駅を目指している。
「そう言えばさ、真帆」
私は話が途切れたところで、真帆に話を振った。下心ありのせいか、ちょっと声が震えたけど、この寒さの中、不自然には思われなかったようで、真帆はいつもの笑顔を向けてきた。
「うん?
何?」
決して丸すぎではない、ふっくらとしたほっぺの笑顔。
これか?
緒方君はこの笑顔にやられたのか?
私は普段気にしていなかった真帆の笑顔に、魅力を感じてしまった。
「今日さぁ、カレシに渡すの?」
「えっ。ああ、あいつね。
あいつとはもう別れたよ」
「なんで?」
「あいつさぁ、思い通りにならない事あるとキレるんだよねぇ。
そんな奴はごめんじゃんか」
「そうなんだぁ」
「やっぱ、優しい人がいいよ」
頷く私の顔はちょっと引きつり気味。
いかんじゃない。
優しい?緒方君優しいよ。
「じゃあさ、緒方は?」
聞いてみたい。でも、そんな事聞けば、変に思われちゃうじゃない。
でも、聞いても問題が無い事に気付いた。旅の恥はかき捨てじゃないけど、ここで聞いてリセットしちゃえばいいんじゃんか。