ゲショ鯛とシンゴ兄ちゃん ―3―
「──おっ! うわああぁあッ!!?」
釣れたぁ──! と思ったら、竿が真ん中辺りから一気にグニャリと曲がって、自分の体ごと川の中に引き込まれそうになってしまう。
まさかの大物や!!
「ちょっ! ちょっ! よりによって、なんでやッ!!? いらん!」
大物なんか釣れたって、上げ切れんのやから意味あらへんし迷惑なばっかなんやど!!? というか、このままやと釣り竿ごと川の中にポチャリ☆や!! ヤバイ!
――し、死ぬッ!!
「タ、タマ! し、死ぬ!! このままやと、ヤバイ!! なんとかしたってぇ──☆」
『その竿、放たったらええんやないの? どうせ勘兄のやでぇ。さっさと放たったら?』
こっちは焦っとるのに、タマの奴ぅ、なんとも能天気な反応ぶりや。
「あ、アホ言わんといて! コレ、勘兄が買ったモンやけど。コレ、めっちゃ高い竿やったんは、自分、よう知ってるのや!
大体がそもそも元は、自分の金なんやど! もったいないやないか────って、うわああぁああッ!!」
そうこう言うてる内に、片足が川の中にまで入ってしもうた。なんつぅー引きの強さや!?
く、くやしいけど……タマの言う通りや。さすがに命には代えられへんもんなぁ。
そう思って、竿を放そうとした矢先───。
「よっ!!」
誰かが竿を掴んで、一緒にグイッと引っ張ってくれよった。よく見たら、勘兄の数少ない友人の一人で、泉 真吾の兄さんや。見掛けは痩身な感じでなんや頼りないのに、力は物凄いあった。流石に勘兄の友人だけあって、釣りも上手く。引いたり戻したりして、相手を弱らせてから少しずつ手繰り寄せ、最後はたも網を使って陸に上げた。
なんと1メートルは軽く越えとる大物やった。
こん魚の名前は、ゲショ鯛。陸に上げると、『ゲショ ゲショ』と鳴くので、こんなヘンテコな名前になったそうや。
顔がまたブサイクな奴なんやけど。味は最高の高級食材やった。
「やあー。これは大物だ! わはは♪」
「シンゴ兄ちゃん、あんがとな♪ お陰で助かったわ」
「いやいや。なんの、なんの♪
それにしてもコウの大将が釣りなんて珍しいね? 勘はカゼでも引いてんの?」
シンゴ兄ちゃんは、自分のことを『コウの大将』といつも呼ぶ。いつからそう呼ばれるようになったんかは、もう忘れたけど。多分、自分が鉄板始めるようになってからやと思うわ。
「勘兄なら、アホやからカゼなんか引かへんで♪ カゼの方が、『アホうつされる』言うて逃げよるわぁあ~♪」
「わはは♪ そう言うと思った」
「まあね♪ 相変わらず家の中で元気にテレビみとるよ。
シンゴ兄ちゃん、今晩うちに来るんかぁ?」
シンゴ兄ちゃんも職を転々とし、定職に着いてない人やけど。それでもまだ、ちゃんと自立はして生活しとるから、勘兄よりは遥かに大人なお人や。
たまに家に来て、ご飯だけ食べてくことも多かったけどな。給料前とかは特にや。お金がなくてのことなんやろうけどなぁ……?
まあ、あの勘兄の友人なんや。欠点の一つやふたつくらい気にせんわ。
多めにみといたる。
「うーん。そうだなぁ~……」
「この大物は、シンゴ兄ちゃんが釣り上げたようなモンなんやから。遠慮なんか要らへんでぇ♪ うちに来て、一緒に食べよ、食べよ♪」
「うん。じゃあ、そうさせてもらうか。
でも、夕方から今日も仕事いくんだろ? コウの大将は」
「もちろん行くよ。生活あるからな、しゃあ~ない。だから勘兄と二人して、先に食べててやぁ。自分、コレの一部だけもろうて鉄板で勝手に食べとくから」
「なんだかそれって、悪い気がしちゃうな……」
「ナハハ。そんなシンゴ兄ちゃんの十分の一でも、勘兄に思いやり的な優しさっちゅ~もんがあれば、自分、こんなにも悲惨な苦労せんで済んだかもしれへんのになぁ~」
「わはは♪ まあまあー、そう言うなって」
「ん……ぅん…」
これ以上、言ったところで。シンゴ兄ちゃんは勘兄の悪口みたいな話には乗って来ないお人や。自分と勘兄としたら、シンゴ兄ちゃんは勘兄側にいつも立つお人やからな。
そこは自分もよう理解しとる。なんや癪な話やけどな。シンゴ兄ちゃんは、勘兄の友人なんやからしゃあ~ないのや。
ゲショ鯛をシンゴ兄ちゃんが軽々とタマの荷台に乗せて。それから家へたったの1分足らずでつき、ゲショ鯛を同じくシンゴ兄ちゃんが降ろすと。仕入れもあるから、自分はそのまま。
「ほいじゃ、またなぁー♪」
と言って、シンゴ兄ちゃんと別れた。
「わはは♪ ああ、また今晩。あとでなぁ──!」




