【第一話】 兄と弟の関係 ―1―
※本作品は、PC仕様の横書きスタイルを前提にして部分的にセンタリング表現を用いておりますので、スマホなどでご覧の場合には『横向き』で読むことをお勧め致します。
──西暦2293年の8月──
時は今、《銀河惑星連合》の時代である……。
それはかつて、人類の夢……そう、時空をも超え超長距離を一瞬にして移動する。それはまさに……我々人類にとって長い間、夢物語に過ぎなかった。しかし今からおよそ二百年前、我々の祖先は初めて、それまで夢にしか過ぎなかった空間移動を果たす【HOP】[Hole Out Point]の開発に成功し、100光年の距離をも一瞬にして飛び超える長距離移動を可能とした。但しそれを実現可能にするには、【HOP】という超重量級でリング状の姿形をした大型機械である《【HOP】ゲート》が先に到達点に在ることが必須条件である。《空間歪曲型ワープ》を実現可能にする為には、到達点にゲートの存在が必要不可欠であったからだ。その為に、何よりも早く、そしてより遠くへと《【HOP】ゲート》を飛ばすことが最優先課題となった。
そこで人類は、《オーバードライブ航法》を更に開発する。それは、光速航行を可能にした人類初の試みの集大成である。そうして人類は、本格的な宇宙大航海新時代を迎えたのだ。
そうした夢のような時代は……それから更に進み、この銀河惑星連合でも辺境にあるとてつもなく貧乏な小さな惑星フライドに、今年9歳になったばかりの1人の少年が居た。
「ほら、タマ。そろそろ行くで!」
『ハイナ♪』
今にも壊れそうな、おんぼろ搬送用ロボットに話し掛ける少年。彼が、この物語の主人公。名前は、天川光輝。周りからは、よくこう呼ばれている。
「コウちゃん! こっちにお好み焼き一つ、くれ!」
「はあーい」
「コウちゃん。オレにはエビや! エビ! それと酒もな!!」
「はいはぁーい!」
家から三百メートルくらい先の路地裏で、コウ少年は屋台を開いて商売をやっていた。鉄板焼きだ。見るからにとても美味しそうである。
この通りには、彼の他にも屋台を出して商売をしている人が仰山いて。出店の数は、30を軽く超えているだろう。そうしたこともあり、この通りにはそれを目当てにした多くの人が訪れ、大変賑やかだ。
この近くに住む一部の住民の中には、それを迷惑に感じる人も居たが。コウ少年としては日々食べ生きてゆく上で、無くてはならないものだった。
朝と昼間は、学校。夜はこの様にして、屋台の仕事。まさに二重生活。それでも、こうして食べてゆける。ただそれだけで、十分だと感じていた。
「うぉおーい! まだかー? 早よせぇー!」
「はいよ! おまっとさん♪」
「それはそうと、コウちゃん。お兄さんの病気、まだ治らんの?」
「……あはは! アレはダメや、一生治らん……諦めもついたわ」
「そうかぁ……そんなにも悪いんか? 大事にせんとアカンなぁ……両親を亡くし、残された縁者は兄1人。うんうん。大事にせな。うんうん」
「あはは! あんま大事にする価値もないけどな、アレは♪」
「へ? それ、どういう意味や?」
「なんでもないない。気にせんで、ええよ。考えても疲れるだけや。ムダムダや。それよりもドンドン作るから、注文頼んじゃって! その方が自分、儲けて助かる♪」
「はは、コウちゃんは商売上手やなぁ~。じゃあ、そのイカもくれ!」
「あいよ♪」
「それはそうと、コウちゃん。今度もっと鉄板広くしてよ。コレじゃ狭くて、よう焼けへんわい」
「それは無理や……」
「……なんで?」
「この鉄板、毎日家からここまで運んでるの、誰やと思てるのや? おっちゃん……」
コウ少年は、自分自身を指差しながらそう聞いていた。指差しながら聞いているのだから、既に答えは出ている。
因みに、その鉄板の大きさは2メートルほど。むしろ、ここまでどうやって運んでいるのかを聞きたいくらいある。
「……無理やな。むしろ、奇跡にすら思えてきたわ」
「そうやろ? ナハハ♪」
「それにしても、コウちゃんはエライなぁ~。まだ10歳で独り立ち。大したもんやで!」
「ちゃうで、おっちゃん。これでもまだ、ピチピチの9歳や」
「あ、9歳やったか?」
「アハハ♪ おっちゃん、この前も同じ質問して、同じ間違いやってたよ?
きっと仕事疲れの結果やろうから、別に別にええけどね。知らない人が聞いたらボケてると勘違いされるから、自分大事にしときや♪」
コウ少年のその言葉を聞くなり、目をまんまるくしてこう言う。
「コウちゃんは、ホンマもんの苦労人やなぁ~……その一言に、なんや人生の重みっちゅ~モンをヒシヒシ感じてしもたわ。並大抵の小学生が吐くセリフと、ちゃうで!
「ああ、全くだ。並の小学生と違うよなぁー」
なにが違うのや?? 自分、今そんなにも変なこと言うたかぁ~?
「ホイじゃなぁ~、ごっそさん。また来るわ。ホンマに、美味かったで♪」
「あいよ! いっつもいつも、毎度おおきにぃ~♪ また来てなぁあ~」
最後の客を見送り、コウ少年は手際良く片付け、運搬台車に向かって声をかける。
「ほらタマ、準備万端や。早よぅ起きて、このバカ重いやつ、手早く載せたってやぁ~!」
『──☆ もぅ終わりでっかぁあ?』
「うん♪ 早よぅ済ませて、一緒に帰ろ。22時前には帰りたいから♪」
タマと呼ばれたオンボロ搬送用ロボットは、コウ少年が廃品として捨てられていたものを拾って来たタダもんの運搬ロボットだ。モチロン、勝手に拾い持ち帰って来た訳ではなく。廃品回収屋と交渉した上で手に入れたものなので、問題はない。
実は先ほど話しに持ち上がった2メートルはある鉄板、それを載せ下ろし運んでくれているのがこのタマだった。一番大変だと思う運搬作業が、このオンボロ搬送用ロボット、タマのお陰で楽ができている。まあ燃料代はかかるが、そこは仕方が無い。しかしその燃料代、この時代では毎朝欠かさずのオレンジジュース一本で事足りる。
それは何故かというと、移動するのに使う推進機は、水素を使い。燃料電池として、糖質を必要とするからだ。水素自体は、超・水素吸蔵合金によって空気中から微量な水素を取り込むので、実質タダだが。糖質だけは、『飲んで』タンク内に貯める必要がある。基本的に糖分が入ったものなら何でもいいが、タマ曰く『酒の方が、ええな♪』とのこと。
でもそれを聞くなりコウは目を細め「それは、タマの好みちゃうの?」と直ぐ
に聞き。「ジュースでええやろ?」と、それを直ぐにぶった切る。
「オレンジジュースなら、自分も飲む。だから、オレンジジュースにしとき」
『あぅあう~……』
タマもそれで、しぶしぶ納得した。
とは言え、燃料はそれで良くてもそこは廃品に出されるだけの機体だけあって、実は蓄電する内蔵バッテリーがもうダメになり掛けている。その為、コウが起こすまでの間、タマはいつも傍で寝ている訳だ。『出来たら、新しいバッテリーと交換してやりたいな……』コウはそう思うが、その費用は百万円も掛かる。今の生活をどうにかやり繰りするだけで精一杯なコウ少年としては、とても無理な話しだった。
そのタマの上に、コウ少年はヨイショと跳び箱乗りで飛び乗って「そいじゃ帰ろうか~?」と言った。
『ハイナ~♪』
なんとも軽薄そうな声でタマは言い。《ヒュイーン》と、たったの十五秒ほどで家の前に着く。三百メートルをなんとたったの十五秒……。しかも直線ではなく、数カ所曲がりくねっている。
「……ちょっと今の、速度違反とちゃうか? 思わず死ぬかと思ったド……」
『テへ♪』
「てへ、って……。もし今ので違反切符《連合警察》に切られたら、タマ。お前売り払うしかあらへんのやで。そン時は、覚悟しときぃー」
『あう~~><;』
タマは、音声と共に、3Dモニター上に反省色っぽい顔文字を表示させていた。
「『あう』やないよ、ホンマに。うちはお金がないのやからな。『払えー!』って言われたところで、どぉーしょうもないのや。そやから注意しとき☆」
コウ少年はそうぶつくさと言いながら、家のガレージをリモコン操作で開けた。
お金も無く、貧乏だが。両親が生前に残してくれた家は形見として、とある旅行会社からの賠償金などで完済済みとなり、どうにか手元に残ったのだ。二階建てのどこにでもあるような小さな家だったが、ガレージ付きで十分な広さがある。
このガレージが、言ってしまえば《物置》兼《タマの家》として使われている。
「言うとくけど、タマ。今の忠告、それだけタマのことが大事やと思うから言うたのやで。意地悪で言うたのやないからな。そこんトコ勘違いするんやないドー?」
『エライなんや、気ぃ~遣わせてるみたいで、すんまへん……><。。』
「そやから、気ぃ遣ってるとかや無い。タマが居らんと自分、困るから言うてるのや」
『困る……?』
「そらそうや。タマが居らんと、運搬とかまずできへんやろ? 分かるかぁ?」
本当は、それだけではない。寂しくなる……というのもある。でも、それを言うとタマがまた直ぐに調子乗るからなぁ~。言わんどこ。
コウ少年はそう思い、横目にタマを見つめながら、軽くため息をつく。
『 (〃'▽'〃)♪』
「…………」
3Dモニター画面一杯に表示される、満面の笑み。『ちゃんと反省したんかいな??』と、思わず疑いたくもなる。
『ところで、この荷物はいつもの所でええんか?』
「あ、うん。そうやけど……もしかして手伝ってくれるの?」
『モチロンや♪』
「わあ、エッライなぁあ~タマは♪ 何もせん、〝どこかの誰かさん〟とはドエライ違いやなぁあ~!」
「……どこかの誰かさんって、誰のことよ?」
「…………」
その声で瞬間びっくり眼に驚き、そのあとゆるりと振り返ってみたら、そこにはコウ少年の兄。勘兄が、ガレージの中を覗き込んでいた。
「さあ~? 誰のことやろかなぁ~??」
そのあと、チラッと横目に勘兄を盗み見ると、何か悪い事でもやらかしているのか? 何気に目を背けている。
「ま、まあええわ。ちょっとこれから軽く、出掛けてくるからな。コウ」
「こんな夜更けの今からか? 勘兄、どこへ何しにいくの?」
「ど、どこへって。そんなモン決まっとるやないかい。お兄ちゃんはこれから、リハビリの為に……えと、そのやな……」
リハビリはええけど、なんやモノ凄く気になる言い草やし、歯切れが悪過ぎて怪しい。
コウは疑いの目で見つめ、両腕を組み、聞いた。
「『これから』なに?」
「か、体動かしに行くに決まっとるわい。何せリハビリや、リハビリ♪」
「リハビリ……こんな夜更けに? 辞めとき。今からやと、変質者に思われて警察に捕まるだけやド。朝からにしたらええやないの?」
「……所が、そうもいかんのや」
「……なんで?」
「今晩、満潮らしいからな。もったいないやろ?」
「……まさかの、釣りかぁー?」
「……リハビリや」
「……」
その表情は、真剣なものであったが……コウ少年は、勘兄を呆れ顔に見る。
「……つまり、リハビリがてら、釣りかぁ?」
「――そ、そんな訳あるかい! リ、リハビリがてらの仕事や!」
「……釣りやな?」
「……リハビリや」
「……釣りやろ?」
「ハ、ハリビリや……」
「……」
その表情だけは真剣そうだが、その目はあからさまにこちらの方ではなく、全く違う方向へ向けられ目尻が痙攣までしている。嘘をついている時の不自然な目だ。
コウ少年は、そこでため息をつく。
「勘兄、リハビリの意味、ちゃんと分かって使ってるんかぁ? そもそも、リハビリって何の為のリハビリよ。怪我なんて、とうの昔に完治しとるやろ? ただの腰痛やったし……。
そもそもその手に持つ竿は、なに? まんま釣りに見えよるで」
「──ドキッ!!」
「ドキッ、って……図星かぁ?」
コウ少年は、勘兄を再び呆れ顔に見る。
「し、心配すな! お前の兄は、これからハリビリ……やない! リハビリがてら、仕事へ行ってきます! 何の仕事かは言えへんけど、お兄さんにとってコレは、大事な仕事です。エラいやろ? コウ、遠慮なんかせぇへんで、誉めたってもええんやで♪」
「……それが本当に仕事なら、褒めてもええよ?」
「仕事や」
「ホンマにそうか?」
「……リハビリや」
「……」
コウ少年は、そこで諦め顔にため息をつく。
「誉めるくらい、別にタダやし。ええけど……なんのお仕事? 竿持って、どんな仕事をする気や?」
「どんなって……そんなモン決まっとるやないの。い……いわゆるドカタやドカタ!」
「どかた……今時、土建屋の仕事なんてロボットが大抵するのやなかったかぁ~?
そもそも竿持ってするドカタって、なんや?? 旗振りか?
竿持って、旗かぁ?
自分、少なくともそんな滑稽な話し、聞いたこと一度もないド。
しかもよく見たらなんや、ちゃっかり釣りの仕掛けまで隠し持ってるやないの。それにコレ、中身全部エサやないか……って。
――あ、ぅわああああああーー!!
しかもコレ全部、《鉄板用の海老》やないかあーっ?!」
しかもそれは、商売用の高級エビだった。
コウは、知らず知らずのうちに目も半眼となり、思わず頬杖までついてしまう。
「こ、コレはアレや……あれ!」
「『コレ』ってなんや? 『アレ』ってなんのことやぁ~?」
「……ク! お、お前な、コウ! さっきから一々いちいち、細かいこと聞いて来よってから、ホンマに!」
「『ホンマに』なに?」
「お、お前はワシの一体なんなのやッ?!」
「そんなの、決まっとるやないの。自分は、お兄ちゃんを〝養っとる〟実の弟や♪」
──ドテッ☆
「図星やろぅー?♪」
『ヒーッ ヒーッ! ヒハアッ、ハヤッヒャッハアーッ!』
後ろで運搬ロボットのタマが話しを聞いて、爆笑している。
「笑うなあぁあやぁああぁああ──☆」
「心配すな。自分は全然、笑っとらん……むしろ呆れて、モノも言えんくらいあるで……どないしてくれるの?」
「いや……お前は笑え! 大いに笑え♪ 特別に許す! 心配せんでもこのエビで、大物釣って来たるから、安心しとき! どうや? 嬉しいやろ? コウ♪」
「……嬉しくない。もう呆れ果てたし、疲れたから寝ることにする。もうヘトヘトなんよ……」
ウソついてまで釣り行こうとする兄に構っていられるほど、暇やない。うちの家計は、そないにも呑気なことしていられる経済環境と違うのや。
コウ少年はそんなことを思いつつ、ガレージ脇にある家の窓を開け、その場で靴を脱いで中へと入った。
そんな弟を勘兄は不愉快そうに見つめ、ボソリと漏らし言う。
「全く……なんつぅー、憎たらしい可愛げもない弟なんや……」
「――ぬわぁああっ!!?」
その声はしっかりとコウ少年の耳まで届いていた。勘兄は、途端に「しまった!」という顔をする。
「そんなら兄弟の縁、今すぐにでも切ったろかぁあー? 自分はそれでも全然、構えへんのやでぇえー! 勘兄♪」
満面の笑みで、両腕を組みながら、コウ少年はそう言った。それが返って、相手からすれば怖い……。
「――ゲ?! コウくぅ~ん♪ そんな冗談言っちゃ、お兄ちゃん悲しんじゃうよぉ~?」
うへぇ……凄い胡麻擂り方や……思わず呆れる。
コウは腕を組んだまま、そっぽを向き、口を開いた。
「勝手に悲しんどったらええわ。もぅ知らん」
「──ぬわっ?!☆」
「今更やけど、自分は今日もクタクタで、今にも死にそうなんや。もう寝るから、そこのガレージの隅で勝手に独り悲しんどってやぁあ~。
ほいならなぁー、おやすみぃ~♪」
そう言って窓をピシャリと閉めた。
「──ぐあっ?!☆ なんツーおっとろしい、冷徹な弟じゃい!!」
──ガラッ!!
「どっちがじゃ☆ ドあほ!!」
──ピシャ!!
拾い投げたクツが、勘兄の顔面へと向かい見事ヒットした☆ コウ少年は「ちょっとやり過ぎたかなぁ?」と一瞬そう思ったが「まあ、自業自得やし。別にええやろ?」と再び窓を閉める。そしてその窓際で吐息をつき、天井を見上げ。ふと、これまでのことを思い返す――。
うちの兄はケガしたその日から、ちぃ~っとも働きもせん。それもこれも、自分が兄の代わりに働き出してからのことや……。
『自分が無理して働かんでも、コウの働きが良いから、十分に喰っていける♪』
そんなことを言うてたのを、自分は前に立ち聞きして知っとる。そやから勘兄は働かんで済まそうと、色々ごまかし、日々過ごしているのもわかってる。
なんやそう言うと……自分がダメ人間作り出した張本人、悪者みたいに思えんこともないけどなぁ……。でも、喰ってかなしゃ~ないのやから、仕方ないやろ?
「はぁ……ダメや……もう…疲れた……ドラえも……助けて……」
コウは、そんな寝言を布団敷きながら無意識に吐いて、布団の中に潜るとほぼ同時に静かに寝むりにつく。その深い眠りの中で、コウは久しぶりに両親の優しげな笑顔に満ちた夢を見るのだった。
《【第一話】兄と弟の関係 ―完―》
1話目のみ、大改稿しました。2話目以降については、未定です。そのままの方がいいこともありますからねー。