クレイドル ―6―
「……気がついたか?」
次に気付くと、自分は家の中におって、勘兄が世話してくれとった。
「良かったわぁ~。家帰ったらコウが倒れとるやろ。顔は腫れとるし、ワシもうびっくりしたったわい!」
「……勘兄が世話してくれたんかぁ?」
「そうや。当たり前やろ?」
なんや今日の勘兄、いやに優しいな……かえって気味悪いわぁ。
「お前は、今日はもうこのまま寝とけ。ワシはこれから、タマと商売やってくるよってな」
──えっ?! し、しょうばい??!
「勘兄! 鉄板やるんか??」
「そんなん当たり前やろ。喰ってかなあかんのじゃい!
コウが働けん分、ワシが働く。兄が弟の為に働く。これ即ち、《兄弟愛》って奴やな!」
……なんや自分、まだ夢でも見とるんとちゃうんやろかぁ?
うちのジャイアンな勘兄が、こないなこと言うやなんて……信じられへん、おとぎ話や。
「それじゃあーな、行ってくるから。コウは大人しゅう~ここで寝とるんやど。わかったな?」
「ぅ……うん」
勘兄が出て行って急に家の中が静かになった……。タマが出て行くとき、やたら嫌がっとったけどな……。
「あ……まさかタマを、もぅから売りに行ったんやないやろうなぁ?」
なんや無性に心配なって来たわ。
「勘兄だけに、十分あり得る……ちょっと見に行ってこよ」
起き出し、体を起こすと「イテテ……」まだあっちこっち痛かった。
「ターメルのドあほ、本気でやりよってからに……」
入所する・しない関係なしに、心配せんでも仕返しはしたるわい!!
そんな文句をぶつぶつといいながら這いつくばり向かった。
いつもの出店のトコに来ると、勘兄がなんや頑張っとった。
「ホンマ、真面目に商売やっとるなぁ……意外過ぎて、感動するのを忘れてしまうほどに驚きや」
勘兄らしい、なんやテキトーな感じやけど……それなりに巧いことやってるみたいや。
「なんや……やればやれるんでないの」
今まで一人頑張って来たのが、尚さらアホらしゅう思えてくるわ。
そやけど……勘兄がああして働いとったら。自分、働かんで、今まで通りの生活が送れるんやないやろうかぁ? そしたらなんも入所なんか無理してせぇへんでもええやんか……。
入所なんか…………せんでも…。
「……あ」
ホーキンのおっちゃんや。
「コウ君、探したよ。こんな所に居たんだね。早く帰ろう。クレイドルでみんな心配しているよ」
「ん…ぅん……」
今はちょっと、考えたいことがあったから。ホーキンのおっちゃんとは、まだ会いたくなかったのになぁ……。神様はなんて意地悪をするのや。
「あれ……? お兄さん。働き始めたんだね?」
「ん、そうみたい……。
あ! もしかしておっちゃんが、勘兄に何か言ってくれたんか?」
「ああ、昨日ちょっとだけね」
そっか……ホーキンのおっちゃんが…。
「それでやろうかぁ……。
今まで自分が何を言うてもジャイアンやったのに、ホーキンのおっちゃんの一言だけで言うこときくなんてなぁ……。
ホーキンのおっちゃんてホンマに、大したもんやなぁ……。驚くわ」
代わりに、これまでの自分が情けなく思えてくるけどなぁ。
「ハハ。さあ~、それはどうなんだろうね?」
「さあ、て……。現にああして働いてるんよ」
「それはきっと、『コウ君を失う』と思ったからなんじゃないのかな?」
──……え? 自分を失う? それ、どういうこと??
「ワタシはねお兄さんに、実はこう言ったんだ。
『今までみたいなヤクザなことやっていたら、コウ君を取り上げますよ』ってね。そしたらコウ君のお兄さん、それはもう~青ざめていたよ」
「……そうなんかぁ? でも、それは意外や……。
自分、失いたくない為に、あんなにも働くのを嫌がっとった勘兄が、ああして働くなんてなぁ……。
なんや裏があるんやないやろうかぁ? そう思えてしまうわ」
「いや、それだけ大事に思っているんじゃない?」
「え? なにを??」
「だからコウ君の事をさ♪」
「……。そぅ、やろうか……」
ホンマにそうやとええんやけど……なんや……照れるモンやな。ホンマ、顔が赤らんで来たわ。
自分……もう少しだけ、ここに居たい気がしてきた。
この時の感情は……後で思い出す度に、自分でも不思議な感覚のものだった。
「ン?」
なんやホーキンのおっちゃんが、何とも締まらん顔で自分の方を見て、口を開いて来よった。
「……。それで、コウ君としては結局。どうしたいんだい?」
「どうするて?」
「戻るかい? それとも……〝帰る〟かい?」
「……」
それはきっと、二つの意味を持った言葉なのだと分かった。
少しだけ……悩んだけど。もぅ……うん、もう今決めたわ!
「急に自分が居らんようになったら、タマが悲しむからな! ホーキンのおっちゃんには悪いけど……やっぱり自分、元の家に〝帰る〟ことにするわ♪
あ、言うとくけど自分。勘兄のあの姿を見て決めたんやないでぇー!」
「ハハ。わかった、わかった。
クレイドルのみんなにも、そう伝えておくよ」
「うん! 頼みます」
それで自分は帰ることに決めた。
あとになって、バカな選択をしたなぁ~て、思う日もあるのかも知れへんけど。まあええわ♪
その後、ホーキンのおっちゃんは屋台の方を見てこう零しとったそうや。
後で地獄耳のタマから聞かされたのや。
「……もしかするとここが……コウ君にとっての《クレイドル》なのかもしれないな……」
て、なんやホーキンのおっちゃんもキザやなぁー♪