クレイドル ―5―
「どうでしたか?」
「んー……。なんだかまだ迷ってるみたいで……見事にふられちゃいましたよ。ハハ」
「そりゃあーそうでしょう。これまでの生活が一変するんです。そんな簡単に決められはしないってモンですよ」
「……だけど、あの子。家庭悲惨ですから……。ずっとあの子。あんな小さいのに夜遅くまで働いて、半泣きしながら頑張っていたんです。
ワタシはそれをもう何度も間近で見ていたので……」
「ンー……。そう思うホーキンさんの気持ちもわからないではない。
しかしそれでもそれなりに、『あの子がこれまで大切に築いてきた生活』ってモノがあるのかもしれませんよ?」
「築いてきた生活……ですか」
「ええ。それを壊すのは、至極簡単なことです。
でも、その時になって初めて気がつく大切なモノ……当人もそこでようやく気付くことがある。
まぁそういうこともある、って事ですよ。ハハハ!」
「大切な……モノ。ですか」
あるのか? あんな生活で……。
「実は私も疑問でね」
「疑問、ですか?」
「ほら、あの子の目……よほど強い意思が感じられる。
必死に何かを守ろうとしている、そんな目です。気付きませんでしたか?」
「目……ですか」
そういえば、生活はあんな悲惨なのに。目の輝きが他の子とは何かが違うんだよな。
「もしかすると、そうなのかも知れませんねぇ……何か……か」
はぁ~……やれやれ、ワタシはまだまだ勉強不足の様だ。
◇ ◇ ◇
園を出てフラついとったら、いつの間にか家の近くに着いとった。
「……ついでやから、家、寄るかなぁー。
それにしてもこの辺りも、随分と久しぶりな気がするなぁ~」
──あ!!
家の前に、勘兄が立っとった。なんや屋台を置いとるガレージの方をしばらく見て……間もなくどっかに歩いて行った。
思わず緊張して隠れてしもうたわぁ。それにしてもなんや、暗い顔なんかして歩いて行きよってからに……。
勘兄の歩いていった方向を気にしながらも、ガレージに近づく。
「……」
お母はんとお父はんとの、微かながら記憶の残っとる家の前を通る……。ここを離れるのはちょっと流石に辛いわな。やっぱり……。
ガレージを覗き込むと、そこには埃まみれなタマがおった。
「タマ~。元気しとったかぁ~?」
『おお! 久しぶりぃ~どないしとったん?』
「色々となぁ……あったんよ」
そうだった。自分が入所すると、タマとももう会えへんようになるのかぁ……。
ロボットは贅沢品やから、個人持ちは認められない、て言うとったもん。
心配なのはアレや、うちの勘兄が生活苦からタマを売り払うのやないか、っちゅーことや。十分に有り得るから、そこが心配や……。
困った課題やなぁ~……。
そうこう悩んでる間に、タマが鉄板を広げ始めよった。
『久しぶりに今晩、店、開くかぁ? お客はん、楽しみにしてる筈やど♪
この前、いつものおっちゃんがわざわざ訪ねて来て《最近、どないしたんやぁ~?》て心配しとったわ』
「鉄板かぁ……」
これ見ると、色々なこと思い出すなぁ……。辛いことばっかやったけど。たまにはええこともあった。きっついことばっかやってんけど。たまには嬉しゅーなることもあって、色んな人を励ましたり、励まされたり色々や色々……色々な想い出がコレには詰まっとる。
なんやこれで終わりかと思うと、ほんに寂しゅう感じるもんやなぁ。
「おいっ!!」
「うわああぁあっ!!」
いきなり背後から背中叩かれた。振り返ってみると、ターメルや!
今、一番会いたくないのに会ってしもうたわ……。
「お、お前!」
「な、なんや! ウソついたことなら今から謝ったるわあーい!
──悪かったな☆ ふんっ!! もう、これでええやろ!」
腕を組み、そっぽを向いてそう返したった。
この前のこと、まだ怒っとるんやどぉー!
「ウソ? ああ……そんなモンはもうええのや。つまらんこといつまでも気にすな。
それよりもお前……もう学校戻って来んて、本気か……?」
――え?
「先生が今日、そう言いよったんや……。でも何でや? オレが意地悪したからか??」
「……。そうや!!」
そんなの当たり前や!
「悪い、思うなら直ぐに謝り!」
なんや改まった言い方やったし、少しは反省でもしとるんやろうかぁ? と思える感じやったから、一瞬だけ自分も悩んでチョイと横目に見たんやけど、ターメルの奴ぅ~顔つきは相変わらずの憎たらしいさや!
もう、ホンマに知らんわい。ばか☆
「……最低野郎め」
──ぬわああっ?!
「こんなことくらいで逃げ出すなんて、男らしゅうない。恥ずかしい奴のすることや!」
「な、なんやとこのッ!!☆」
言うに事欠いて、なんつぅー言い種やぁー☆
ド頭どついたろか思うて飛び掛かったら、逆に頬をビンタされてしもた。
「い……痛いやんか!! なにするん☆」
「うるさいわい! この弱虫っ!!」
頭きて、ターメルのお腹に頭から突っ込んだった。
モロに決まって、ターメルふらふらに倒れ苦しそうや。
「お……お前、ホント容赦ないやっちゃなぁ~……」
「これでも手加減しとるわあーい! ターメルが弱すぎるだけや! だいたいターメルはな!」
──あ……。
ターメルの奴が、急にらしくもなく真剣な顔して迫って来て……自分、一瞬反応が遅れてしもうた。
それでビンタ三発往復でモロ喰らって、肘てつも腹にモロに喰らい……あ、あかん。もう膝がガクガクで立てへん……。
息も詰まって苦しい中、顔を上げてターメルの奴を見ると……なんや涙なんか溜めとった。
なんで涙なんか溜めとるのや? お前が勝ったんやで……泣きたいのはこっちの方や。
「……こんな終わり方。お前だって嫌だろ? いいから仕返しに帰って来い! 戻って来いよ……な?」
「──!?」
ターメルはそんな事を言い放って立ち去っていった。けど、途中でコケてお腹痛そうに抱えながら帰ってゆく。
今一格好つかんやっちゃなぁ~、アイツも……。それよりも更に格好つかんのは自分の方や……なんやそのまま気絶してもうてた……。
◇ ◇ ◇