志村犬
いつも通りタイムカード押し会社の門をくぐるとパートのおばさま達が、ある人物を中心に円になり井戸端会議をしていた。
おしゃべりは女性のストレス解消だと心理学者がテレビで言っていたのを思い出した。井戸端会議も江戸時代、女性が洗濯をしながらおしゃべりしていたところからきているそうだ。
その円の脇を通りすぎようとした時、円の中心人物から声をかけられた。
「久しぶりやな元気やった」
顔を見ると去年めでたく定年退職迎えられた志村さんという総務部のオバチャンだ。会社近くに居を構えているとは知っていたが、犬の散歩がてら寄れる距離だとは思わなかった。
「お久しぶりです。犬の散歩ですか」
足下には黄色いわけのわからん服を着たチワワがいた。こういう犬を見るといつもながら、なぜか切なくなるのはなぜだろうか。
「犬なんて呼ばんといてや、ミーちゃんって呼んで。なぁミーちゃん」
なぜミーちゃんなんだ。そんな疑問はさておき、少々志村さんの機嫌を損ねたようだ。機嫌の一つもとって気分良く帰ってもらうとするか。
「それはすいません、そらこい菓子パンをやろうか。志村犬」
「誰が志村けんやねん!」
年わりにはかなり鋭いツッコミがはいった。なぜ激怒するんだ志村さん、周りのおばさま達はおもいっきり笑っているというのに。
俺の中にある数少ない心理学知識を総動員して弾き出した答えは照れ隠しにいたった。なぜそうなったのかは今となっては不明だ。
菓子ぱんをミーちゃんの前で左右に振るとミーちゃんもそれに合わせて首を振る。
「さぁこい志村犬、俺が一流のコメディアンに育ててやる」
「行ったらあかんでミー、そいつ悪い奴やからな」
ミーはきょとんとしている。これはもう一押しでご主人様を裏切ってくれそうだ。
「さぁ俺と一緒に世の中の奴らに笑われようぜ」
言っていて違和感があったがこの際どうでもよい。こい志村犬、俺の飼い犬になれ。
「おのれ一人笑われとけや」
ものすごい怒気のはらんだ志村さんのツッコミが響きわたった。
後記
ミーちゃんの前で左右に振った菓子パン。
女峰イチゴのメロンパン。
普通に女峰イチゴパンじゃダメだったのか、一度考え出すと未だに心の片隅に波紋が広がってしまう。




