神の遊びの観察者―人の命をもて遊ぶ神の手先だけど、魂までは売ってない―
「今回の予測は、一万人といったところかな」
目の前の人物が、心底興味がなさそうに書類をめくった。
「こちらはやつには圧勝している。今回は別に負けてもいいよ」
人の形はとっているものの、後光に包まれ輪郭しか見えない人物が眼前の少女を見下ろしている。
「いつも通り、期限は一週間。『観察』して『チェックメイト』。もちろん三回まで。よろしく頼むよ」
神が手を振るうと、私の身体はかき消えた。
≫
私は市場の中央に立っていた。
青い髪を肩までのボブでそろえている。
あどけなさを宿してもおかしくない年齢なのに、その眼には光が宿っていない。
人々の喧騒が聞こえる。食卓を囲むための買い物をする者。お小遣いを片手にお菓子選びをする子供。やったやらないでケンカを始める男たち。
私は周囲を見渡して違和感を探す。今のところは何もなさそうだ。とりあえず聞き込みをしよう。そう思い立ち、酒場を目指した。
酒場には昼間から飲んだくれが集まっている。冒険者もいるようで、狩った獲物の自慢をしている。
「マスター、一番安い酒をくれ」
酒場の主人は一瞥すると適当に酒瓶を取り出し、雑にグラスに注ぐ。
それを片手に周囲に耳を傾ける。
世間話。
女とのもめごと。
モンスターの攻略会議。
慎重に聞き分けていく。その中に一つ、聞き捨てならない言葉があった。
「例の計画は一週間後だ。これでこの国はひっくり返る」
声の聞こえるほうに視線を向ける。黒いローブを羽織った男たちがエールを片手にひそひそと会話をしている。一見、人目を避けるように見える。しかし、立ち振る舞いからはおびえている様子はない。目の奥に潜むゆがんだ光。力強く握られたこぶし。むしろ高揚している。こいつらが臭い。私は跡をつけることにした。
≫
男たちは市場を品定めしながらゆっくり歩いていく。行商と思われる男たちの会話が耳に入る。
「そろそろ、ここを離れたほうがいいかもしれない。ここのところ、国家の転覆を狙う動きがあるって噂だ。」
「あくまで、噂だろ? そんな与太話を信じていたら商売なんてできやしないぞ」
噂。人づてに伝わっていく情報の切れ端のほとんどは、尾ひれのついた嘘だ。しかし、中には真実が隠れていることがある。私の勘が言っている。これは探りを入れる必要があると。
男たちは路地裏に入る。暗くて狭い通路を進み、一軒のぼろ屋に音を立てずに入っていく。元はギルドか貴族の所有物だったのだろう。それなりの大きさがある。私は裏に回り込んで話を聞ける場所がないか探す。やがて会話が聞こえてきた。
「決行は一週間後。王妃が隣国に出立する際を狙う。そして、王妃を人質にして、この国を俺たちが取り戻す。情報通りにいけば、王妃一行は湖畔で休憩をとる。そこで計画を実行する」
歓声があがる。酒瓶のぶつかり合う音。それぞれが、計画の後の夢を語り合っている。私は、潜入の機会をうかがう。いきなり正面切って入ったところで、【天啓】を受けた人物がわからなければ意味はない。おそらくはここを取り仕切っているボスが今回の対象だろう。うまく組織に入り込む手段を思案する。少々荒っぽいが、この手で行くか。
アジトの扉を蹴り開ける。驚いた面々がこちらを一斉に見る。
「ここらへんは、近頃物騒らしいわね。腕の立つ用心棒を探してるって聞いたけど」
「腕の立つ奴ならいつでも大歓迎さ。だが、お嬢ちゃんがそうは見えねえな」
ジョッキを片手に、大柄ででっぷりと太った男が大股で歩み寄ってくる。
「むしろ、こんなところに来るってことは俺らの好きにされても文句は言えないよな?」
男の顔がにやついている。目の奥に濁った願望が見える。
「御託はいいから、かかってきな。このデブ」
見下ろしている華奢な少女に罵倒された男は、周囲からはやし立てられ、エールを一気に飲み干した後、殴りかかってきた。
【思考加速】
私の思考速度を飛躍的に向上させ、周囲を置き去りにするギフトだ。あの神から押し付けられた力。普通の人間では観察者としてはつまらないらしい。
男の重心が左足にかかっている。視線は私の腹。こぶしがゆっくりと男の懐に引かれていく。左腕の大ぶりなアッパーが来る。私は先んじて半身になる。男のこぶしが空を切る。自慢の一発だったのだろう。男の額に、わずかにしわがよった。視線が私の顔をとらえる。次は右手のストレートか。タイミングを合わせて、男の顔が通る軌跡に肘を置く。予想通り、大ぶりな力任せの一発。ゆっくりと男の鼻に肘がめり込んでいく。最初に見たときも思ったが、顔がつぶれる瞬間はもっと醜い男だ。
私は男を一瞬で昏倒させた。周囲は唖然とした後、一斉に武器を片手にかかってくる。斧の一撃を、髪の毛一本でかわして膝を置く。こん棒を持つ手に軽くひねりをいれて投げ飛ばす。周囲の動きが止まったように感じる。その余韻を楽しむ暇もなく、あたりは静かになった。私は残っている酒瓶からエールを飲み干す。奥から小柄な男がゆっくりと出てきた。こいつらに比べてまともな服を着ている。こいつがボスか?
「お前のような少女が、これだけの人数をあっという間に蹴散らすとはな。雇ってやる。条件を言え」
「日に、金貨一枚」
「商談成立だ。これから忙しくなる」
ひとまず組織に潜入することには成功したようだ。
適当な宿を見つけ、食事を済ませてからベッドに横になる。とりあえず、当初の目的は果たした。残りは六日。今回は防ぐことができるだろうか。思案している内に眠りについていた。
≫
私が暮らしていたのは、山々に囲まれた小さな村だった。村の人々は皆、顔見知りだった。朝になれば畑へ向かう者がいて、昼になれば市場で野菜や果物が売られる。夕方には子どもたちが家路を急ぎ、夜になれば家々の窓から温かな明かりが漏れる。
何も特別なことはない。けれど、私にとっては、それがかけがえのない日常だった。
私には特別な才能があった。目が異常に良いのだ。はるか遠くにある山脈で、鹿の親子がくつろいでいる。その瞳の色。まつ毛の長さ。穏やかなひと時を送っていると父から声をかけられた。
「そろそろ。あいつが出産してもおかしくない。様子をみてくれないか?」
厩舎に向かう。そこには、臨月を迎えた白馬がいた。私は、観察する。目の瞳孔の開き具合。血管の太さ。時折、不規則に揺れる腹。皮膚に生えた、一本一本の体毛の流れ。
「今晩には生まれると思う」
「お前が言うなら、そうなんだろうな。よし、今のうちに準備をしておくか」
翌日、生まれた仔馬はトニーと名付けられた。
その日も、私はいつもと変わらない一日を過ごしていた。村の外れまで出かけ、帰り道に友人と他愛のない話をした。空は青く、風は穏やかだった。遠くの山には鳥が飛び、木々の間からは小動物が顔をのぞかせている。そんな何気ないことに喜びを感じながら、私は家へ帰った。
――それが、最後だった。
突然、悲鳴が響いた。最初は、何が起きたのか分からなかった。何か事故でも起きたのだろうか。そう思った次の瞬間、別の悲鳴が重なった。さらにもうひとつ。叫び声は途切れることなく続き、村のあちこちから聞こえてくる。私は家を飛び出した。目に飛び込んできた光景に、息が止まった。人が倒れていた。道の上に、家の前に、見慣れた店の軒先に。ついさっきまで笑っていた人が、血に染まった地面に横たわっている。誰かが逃げていた。誰かが助けを求めていた。そして、その声さえも、次々と途切れていった。
「……なに、これ……」
足が震えた。理解できなかった。どうして、こんなことが起きているのか。私の目の前で、ひとりの人間が別の人間に襲いかかった。襲っている者の表情は、ひどく歪んでいた。その目には、怒りとも悲しみともつかないものが浮かんでいる。まるで、自分自身の意思とは別の何かに突き動かされているようだった。
逃げなければ。頭の中では、いくつもの考えが渦巻いている。それなのに、身体は動かなかった。恐怖が、足を地面に縫い付けていた。やがて、私もその惨劇に巻き込まれた。痛みを感じた。身体から力が抜けていく。視界が傾き、地面が近づいてくる。倒れた私の目に映ったのは、赤く染まった空だった。
どうして。
どうして、こんなことに。
私は、ただ――。
そこで、意識が途切れた。
≫
目を覚ますと、私は真っ白な空間にいた。床も、壁も、天井も見当たらない。どこまでも白い。自分が立っているのか、浮いているのかさえ分からなかった。
「……ここは?」
声は確かに響いた。しかし、返事はない。私は周囲を見回した。村はどこにもなかった。家族も、友人も、あの穏やかな日常も。何ひとつ、見当たらない。
「誰か……いませんか?」
「目を覚ましたか」
突然、声が聞こえた。私は振り返る。そこには、いつの間にかひとつの人影が立っていた。人の姿をしている。しかし、その存在は人間とは明らかに異なっていた。姿を見ているはずなのに、顔をはっきりと認識できない。目の前にいると分かるのに、どこか遠くにいるようにも感じる。私は警戒しながら問いかけた。
「あなたは……誰?」
「神だよ」
あまりにも簡潔な答えだった。私は言葉を失った。
神。
そんなものが本当に存在するのか。けれど、目の前の存在を見ていると、否定することもできなかった。
「私……死んだの?」
神は、私の問いに淡々と答えた。
「そうだよ。お前は天啓による殺戮に巻き込まれ、命を落とした」
「天啓……?」
「神が人間に与えるもの。天啓を受けた人間は、神の声を聞く。そして、その声に従って人を殺す」
私は、村で見た光景を思い出した。歪んだ表情。次々と倒れていく人々。あの人間も、神の声を聞いていたのだろうか。
「じゃあ……私の村を襲った人も……?」
「そうだよ」
「どうして……」
声が震えた。
「どうして、そんなことをするの?」
「神々の遊びだからだ」
「……遊び?」
「そう。何人の人間が死ぬのか。どれほどの惨劇になるのか。それを賭けているのさ」
私は、すぐには言葉の意味を理解できなかった。いや、理解したくなかった。自分の暮らしていた村が滅茶苦茶になったことも。家族や友人が命を落としたことも。自分自身が死んだことも。すべてが、誰かの遊びだったというのか。
「ふざけないで……」
私の口から、かすれた声が漏れた。
「人が死んだんだよ! みんな、普通に暮らしていただけなのに! どうして、それが遊びなの!?」
声を張り上げても、目の前の神は表情ひとつ変えなかった。私の怒りも、悲しみも、神にとっては何の意味も持たないのだ。それが、何よりも許せなかった。私は唇を噛んだ。泣きたかった。叫びたかった。けれど、涙を流したところで、失われたものは戻ってこない。ならば、どうすればいい。どうすれば、あんなことを二度と起こさずに済むのだろう。
「お前に、ひとつ提案がある」
神が言った。
「観察者にならない?」
「……観察者?」
「天啓を受けた人間を探し出し、天啓を解除する役目だよ」
私は顔を上げた。
「ただ天啓を下して人が死ぬだけじゃ、つまらないからね。神同士で観察者を従えて、天啓を止められるか賭ける。そうでもしてないと、退屈で仕方ないんだよ」
傲慢な考えに、はらわたが煮えくり返る。
「前任者は、今回の事件に巻き込まれて死んでしまってね。君は人より目がいい。充分素質がある」
素質?そんなことは知ったことじゃない。
「お前が地上へ降り、天啓を受けた人間を見つける。そして、その人間に触れながら、ある言葉を唱える」
「ある言葉……?」
「チェックメイト」
聞き慣れない言葉だった。けれど、神は続けた。
「その言葉によって、天啓は解除される。天啓が解除されれば、その人間は神の声に従う必要がなくなる」
「それなら……人を救えるの?」
「救える可能性はあるよ」
私は神を見つめた。確実な約束ではなかった。すべての命を救えるわけでもない。天啓を受けた人間がどこにいるのか、神が教えてくれるわけでもない。自分で探さなければならない。限られた時間の中で、手掛かりを集め、考え、判断しなければならない。
それでも。
「……やる」
私は、あの村の光景を思い出した。何もできなかった自分。助けを求める声を聞きながら、立ち尽くすことしかできなかった自分。もう、あんな思いはしたくない。自分と同じように、突然すべてを奪われる人を増やしたくない。
「私にできることがあるなら、やりたい」
私は神を見据えた。
「誰かが死ぬ前に、止めたい」
その言葉に、神は何も答えなかった。ただ、私の前に手を差し出した。
≫
二日目。私は眠りから目を覚ました。
残り六日。その間に天啓を受けた者を探し出し、災厄を未然に防がなければならない。そうしないと、大勢の人が死ぬ。神の予測では一万人らしい。この人数なら、かなり大掛かりなことが起きない限りはそうならない。それこそ、王国に反旗を翻すような戦争にでもならない限り。つまり、反乱を起こして戦争をしようとする輩がいる可能性が高い。
それからは組織のことを密かに調べた。用心棒をやっていると、自然と要職との距離も縮まる。話から察するに、反乱軍の規模は千人程度のようだ。だが、この王国軍は少なく見積もっても一万。いくらなんでも無謀すぎる。何か裏があるに違いない。
とりあえず、天啓を受けているのは反乱軍のボスと仮定して動く。チェックメイトは三回まで。無駄撃ちはできない。
≫
四日目。いまだに進展はない。
要職が館に呼び出され、会議が行われることになった。ぞろぞろと十人程度がテーブルを囲んでいる。私は感づかれないようにカーテンの隙間から中をうかがう。ここからでは声は聞こえない。だが、読唇術なら関係ない。
「王妃が旅立つまで、あと三日ですな」
「王族が王宮から出ることなんて、めったにない。これを逃せば、反旗を翻すのはいつになるのかわからない。ここで必ず確保しなければならない」
王妃を誘拐して人質にするつもりか。
テーブルの一番奥に座った、貴族の恰好をした男が言う。
「我々は圧政に耐えてきた。もはや我慢はできぬ。我らが手でこの国を民の元に返し、あるべき姿を取り戻すのだ!」
拍手が巻き起こる。あの男がボスか。
会議が終わり、一人、また一人とカーテンを抜けていく。
貴族が通りがかった際、私はそっと手を触れ、つぶやく。
「チェックメイト」
男が立ち止まる。
「用心棒風情が、何の用だ?」
「失礼しました。お袖によごれがございましたので」
「ふん。お前に触れられたことの方が不快だ」
そう吐き捨てて男は立ち去った。奴ではないのか? 残りのチェックメイトは二回。使い切ると惨劇は止められなくなる。天啓を受けているかどうかは、触れてみるまで分からない。間違えれば、その分だけ可能性が消える。次は、絶対に無駄にできない。ここからは、より慎重を期さねばならない。
≫
貴族がまとめ役なのは、会議の様子から間違いない。跡をつける。馬車を何度か乗り換えたのち、貴族は騎士団の駐在する建物に入っていった。衛兵が各入り口を固めている。さすがにこの中に乗り込むのは難しい。私は屋根に上り、建物の中をくまなく探す。
稽古場と思われる建物の裏、人気のない影の部分に貴族を見つけた。フードをかぶった男と話をしている。
「こちらの準備は整った。あとは当日、打ち合わせ通りに動けばこの国は我らの物だ」
「……」
フードの男の口が見えないため、何と言っているか聞き取れない。
二言三言かわしたあと、貴族はそこを後にした。フードの男が立ち去る際、肩を横に揺らした。古傷をかばっている者に見られる動作だ。戦場に出て負傷したのであれば、騎士である可能性が高い。
貴族は王妃の護衛の行程まで知っていた。つまり、騎士の中の、しかも情報を知りうる上位の者に裏切り者がいることになる。これで計画がおぼろげに浮かんできた。王妃を護衛する騎士の中に裏切り者がいるのだ。国に忠誠を誓った騎士たち。その中で反旗を翻そうとするのであれば、そいつに天啓が降りているに違いない。王族の警護に関する情報など極秘中の極秘だ。おそらく騎士団長くらいでしか知りえない情報だろう。
≫
六日目。
私は騎士の詰め所に張り込んだ。出入りする人物をチェックする。瞬きの回数。視線のゆらぎ。発汗の有無。緊張から来る癖のある動き。特に不審な人物は見つからない。焦りが頭をもたげてくる。本当に騎士の中に裏切り者がいるのか? しかし、貴族は謎の男とやりとりをしていた。決行の日付も、王妃の旅立ちと合致する。己の直感を信じて、辛抱強く監視を続けた。
≫
七日目、最終日。
結局、怪しい人物を特定することはできなかった。あとは王妃の乗る馬車を尾行して、犯行直前に止めるしかない。
王妃を乗せた馬車は騎士に四方を囲まれ、街を抜けていく。そして重厚な扉が開かれ、国の外に馬車が進んだ。私は影のように潜みながら、その後を追った。
馬車は快調に進んでいく。私は騎士の顔を一人一人確認していく。皆緊張した面持ちをしているが、視線の揺らぎなどの不自然さは感じない。どういうことだ。当てが外れたか?
半日ほど走ったのち、馬車は見晴らしの良い湖の近くで止まった。休憩をとるようだ。馬車の中から王妃とともに騎士団長と思われる男が出てきた。肩を横に揺らし、重心がわずかに左に傾いている。
こいつだ。
王宮の警備体制を知り、王妃の護衛計画にも関わることができる立場。護衛の際に一番王妃に近しい存在。男の様子を子細に確認する。眉間に不自然なしわ。馬車の中にいたにもかかわらず、首元にうっすら汗をかいている。歩き方も、歩幅が安定していない。明らかに、他の騎士よりも何か焦った様子が見て取れる。何より、瞳の奥に硬い決心が見て取れる。
チェックメイトはあと二回。仮に外れたとしてもあと一回残る。だが、この場面で一番怪しいのは騎士団長だ。王女のすぐそばに居てもおかしくない人物。これ以上に材料のそろっている人間はこの場にいない。
執事と侍女がテーブルとお茶を用意している。王妃はそこに腰掛け、優雅に安らいでいる。騎士団長は部下に何かの指示を飛ばした後、王妃に近づいていく。
今しかない。
私は木陰から飛び出し王妃へと駆け出していく。
「賊が出たぞ!」
その一声に騎士団が私に向かって突進してくる。
【思考加速】
騎士の体幹がわずかに左にぶれる。右の薙ぎ払いだ。身を低くして駆け抜ける。かわされた騎士には私が消えたように見えたのだろう。あたりを見回して、後ろを走っている私に気づき、呆然としている。目標までの間に立ちはだかる敵は十人ほど。最短距離を計算し、障害物も駆使しながら走る。左右から同時に繰り出された二人の斬撃の合間を飛んで潜り抜け、王妃の横に迫る騎士団長に肉薄する。
騎士団長が剣を抜いた。さすが団長になるだけのことはある。プレッシャーが他のそれと異なる。だが、人間の動きには必ず予備動作がある。私はそれを見逃さない。
わずかに揺れる剣先。左手の薬指と小指にわずかに力が入っている。上段からの振り下ろしだ。私はかまわず突撃する。胸元から黒いナイフを取り出すと、両手で頭の上に構える。団長の剣が頭上から振り下ろされる。ナイフにあたる直前に角度を変え、剣筋を逸らす。不意を突かれた団長が体制を崩す。
「チェックメイト」
団長の動きが止まった。身体から黒いオーラが抜けていく。騎士団長が困惑しながら剣を手から地面に落とし、頭を抱えてひざまずく。
「違う……私はこの国の騎士団長だ……。この国の民を守る者……。なぜ反乱など?
どこで間違った?」
藪から本物の賊が姿を現した。計画がとん挫したことに気づいたのであろう。しかし、王妃を人質に取ることが前提であったのであろう。騎士たちの奮戦により王妃は難を逃れた。その結果を見届けたのち、私は姿を消した。
≫
「ご苦労様。今回は、勝っても負けてもどっちでもよかったんだけどね。たかが一万人だし。それでも、あいつに勝つのはやっぱり楽しいから褒めてあげる」
「お前に褒めてもらう義理なんてない。私はあくまで仕事をしただけ」
「そう?つれないなあ。それじゃあ、次の仕事まで羽根を伸ばしていてよ。決まったらまた呼び出すから」
私は光とともに空間から放り出された。
≫
戻ってきたのは私のかつての故郷。すでに村は放棄され、廃屋に墓石の並ぶ景色。
「ただいま」
私は一人つぶやくと家族の墓の前に立つ。
「今日は救えたよ」
目の奥が熱くなる。
ふと山脈を見やる。
鹿の親子がじゃれ合っている。
母親の目が自愛に満ちている。
私は「守る」と決めた。
この理不尽な神の仕打ちに抗うために。




