森を滅ぼせと命じられた王女は、かつて自分を救ってくれた最強のノームと再会する
王女エレニアが初めてその森に足を踏み入れたのは、八歳のときだった。
二度目に訪れたとき、彼女の腰には剣があった。
その間に流れた歳月は、十五年。
最初の訪問は、激しい嵐から始まった。
冷たい雨が頬を叩き、靴は泥に沈み、稲妻が走るたび、暗い木々が巨大な怪物のように浮かび上がった。
王家の一行からはぐれてしまったエレニアは、声が枯れるまで叫び続けた。
「お父様!」
返事はない。
「誰か! 誰かいませんか!」
聞こえるのは雨音だけだった。
それでも歩き続けた。
だが、木の根に足を取られ、とうとう泥の上に膝をついてしまう。
それまで必死に我慢していた涙が、ついにあふれ出した。
そのときだった。
誰かが、ぽん、と彼女の肩に触れた。
「きゃっ!」
エレニアは慌てて振り返った。
そこには、一人の少女が立っていた。
――少なくとも、最初はそう思った。
とても小さい。
八歳のエレニアよりも、さらに小柄だった。
少し尖った長い耳。
大きな緑色の瞳。
茶色い髪を二本の三つ編みにして、葉や植物の繊維で作ったような外套を身につけている。
小さな少女は首をかしげた。
「どうしてそんなに大きな声を出してるの?」
「わ、私……迷子になって……」
「それは見れば分かるよ」
「わ、私はエレニア! この国の王女なの!」
少女はもう一度首をかしげた。
「それで、ここがどこか分かるの?」
「……分からない」
「じゃあ今は、ただの迷子だね」
少女は小さな手を差し出した。
「私はリリ」
エレニアはその手を見つめた。
「あなた、子供?」
少女の頬がぷくっと膨らんだ。
「ノーム!」
「でも、すごく小さい……」
「あなた、質問が多いね」
ゴロゴロゴロ――!
雷鳴が響いた。
「ひゃっ!」
エレニアは肩を跳ねさせた。
リリはため息をついた。
「ほら、行くよ」
「どこへ?」
「私の家」
「でも、騎士たちを探さないと……」
「この嵐じゃ、騎士どころか自分の靴だって見失うよ」
その瞬間だった。
ミシッ。
頭上から嫌な音がした。
エレニアが顔を上げる。
暴風に耐えきれなくなった巨木が、二人めがけて倒れてきた。
「危ない!」
エレニアは叫んだ。
だが、リリは逃げなかった。
小さな両手を頭上に伸ばす。
ズズゥン!
巨木が――止まった。
「……え?」
エレニアの口が開いたままになる。
自分の何十倍もありそうな太い幹を、小さなノームが両手で支えていた。
「もう……邪魔」
リリは軽く膝を曲げた。
「えいっ!」
巨木が宙を舞った。
ドォン!
少し離れた泥の上へ転がっていく。
エレニアは固まっていた。
「行くよ?」
「い、今の……どうやったの?」
「持ち上げた」
「それは見てた!」
「じゃあ聞かなくてもいいじゃない」
リリは楽しそうに笑った。
◆
その夜、エレニアは巨大な樫の木の根元に作られた小さな家で眠ることになった。
もっとも、人間のエレニアには何もかも小さすぎたため、リリは即席の寝床を用意しなければならなかった。
「はい」
夕食に出されたのは、温かいスープだった。
「何が入ってるの?」
「キノコ」
エレニアの顔が露骨に曇った。
「嫌い」
「じゃあ食べなくていいよ」
ぐぅぅぅ。
エレニアのお腹が鳴った。
リリがじっと見る。
エレニアは無言でスプーンを握った。
「……この森、嫌い」
「五分前まで、この森で死ぬかもって泣いてたのに?」
「怖いのとキノコが嫌いなのは両立するの!」
リリは声を上げて笑った。
エレニアが彼女の笑い声を聞いたのは、それが初めてだった。
嵐は三日間続いた。
その三日間で、エレニアは王宮の本には書かれていない森を知った。
リリはすべての小道を知っていた。
鳥たちは彼女の肩に止まり、ウサギたちは当たり前のように家へ入ってくる。
大きな鹿でさえ、リリを角の間に乗せて歩いた。
年老いた灰色の狼は、彼女の家の前で眠っていた。
「みんな、リリを怖がらないんだね」
「どうして怖がるの?」
リリが狼の頭を撫でる。
その指先に淡い緑色の光が宿った。
狼が目を開く。
同時に、リリの緑色の瞳も一瞬だけ輝いた。
「東から人間が来てる。たぶん、あなたを探してる」
エレニアは狼を見た。
「今、この子がしゃべったの?」
「ううん」
「じゃあ、どうして分かるの?」
リリは自分の胸に手を当てた。
「見せてくれたの」
それがエレニアが初めて目にした――《野生の心の盟約》だった。
当時の彼女には、その魔法の意味など分からなかった。
ただ一つだけ分かったことがある。
リリは動物たちを従えているのではない。
動物たちは、自分の意思で彼女のもとへ集まっていた。
◆
四日目。
二人はようやく王国の騎士たちを見つけた。
「姫様!」
「ご無事でしたか!」
騎士たちが駆け寄ってくる。
別れ際、エレニアはリリを思い切り抱きしめた。
「く、苦しい! 息できない!」
「また来るから!」
「人間って、別れるときはみんなそう言うよ」
「私は本当に来る!」
リリはしばらくエレニアを見つめた。
そして笑った。
「じゃあ、ここにいるよ」
◆
――十五年後。
エレニアは丘の上から、同じ森を見下ろしていた。
もう八歳の少女ではない。
白い鎧には王家の紋章。
腰には剣。
そして彼女の背後には、三百人の兵士がいた。
十五年前の約束を、エレニアは果たせなかった。
ようやく戻ってきた彼女が連れてきたものは――軍隊だった。
「殿下」
ローダー隊長が馬を寄せてくる。
「ご命令を」
エレニアは手綱を強く握った。
「動物を傷つけることは禁止します」
「しかし陛下からは、この一帯を完全に確保せよと……」
「動物を傷つけるなと言いました」
「殿下……」
「もう一度言わせますか?」
「……いいえ」
軍が森へ入っていく。
すべての始まりは二か月前だった。
王国の鉱山師たちが森の地下で巨大な結晶を発見したのだ。
無数の光る根と繋がった、途方もない魔力を秘めた結晶。
《ガイアの心臓》。
王国の魔術師たちによれば、その力があれば数十年にわたって都市へ魔力を供給できるという。
だが、結晶を掘り出せば根は死ぬ。
根が死ねば――森も死ぬ。
エレニアは反対した。
父王の答えは、彼女を討伐隊の指揮官に任命することだった。
『王冠を継ぐに値する者だと証明してみせろ』
そして今。
エレニアは、自分を救ってくれた森を滅ぼす軍の先頭にいた。
「止まれ!」
ローダー隊長が手を上げた。
道を一本の大木が塞いでいる。
「木こりを」
四人の男が斧を持って進み出た。
「待って!」
エレニアが叫ぶ。
だが遅かった。
一人が斧を振り下ろす。
ガキン!
「……え?」
斧は木に届かなかった。
刃を二本の小さな指が挟んでいた。
そこにいたのは、小柄な女性。
茶色い髪。
二本の三つ編み。
緑色の瞳。
ほとんど何も変わっていない。
エレニアの呼吸が止まった。
「リリ……」
だがリリには聞こえていない。
彼女は木こりを睨んでいた。
「この子、四百十七歳なんだけど」
「な……」
「斧をどけて」
男が斧を引こうとする。
動かない。
リリが指を離した。
「うわっ!」
男は勢い余って尻もちをついた。
「何者だ!」
兵士たちが剣を抜く。
「捕まえろ!」
「待ちなさい!」
エレニアの命令より早く、三人の兵士が飛び出した。
一人目が剣を振るう。
その瞬間。
リリが消えた。
「なっ!?」
「遅いよ」
声は背後から聞こえた。
次の瞬間、兵士は茂みへ飛んでいった。
二人目が掴みかかる。
リリは木の幹を駆け上がり、その兜の上へ着地した。
「動くな!」
三人目が網を投げる。
リリは地面へ着地した。
小さな足元に、淡い緑の光が走る。
網を掴む。
「よいしょ」
引いた。
「うわあああ!?」
三人まとめて宙を舞った。
「な、何なんだ、この化け物は!」
リリの頬が膨らむ。
「ノーム!」
大柄な騎士が巨大な戦槌を振り上げた。
「どけぇ!」
振り下ろす。
ドォン!
リリは片手で受け止めた。
小さな足の下で地面が陥没する。
「おっ」
リリが少し嬉しそうに笑った。
「今のはなかなかだったよ」
押し返す。
「うおおおお!?」
騎士が茂みへ消えた。
「もうやめなさい!」
エレニアの声が森に響いた。
リリが顔を上げる。
エレニアは馬から降りた。
ゆっくりと歩み寄る。
リリは警戒するように腰を落とした。
「あなたが指揮官?」
「……そうです」
「だったら、みんな連れて帰って」
「それはできない」
リリの瞳が鋭くなる。
「《心臓》が目的なんだね」
「知っていたの?」
「あなたたちの鉱山師から逃げてきた動物が、何週間も前から教えてくれてる」
一羽の小鳥がリリの肩へ降りた。
その瞳が一瞬輝く。
「南からも兵士が来てる」
ローダーが剣を抜いた。
「殿下! その者からお離れください!」
リリはエレニアを見る。
「やっと帰ってきたんだ」
エレニアの胸が締めつけられた。
「……私が分かるの?」
「分からない」
リリは首をかしげた。
「でも、さっき私の名前を呼んだよね?」
エレニアは小さく笑った。
「今でもキノコは嫌いよ」
沈黙。
リリの目が大きく見開かれる。
「……」
エレニアは兜を脱いだ。
「それと、あなたのスープは今思い出しても美味しくなかった」
「……エレニア?」
エレニアは剣を地面に落とした。
「久しぶり、リリ」
リリはしばらく動かなかった。
やがて兵士たちを見た。
そしてエレニアを見る。
「戻ってくるって言ったよね」
「……うん」
「十五年」
「ごめんなさい」
「それで、やっと帰ってきたと思ったら……」
リリは兵士たちの斧を指差した。
「斧まで連れてきた」
その言葉は、どんな罵声よりも痛かった。
「望んで来たわけじゃない」
「でも、来た」
エレニアは何も言えなかった。
そのとき。
森の奥から大きな音が響いた。
鳥の群れが一斉に飛び立つ。
「……っ!」
リリが胸を押さえた。
その緑色の瞳が輝く。
一つ。
二つ。
十。
そして何十もの淡い光が森の中に浮かび上がる。
ウサギ。
鹿。
狐。
鳥。
狼。
すべてがリリを見ていた。
彼女の顔から血の気が引く。
「火……」
「え?」
リリが南を見る。
黒煙が上がっていた。
「火事!」
彼女は駆け出した。
◆
火を放ったのはエレニアの部隊ではなかった。
南から入った別働隊だった。
「茂みに火をつけろ! 森の獣どもを追い出せ!」
「やめなさい!」
エレニアが叫ぶ。
しかし兵士たちは止まらない。
炎が広がる。
逃げ遅れた小鹿が炎に囲まれていた。
リリが飛び込む。
一頭。
もう一頭。
さらに一頭。
彼女の周囲に光が増えていく。
《野生の心の盟約》。
「みんな、こっち!」
リリが両腕を広げる。
緑色の光が巨大な膜となり、動物たちを包み込んだ。
二十。
五十。
百。
リリの身体が震え始める。
「リリ!」
エレニアが駆け寄った。
「盟約を切って!」
「嫌」
「このままじゃあなたがもたない!」
「分かってる」
「だったら!」
リリは片膝をついた。
「私が切ったら……」
逃げ惑う動物たちを見る。
「……この子たちは、また独りになる」
その瞬間。
エレニアは十五年前の自分を思い出した。
雨の中。
泥まみれで。
泣いていた八歳の少女。
そこへ差し出された、小さな手。
『じゃあ今は、ただの迷子だね』
エレニアは剣を抜いた。
「騎士たち!」
ローダーが振り返る。
「殿下?」
「火を消します!」
「しかし、国王陛下の命令は――」
「私も命令しています!」
ローダーはしばらく黙っていた。
やがて剣を鞘へ戻した。
「全員、聞いたな! 川から水を運べ! 火を消せ!」
兵士たちが走り出す。
人間と動物が、同じ炎から逃げた。
◆
王が到着したのは翌朝だった。
その背後には大軍。
そして――高さ三十メートルを超える巨大な機械が歩いていた。
王立掘削巨兵。
一歩進むたび、大地が震える。
エレニアは森の前に立った。
隣にはリリ。
彼女は立っているだけでも辛そうだった。
「エレニア」
馬上の王が娘を見下ろした。
「そこをどけ」
「嫌です」
「私はお前に問題を解決しろと命じた」
「森を滅ぼせと命じたのでしょう」
「その森の力があれば、我が国は数十年繁栄できる!」
「そのために、ここに生きるものをすべて犠牲にするのですか?」
「獣だ」
「命です」
答えたのはリリだった。
王が彼女を見る。
「お前が噂の守護者か」
リリは王を見上げた。
「もっと背が高いと思ってた」
エレニアは額を押さえた。
「リリ……」
「何?」
王の顔が引きつった。
「《心臓》は我々がもらう」
「嫌」
「軍を相手にするつもりか?」
リリは兵士たちを見た。
魔術師。
騎士。
巨大兵器。
そして自分の小さな拳を見る。
「たぶん」
「リリ、あなた、まともに歩くこともできないでしょう」
「今日はちょっと遅いかも」
「そういう問題じゃない!」
王が叫んだ。
「掘削巨兵を動かせ!」
巨大な機械が動き出す。
リリが走った。
足元の土が淡く光る。
――《根渡り》。
大地を伝う振動が、敵の動きを彼女へ伝える。
剣が来る。
その前にリリはいない。
槍。
跳ぶ。
魔法。
地面を滑る。
兵士たちには、彼女が消えているようにしか見えなかった。
しかし。
リリは石畳へ飛び出した。
足が土から離れた瞬間、その速度が落ちる。
「今だ!」
魔術師が叫んだ。
魔力の鎖がリリの腕を捕らえた。
もう一本。
脚。
「くっ!」
リリが倒れる。
王は笑った。
「報告通りだ」
エレニアは理解した。
「大地から……引き離したのね」
「森の生き物なら、森の中にいればよかったものを」
掘削巨兵が《ガイアの心臓》へ向かっていく。
リリが立ち上がろうとする。
動けない。
エレニアが駆けた。
一閃。
鎖を断つ。
さらにもう一本。
リリが彼女を見上げた。
「何してるの?」
「十五年前の借りを返してるのよ」
エレニアは両手を地面へ向けた。
「――王家の障壁!」
巨大な光の壁が出現した。
敵の魔法が次々とぶつかる。
エレニアは叫んだ。
「行って!」
「エレニア……」
「早く!」
リリが走った。
◆
王立掘削巨兵は《ガイアの心臓》へ到達していた。
地面は掘り返され、巨大な根の間から塔ほどもある緑色の結晶が姿を現している。
巨兵が腕を上げる。
巨大な爪が振り下ろされた。
その真下へ――
小さな影が飛び込んだ。
リリは両手を上げた。
ドオオオオオオオン!!
森全体が揺れた。
土煙が舞う。
王が笑った。
「終わったな」
だが。
ギギギ……。
金属が軋む音がした。
「……何?」
煙が晴れる。
そこにリリはいた。
小さな両腕で、巨大な機械の爪を受け止めていた。
足元の大地は深く陥没している。
額から血が流れていた。
脚も震えている。
それでも。
一歩も下がっていなかった。
「あり得ん……」
王が呟いた。
「そんな小さな身体で……!」
リリは歯を食いしばった。
「あなたが……」
ギギギギギ!
巨大な金属の腕が曲がり始める。
「踏んでるのは……」
森の根が輝いた。
無数の光が森中に現れる。
狼。
鳥。
鹿。
ウサギ。
熊。
小さな虫たちまで。
《盟約》が応えている。
動物たちがリリへ力を与えているわけではない。
そんなことはできない。
だが、彼女には伝わっていた。
恐怖。
願い。
そして――信頼。
リリは笑った。
「――私の家だよ!」
バキィィィン!!
巨兵の腕が折れた。
リリはその巨大な金属の腕を掴む。
「ええええいっ!」
振り回した。
ドゴォォォン!!
折れた腕が巨兵の胴体へ直撃する。
巨大な機械がゆっくりと傾き――
大地へ倒れた。
静寂。
誰も動かなかった。
王は破壊された兵器を見つめる。
そして娘を見た。
「エレニア……」
王女は父の前へ歩いていった。
「まだ、この国を救う方法はあります」
「唯一の力を破壊しておいて何を言う!」
「破壊していません」
リリが隣へ来た。
「最初からあなたのものじゃない」
王が拳を握る。
「ならば我が民は、この森のために苦しめというのか!」
「違います」
エレニアは首を振った。
「何かを理解するより、壊して奪う方が簡単だと思い続ければ、いつか国そのものが苦しむと言っているのです」
リリが感心したように頷いた。
「今の、すごく王女っぽい」
「私は王女よ」
「あ、そうだった」
エレニアはため息をついてから、父を見る。
「ノームたちは《ガイアの心臓》について、王国の魔術師よりも知っています。森を殺さずに、その力の一部を利用する方法を探せるはずです」
王がリリを見る。
「……協力するのか?」
リリは腕を組んだ。
「最初から聞いてくれたならね」
「なら今は?」
「森を燃やしたから減点」
ローダーが思わず吹き出しそうになり、慌てて口元を押さえた。
王は周囲を見る。
武器を下ろした兵士たち。
怪我をした動物を手当てする騎士たち。
もはや戦おうとする者はいなかった。
長い沈黙の後。
王は目を閉じた。
「……撤退する」
◆
半年後。
エレニアは再び森を訪れた。
今度は軍隊を連れていない。
手にしているのは、一つの籠だけだった。
リリは大きな岩の上に座っていた。
頭の上では、小さな白い狐のムクが丸くなって眠っている。
周囲では大勢の人間たちが、新しい木を植えていた。
その中にはローダーもいる。
リリが指を差した。
「その木、曲がってる」
ローダーが振り返った。
「曲がってない!」
「左に二センチ」
「言われた通りに植えたぞ!」
「じゃあ三センチ」
「増えた!?」
エレニアは思わず笑った。
リリが彼女に気づく。
「遅い」
「今回は二週間しか空いてないでしょう?」
「十四日」
「数えてたの?」
「ノームは長生きだからね。根に持つ時間もたっぷりあるの」
エレニアは籠を置いた。
「お土産」
リリが中を見る。
ケーキだった。
その目が輝く。
「何味?」
「苺」
リリは一切れ取った。
「成長したね」
「誰のせいでキノコ嫌いが悪化したと思ってるのよ」
二人は並んで座った。
目の前では、焼けた大地から新しい緑が芽吹き始めている。
《ガイアの心臓》も無事だった。
王国の魔術師と森の住人たちは共同研究を始め、結晶が特定の季節に自然放出する魔力だけを採取する方法を見つけた。
王が望んでいた量よりは、ずっと少ない。
それでも。
始めるには十分だった。
一頭の鹿が近づいてくる。
リリが鼻先を撫でた。
瞳が一瞬だけ緑色に輝く。
「人間が来るって」
エレニアが道を見る。
「兵士?」
「子供たち」
森の入口には、親に連れられた小さな子供たちが立っていた。
新しい協定によって、一部の区域は森の住人の許可があれば訪問できるようになったのだ。
「入れてあげるの?」
リリは少し考えた。
「うん」
「ずいぶん寛大になったわね」
「ただし条件がある」
リリは足元にあった巨大な岩を片手で持ち上げた。
訪問者たちの顔が青ざめる。
「木を勝手に切らないこと」
エレニアは吹き出した。
「リリ。岩で脅さなくても説明できるでしょう?」
「脅してないよ」
リリは岩を落とした。
ドォン!
子供たちも大人たちも飛び上がった。
リリは満面の笑みを浮かべる。
「分かりやすく説明してるだけ」
「それを脅してるって言うのよ!」
エレニアの笑い声が森に響いた。
驚いて目を覚ましたムクが、リリの頭の上で不満そうに鳴く。
鳥たちは歌っている。
若い木々が風に揺れている。
その景色を眺めながら、エレニアはようやく理解した。
八歳の自分が、本当ならあの日に学んでおくべきだったことを。
森は、王国の所有物でなくても価値がある。
そこに生きる者たちもまた、王冠を持たなくても、自分たちの居場所を守る権利がある。
十五年前。
一人の小さなノームが、森で泣いていた迷子の少女を見つけ、その手を差し伸べてくれた。
そして十五年後。
その少女は森へ戻ってきた。
今度は――
森が助けを必要としたときに、自分の手を差し伸べるために。
――了。
最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。
今回のお話は、昔見たアニメをふと思い出したことがきっかけで、そこから自分なりに想像を広げながら書いてみました。
リリとエレニア、そして森の動物たちの物語を少しでも楽しんでいただけたなら、とても嬉しいです。
まだまだ未熟なところもあると思いますが、これからも少しずつ物語を書いていけたらと思っています。
ここまで読んでくださったことに、心から感謝いたします。
本当にありがとうございました。




