( ΦωΦ )#10 マーキング
いつもより長めです。
それから数日。
美琴は完全に意識してしまっていた。
原因はもちろんルナ。
朝起きれば「おはよ」と抱きついてくるし、猫姿になっては膝に乗って頬をスリスリしてくる。
しかも、番発言以降は、距離がさらに近い。
「ルナ、近い」
「うん」
「そこは否定して欲しいんだけど」
「やだ」
美琴がキッチンで料理していると、後ろから抱きついてくる。
猫の時みたいに擦り寄るくせに、腕も声も完全に男だから本当に困る。
「火使ってるから危ないって」
「みことの匂いする」
美琴に近付くと、ルナは美琴の肩へ顎を乗せた。
「ルナ、ご飯作れないから寄って」
「……返事」
「は?」
「番」
「今!?」
ルナは真剣だった。
青い目がじっと美琴を見る。
「待つって言ったけど、気になる」
「うっ…それは…」
逃げ場がない。
ルナは不安そうに見てくるが、腕は逃がさないとでも言うようにがっしり美琴を抱きしめていた。
美琴は顔を逸らした。
「……だって、急すぎるし」
「俺はずっと前から好き」
「猫だったでしょその時!」
「うん」
「うん、じゃない!」
ルナは少しだけ考え込む。
それからぽつりと呟いた。
「俺、みことが他のやつといるとやだ」
「……」
「笑ってるの見るのは好き。でも俺じゃないのに笑いかけるのやだ」
静か。だからこそ重い。
しかし真っ直ぐだった。
ルナは元々、独占欲の強い猫だった。
お気に入りの毛布も、美琴も、全部自分の匂いをつけたがった。
それが今、人間の恋愛感情になってる。
美琴は弱かった。
そんなふうに必要とされるのに。
「……ルナ」
「ん」
「もし私が、恋人とかになっても」
「うん」
「ちゃんと大事にしてくれる?」
するとルナは少し目を見開いた。
次の瞬間には、ぎゅっと抱きしめられていた。
「する。絶対する」
迷いが一切なかった。
美琴の顔がまた赤くなる。
「……猫のくせに」
「猫だから。一回決めたら離さない」
ルナは少しだけ体を離すと、美琴をじっと見た。
「みこと」
「……なに」
「好き」
真正面からだった。
誤魔化しもない。
美琴は数秒耐えて、限界になって顔を覆う。
「いつからこんなに小悪魔になっちゃったんだろう…」
「ダメなの?」
「ダメじゃないけど…」
言い切る前に、ルナが目を細める。
「じゃあいい?」
「何が」
「恋人」
美琴はしばらく黙った。
ルナは待っていた。
青い目だけは不安そうに揺れているが。
「……仮」
「え」
「仮だからね!?」
するとルナは固まったあと、ゆっくり瞬く。
それから。
「……っ」
急に顔を埋めてきた。
「ちょ、ルナ!?」
「うれしい」
声が少し震えていた。
尻尾があったら犬のように絶対ぶんぶん振ってるだろう。猫だが。
美琴が困って頭を撫でると、ルナはさらに擦り寄ってくる。
「……みこと」
「ん?」
「じゃ、キスしていい?」
「調子乗るの早い!!」
ルナは笑っていた。
それは、ずっと欲しかった居場所を、ようやく貰えたように、安心しきった顔で。美琴はまた1段階ルナに惹かれていった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「キスしていい?」
「ダメっ!」
美琴が真っ赤なまま言うと、ルナは少しだけ不満そうに眉を下げた。
最近ずっとこれだ。
「だめ?」
「ダメっていうか心の準備が……!」
「準備いるの?」
「いるでしょ普通!!」
「前にしたじゃん」
「…!あ、あれは事故!」
ルナは納得いってないようだったが、無理やりはしてこない。
その代わり、じっと見てくる。
青い目が真っ直ぐで、美琴はどんどん落ち着かなくなる。
「……見ないで」
「かわいいから見てる」
「やめて!?」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
その夜。
美琴は布団の中で、ずっと悶えていた。
「……仮って言っただけなのに」
恋人。
その言葉が頭から離れない。
すると、布団がもぞっと動いた。
「にゃ」
「……ルナ」
今日は猫の姿だった。
丸くなって、美琴の胸元へ潜り込んでくる。
「ルナ、絶対タイミング分かってやってるでしょ」
「にゃー」
絶対分かってる。
美琴が弱ってる時ほど猫になる。
ふわふわで、温かくて、撫でると喉を鳴らすから拒否できない。
「ずる賢い猫……」
美琴が背中を撫でると、ルナは満足そうに目を細めた。
静かな夜だった。
いや、静かな夜“だった”。
ぽん。
「っ!?」
目の前に人間姿のルナ。
しかも、美琴を抱きしめた状態のまま。
「近っ……!」
ルナは布団の中で、美琴へ額を寄せた。
「みこと」
「な、なに」
「仮でも恋人なんだよね」
ルナの美琴を見る目がキラキラしており、美琴は少しだけ視線を逸らした。
「……そうだけど」
するとルナは、ふっと笑う。
そして、すごく大事そうに美琴の頬へ触れた。
「じゃあ大事にする」
その言い方が優しすぎて、胸が痛くなる。
ルナは少しずつ距離を縮めてくる。
「……キス、だめ?」
また聞いてくる。
美琴は心臓がうるさいまま、小さく息を吐いた。
「……一回だけ」
その瞬間。
ルナの目が見開かれる。
「ほんと…?」
「今さら無しはなしだからね!?」
「うん」
声が少し弾んでいた。
ルナはそっと美琴の頬を包む。
熱い手。
青い目が近い。
美琴がぎゅっと目を閉じると、柔らかい感触が唇へ触れた。
離れたあとも、ルナは固まっていた。
「……ルナ?」
「……やばい」
「は?」
ルナは片手で口元を押さえた。
耳まで赤い。
「みことがすごく可愛い。あといい匂いするし、美味しい」
「変態!!」
美琴が顔を真っ赤にすると、ルナは困ったみたいに笑って、また抱きしめてくる。
「もう一回」
「だめ!!」
「なんで」
「一回って言ったし!」
「ケチ」
「猫が生意気言うな!」
ルナは喉の奥で笑う。
それから、美琴の肩へ顔を埋めた。
「……今めっちゃ幸せ」
その呟きがあまりに嬉しそうで。
美琴は強く突き放せるわけがなかった。
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