( ΦωΦ )#9 甘噛み
春が近づいてきた頃の昼。
猫姿のルナは、窓辺でやけに機嫌が悪かった。
瞳孔を開いて尾をバタバタしている。
「……どうしたの」
「んにゃ」
返事はする。
でも明らかに不満げだった。
美琴が近づいても、今日はすぐ膝に来ない。
窓の外をじっと見ている。
「外に何かいるの?」
覗くと、塀の向こうに野良猫が数匹いた。
その中の雌猫らしい白猫が、こちらを見て鳴いている。
するとルナが「シャーッ!!」と威嚇した。
「わっ!?」
美琴は目を丸くする。
ルナは毛を逆立てたまま、白猫を睨んでいた。
数秒後、相手が逃げる。
ようやくルナは落ち着いたみたいに息を吐いた。
「……なに今」
「にゃ」
不機嫌そうな返事だった。
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その日の夜。
ルナは人間姿になるなり、美琴にべったりだった。
ソファに座れば抱きつく。
歩けば後ろをついてくる。
寝ようとすれば当然みたいに布団へ入ってくる。
いつも通りなのだが、何かと重い。
「ルナ、重い」
「や」
「最近さらに甘えてない?」
ルナは美琴の肩へ顔を埋めたまま、ぼそっと言った。
「……春だから」
「は?」
美琴は瞬きを繰り返す。
ルナは静かに続けた。
「猫としては、もう大人」
「……」
「俺、もう番作る年齢にはなってる」
数秒遅れて意味を理解し、美琴の顔が熱くなる。
「ちょ、ちょっと待って!?」
「なに」
「そんなさらっと言う!?」
ルナの目は妙に真剣だった。
「今日、外の猫が寄ってきたのもそれが理由」
「あー……昼の白猫?」
ルナは露骨に嫌そうな顔をした。
「やだった」
「なんで」
「俺にはみこといるし」
当たり前みたいに言う。
美琴は言葉に詰まった。
ルナは腕を回す力を少し強くする。
「俺、みことが他のやつに取られるのや」
猫の本能のような独占欲が、そのまま人間の言葉になっていた。
美琴の心臓が変な音を立てる。
「ルナ、それは……」
「好きだから」
即答だった。
ルナは少しだけ目を伏せる。
「猫の時から、みことしかいらなかった」
静かな声だった。
でも嘘じゃないと分かる。
ルナは昔からそうだった。
他の人には懐かない。
美琴が帰る音だけ覚えてる。
夜になると必ず隣へ来る。
それが今、人間の“好き”として向けられている。
「……みこと」
「……なに」
「番になって」
「ぶっ!?」
落ち着くために水を飲んでいた美琴は盛大にむせた。
ルナは真顔で言ってくる。
「猫的には大事」
「急すぎる!!」
「でも人間だと恋人?」
「言い換えないで!?」
ルナは少し考え込む。
それから、美琴の首元へ額を擦り寄せた。
そして何故かそのまま甘噛みしてくる。
「ひゃっ!」
「かわいい」
昔からの甘え方。
猫は甘えたい時に甘噛みしてくることがある。
よくルナもしてきていた。
たしかに猫がやると可愛いで済む。
が、今はイケメン男子の姿だ。
普通に痛い。
ちなみにこの時の甘噛みは甘えたかったのではなく、本能でネックグリップをしただけだ。しかし、ネックグリップを知らない美琴には分からなかった。
「噛むのはやめて?」
「じゃあ、番なって?」
「何が“じゃあ“よ」
「……だめ?」
聞き方が反則級に可愛い。
捨てられるのが怖かった頃の猫ような目で見てくる。
美琴は顔を覆う。
「うぅ……考えさせて」
するとルナは少し黙ったあと、ぎゅっと抱きしめてきた。
「待つ。いつまでも」
「……」
「俺、他のやつと番はやだから」
「……」
「みことが他の番作るのもや」
「重いって…」
「うん」
否定しない。
むしろ満足そうだった。
そして数秒後。
ぽん、と猫へ戻る。
「え」
ルナは猫姿のまま、美琴の胸へ飛び込んできた。
「にゃー」
「逃げたな!?」
ルナは喉を鳴らすだけだったが、美琴の頬の熱は冷めないでいた。
後日、美琴が猫を飼っている友達から猫のネックグリップをする理由について聞き、赤くなるのはまた別の話である。
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※ネックグリップ…発情期にメス猫の首を噛んで動きを抑える行為




