第06話:赤翼の誓いと最初のダンジョン
赤翼の誓いの準メンバーになって一ヶ月半が過ぎた。
ルナから正式に遠征への同行を打診されたのは、ギルドの食堂で昼食を取っているときだった。
「次の依頼、一緒に来い」
「遠征ですか? 俺は準メンバーで、町での装備メンテナンスだけの約束じゃ」
「状況が変わった。行き先にダンジョンがある。古い遺跡型のダンジョンで、奥に放置された遺物の回収が依頼内容だ。遺物の状態が気になる」
「遺物?」
「遺跡の最深部に封印された古代の遺物があるらしい。問題は、数百年放置されているから状態が不明だってことだ。回収しても使い物にならない可能性がある」
「それを修繕しろと」
「話が早いな。報酬は分配する。危険もあるが、パーティ全員で守る。どうだ」
シュウは少し考えた。ダンジョンは危険だ。前回薬草採取で森に入っただけで巨大猪に追われた。ダンジョンとなればもっと強い魔物がいる。
しかし、グリムがいる。赤翼の誓いのメンバーもいる。そして何より、「古代の遺物」を修繕するという依頼は、職人として心が躍る。
「行きます」
「よし。明後日出発だ。準備しておけ」
二日後の早朝。
シュウ、グリム、そして赤翼の誓いの四人、合計六人が町の北門を出発した。
目的地は北東の山岳地帯にある古代遺跡ダンジョン。馬車で半日、徒歩でさらに三時間。日帰りはできないため、野営の準備も必要だ。
「初ダンジョンか。緊張してるか?」
ルナが馬車の荷台で聞いてきた。
「正直、少し」
「当然だ。何回潜っても緊張する。緊張しなくなったやつから死ぬ」
「不吉なことを言わないでください」
「事実だ。ま、初心者の仕事は一つ。パーティの指示に従え。勝手に動くな。それだけ守れば死なない」
「了解」
「シュウ、オレガ守ル」
グリムが短剣を叩いて胸を張った。二本の短剣は修繕済みで、元以上の切れ味を持っている。
山岳地帯に入ると、景色が一変した。緑の草原から岩肌の山道へ。空気が乾き、風が冷たくなる。時折、遠くで魔物の咆哮が聞こえた。
遺跡の入り口は山の中腹にあった。崖に穿たれた巨大な石の扉。表面に古代の文字が刻まれており、長い年月で風化している。
「ここだ。遺跡ダンジョン忘却の回廊」
ルナが大剣を抜いた。月光のような輝きが薄暗い入り口を照らす。
「隊列を組む。前衛にあたしとガルド。中衛にレイとグリム。後衛にセラとシュウ。いいな」
全員がうなずいた。
石の扉をくぐると、地下に続く階段があった。セラの杖が青白い魔法の灯りを放ち、暗い通路を照らす。
「空気、カビ臭イ」
グリムが鼻をひくつかせた。ゴブリンは嗅覚が鋭い。
「何百年も密閉されていれば当然だ。先に進むぞ」
階段を降りると、幅の広い回廊が続いていた。壁面に古代文字が刻まれ、天井には消えかけた魔法灯が等間隔に並んでいる。
シュウの目が、反射的に壁や天井の状態を確認した。石材の劣化。モルタルの風化。構造としてはまだ健全だが、所々にひび割れがある。崩落の危険は低いが、ゼロではない。
「壁、ところどころ脆くなってますね。衝撃を与えないほうがいい」
「修繕屋の目は便利だな。全員、壁に触るなよ」
回廊を進むこと十分。最初の広間に出た。
天井が高い。前世の体育館くらいの広さがあり、中央に壊れた噴水のようなオブジェがある。かつては水が流れていたのだろうが、今は干上がり、石造りの受け皿にひびが入っている。
「ここは安全か。一旦休憩」
ルナの指示で休憩を取る。その間にシュウは広間の構造を観察した。
壁に刻まれた古代文字。読めないが、模様のような美しさがある。噴水のオブジェは「魔力の流れを制御する装置」のようにも見えた。
「シュウ、この噴水直せるか?」
「直せると思いますけど、何の装置かわからないまま修繕するのは危険かもしれません」
「慎重だな。いいことだ」
休憩を終え、さらに奥へ。
二つ目の広間に差しかかったとき、レイが右手を上げた。
「……いる」
静寂の中に、かすかな物音。石を引っ掻くような音。複数。
暗がりの中から姿を現したのは、石で出来た兵士だった。
ゴーレム。古代遺跡に配置された自動防衛機構。人の背丈ほどの石人形が、四体。赤く光る目でパーティを捉えている。
「来るぞ!」
ルナが叫んだ瞬間、ゴーレムが突進してきた。
岩の拳が振り下ろされる。ルナが大剣で受け止め、火花が散った。ガルドが横から回り込み、ガントレットでゴーレムの胴体を殴りつける。岩が砕ける鈍い衝撃音。
レイの矢が二体目のゴーレムの頭部に突き刺さった。しかしゴーレムは止まらない。矢が刺さったまま突進を続ける。
「こいつら、コアを砕かないと止まらない! 胸の中央に光る石がある!」
ルナの指示が飛ぶ。
グリムが三体目のゴーレムに飛びかかった。小さな体が驚くほどの速度で動き、双剣がゴーレムの関節を切り裂く。石の腕が外れ、バランスを崩したゴーレムの胸にグリムが突きを放つ。双剣の切先が石を穿ち、内部の魔石を砕いた。
ゴーレムが崩れ落ちる。
「ナイスだ、グリム!」
ルナがもう一体を大剣で両断。ガルドが胸部の魔石を拳で粉砕。レイが最後の一体の頭部を精密射撃で吹き飛ばし、セラが回復魔法でガルドの拳の傷を癒した。
戦闘はあっけなく終わった。Aランクパーティの実力は伊達ではない。
「全員無事か」
「問題ない」
「怪我ナシ」
「大丈夫でーす!」
「……問題ない」
シュウだけが何もしていなかった。後方で見ているだけ。戦闘スキルのない修繕屋に出る幕はない。
「シュウ、気に病むな。お前の仕事はこの先だ」
ルナが背中を叩いた。
「はい」
さらに奥へ進む。三つ目の広間を過ぎ、四つ目の広間でゴーレムの群れと再び交戦。今度は六体。しかしパーティの連携は完璧で、三分ほどで殲滅した。
そして。
最深部にたどり着いた。
そこは、これまでの広間とは違っていた。
天井が途方もなく高い。壁面全体に古代文字が刻まれ、淡い青白い光を放っている。部屋の中央に、石の台座がある。
台座の上に、何かが置かれていた。
巨大な結晶体。人の頭ほどの大きさで、複雑に面取りされた多面体。本来は透明だったのだろうが、今は半分以上が黒く濁り、表面に無数の亀裂が走っている。
結界石だった。
「これが依頼の遺物か」
ルナが結界石を見つめた。
「かなりの損傷だな。回収して持ち帰れるか?」
「持ち帰る前に、ここで修繕したほうがいいかもしれません。この状態で動かしたら崩壊しそうだ」
シュウは台座に近づき、結界石をじっくり観察した。
職人の目が、損傷の深さを読み取る。表面の亀裂だけでなく、内部構造にもひびが入っている。黒い濁りは劣化ではなく、「何かが侵食している」痕跡のように見えた。
「これは……何かに蝕まれてる。経年劣化じゃない」
「蝕まれている?」
「わかりません。でも、黒い部分が内側から広がっている。自然な劣化なら表面から均一に進むはずだ」
ルナが腕を組んだ。
「直せるか?」
「やってみます」
シュウは両手を結界石の上に置いた。
修繕。
光が――しかし、すぐに弾かれた。
黒い濁りが抵抗している。修繕の光を跳ね返すように、内部の黒が脈動した。
「おい、大丈夫か」
「……侵食してる何かが、修繕を妨害してる」
「やめるか?」
「いえ。もう少し」
シュウは集中を深めた。
大剣の修繕で学んだ。力任せではなく、寄り添うこと。壊れたものの「本来あるべき姿」を感じ取ること。
黒い濁りの奥に、結界石本来の透明な結晶構造が微かに見えた。それは確かにそこにある。侵食されているが、消えていない。
修繕の光を、濁りを避けるようにして、本来の構造に沿わせた。無理に黒を消すのではなく、透明な部分を強化する。修繕とは「壊れたものを直す」スキルであって、「敵を消す」スキルではない。
じわりと、透明の領域が広がった。黒い濁りが押し戻されていく。
シュウの額から汗が滴り落ちた。腕が震える。橋を直したとき以上の負荷が体にかかっている。
「シュウ!」
グリムの声が遠くに聞こえる。
あと少し。本来の構造が見えている。あとほんの少しで――
光が爆発するように広がった。
黒い濁りが一気に消散し、結界石が本来の透明を取り戻す。多面体の結晶が青白い光を放ち、部屋全体を照らした。
同時に、壁面の古代文字が一斉に輝いた。天井まで駆け上がる光の筋。部屋全体が共鳴するように振動し、そして静まった。
「…………」
全員が息を呑んだ。
結界石が透明に輝いている。亀裂は消え、内部構造は完璧に修復されている。そして――石から放たれる光が、部屋の壁面の古代文字を通じて、遺跡全体に広がっていくのが感じられた。
「何が起きてる……」
ルナが呟いた。
遠くから、風が吹いてきた。遺跡の入り口から流れ込む新鮮な空気。それまでカビ臭かった空気が一掃され、清浄な気配が満ちる。
「結界が……動いてる」
セラが杖で魔力を感知していた。
「この結界石、ダンジョン全体の浄化装置だったんだ。壊れていたから瘴気が溜まって、ゴーレムが暴走していたんだ」
「つまり、シュウが結界石を直したことで、ダンジョンの瘴気が消えた?」
「そういうことになります! すごい! これ、周辺の森にも影響あるかも!」
シュウは台座にもたれかかって荒い息をついていた。体中の力が抜けている。立っているのがやっとだ。
「おい、しっかりしろ」
ルナがシュウの腕を掴んで支えた。
「……すみません。ちょっと、やりすぎた」
「やりすぎたどころじゃない。結界石を修繕しやがった。何百年も放置されていた古代の装置を一発で復活させるとか、どうかしてるぞお前」
「直す……のが、仕事なので」
「仕事にしちゃ命懸けが過ぎる」
ルナの声は叱っているようで、心配しているようだった。
シュウの意識がステータスに向いた。
名前:シュウ
種族:人間
レベル:8
スキル:修繕(ランクC)
DからCに上がっていた。
「……ランクC」
「何?」
「修繕のランクが上がりました。CになりましたCに」
「お前、倒れかけながら報告することがランクアップか」
ルナが呆れた顔で笑った。
「帰るぞ。結界石はこのまま置いておく。下手に動かしたら浄化が止まる。依頼主にはここで復活させたと報告すればいい」
「了解」
帰り道、ゴーレムは一体も現れなかった。結界石の浄化で暴走が収まったのだろう。
遺跡を出ると、夕暮れの山並みが赤く染まっていた。
「シュウ、背中ニ乗レ」
グリムが背を向けた。ゴブリンの体格でシュウを背負えるのか疑問だったが、グリムは見た目以上に力が強い。
「いや、さすがに悪い」
「イイカラ乗レ。折レタ腕ヲ治シテモラッタ借リ、コレデ返ス」
シュウはグリムの背中に体を預けた。小さいが温かい背中だ。
「ありがとう、グリム」
「礼ハイラナイ。仲間ダ」
仲間。その言葉が、疲れた体に沁みた。
帰りの馬車で、セラが回復魔法をかけてくれた。疲労が和らぎ、意識も戻ってくる。
「シュウさん、修繕の消耗はスキルの使い方で軽減できるかもしれません。魔力の流し方を工夫すれば、体への負荷を分散できます」
「魔力の使い方……考えたこともなかった」
「今度、一緒に練習しましょう。回復魔法の効率化と同じ理屈だと思います」
「ありがとう、セラさん」
馬車がグレイヴンの町に近づく。夜空に星が瞬いていた。
ルナが馬車の荷台で、修繕された大剣を膝に乗せて星を見上げていた。
「シュウ」
「はい」
「シュウ、提案がある。うちのパーティの正式メンバーにならないか」
「……正式メンバー?」
「準メンバーじゃ遠征手当が出ない。今日みたいな仕事を今後も頼むなら、正式に迎え入れたほうがいい。メンバー全員の了承は取ってある」
ガルドがうなずく。レイが無言でうなずく。セラが満面の笑みでうなずく。グリムが「当然ダ」と言わんばかりの顔をしている。
「……よろしくお願いします」
シュウは頭を下げた。
赤翼の誓い。Aランク冒険者パーティ。その正式メンバーに、修繕屋が加わった。
地味で、戦えなくて、一番底辺のスキルしか持っていない。
でも、仲間がいる。直すものがある。居場所がある。
結果オーライだ、とシュウは思った。
まだ、その言葉の本当の意味を知らないまま。




