第05話:修繕ランクアップ
グリムが仲間に加わって三週間が経った。
修繕屋と護衛ゴブリンの二人組は、グレイヴンの町で少しずつ知られるようになっていた。シュウが修理をし、グリムが周囲の安全を確保する。森での薬草採取も、グリムがいれば低ランクの魔物くらいは追い払ってくれる。
修繕スキルのランクはE。冒険者ランクはF。
変わらない数字だったが、日々の仕事は着実に増えていた。
その日もシュウは朝からギルドの修理依頼を確認していた。
「シュウさん、今日は新しい依頼が来ています」
ミラがカウンターの奥から依頼書を取り出した。
「町の西門の近くにある石橋が崩落しかけているそうです。商人たちが迂回を余儀なくされていて、早急な修理が求められています」
「石橋?」
「はい。幅五メートル、長さ十メートルほどの橋です。これまでは石工を呼んで修理していたんですが、費用と時間がかかるので……シュウさんの修繕で対応できないか、という話です」
シュウは依頼書を受け取った。報酬は銀貨五枚。これまでの修理依頼では最高額だ。
「建造物サイズの修繕は初めてですね」
「無理でしたら断っていただいて構いません。石工に依頼を回しますので」
「いえ、やってみます」
西門を出ると、川が流れていた。
青みがかった水が穏やかに流れる、幅十メートルほどの川。その上に石橋が架かっている。
橋の状態はひどかった。
中央部が大きく沈み、欄干は半分以上が崩れ落ちている。路面の石畳にも亀裂が走り、一部は完全に崩落して川面が露出している。通行止めの木柵が立てられ、数台の荷馬車が迂回路に回されていた。
「コレ……ダイジョウブカ」
グリムが眉をひそめた。
「わからない。でも、やってみる」
シュウは橋の欄干に手を置いた。
深呼吸。
修繕。
手のひらに光が宿る。しかし、これまでの修繕とは明らかに規模が違った。荷車や短剣は手の中に収まるサイズだ。橋は全長十メートル。スキルの届く範囲が足りるのか。
光が手から欄干へ、欄干から路面へと広がっていく。じわりと、水が染み込むように。
シュウは目を閉じた。橋の全体像を思い描く。前世の職人としての感覚で、構造を読み取る。石積みの組み方。荷重の分散構造。アーチの角度。基礎杭の深さ。
見えないものを「感じる」力が、修繕スキルの本質なのかもしれない。壊れたものの「本来あるべき姿」を感じ取り、そこに導く。
光が橋全体を包んだ。
崩落した石が川の底から浮き上がり、元の位置に戻る。亀裂がゆっくりと閉じていく。沈んだ中央部が持ち上がり、正しいアーチを描く。欄干の石が組み直され、路面の石畳が隙間なく嵌まり直す。
三十秒ほどだった。
光が収まったとき、そこにあったのは新品同然の石橋だった。
「…………は?」
通行止めの木柵の向こうで待っていた商人たちが、目を疑うように橋を見つめている。
「直った……のか?」
「嘘だろ、三十秒で?」
「石工を呼んだら半月はかかるぞ」
シュウは橋の上を歩いて確認した。足元はしっかりしている。欄干も頑丈だ。路面の石畳も完璧に復元されている。
しかし、体が重かった。
じわりと、疲労が押し寄せてくる。荷車を直したときは「少し疲れた」程度だったが、今回は明らかに違う。額に汗が浮き、膝に力が入りにくい。
「シュウ、顔色悪イ」
「……大丈夫。ちょっと疲れただけだ」
「大丈夫ジャナイ。座レ」
グリムに半ば強引に橋の欄干に座らされた。
修繕には代償がある。それは薄々感じていたが、建造物サイズともなると体への負荷が段違いだった。おそらく、修繕する対象が大きいほど、あるいは損傷が激しいほど、消耗も大きくなる。
「報告に行かなきゃ……」
「オレガ行ク。シュウハ休メ」
グリムが走ってギルドに報告に行ってくれた。その間、シュウは橋の欄干に座ったまま、流れる川を眺めていた。
修繕のランクがEのままなのは、もしかしたら体が追いついていないからかもしれない。スキル自体は「何でも修繕できる」ポテンシャルを持っているが、術者の体力がボトルネックになっている。
前世の修一も同じだった。技術はあるのに体がついていかない。最後は心臓が先に壊れた。
「……同じ轍は踏まないぞ」
シュウは自分に言い聞かせた。無理はしない。壊れるまで働かない。それが、異世界での生き方だ。
しばらくして、ミラとグリムが戻ってきた。ミラが心配そうな顔でシュウを見る。
「大丈夫ですか、シュウさん。グリムさんから顔色が悪いと聞いて」
「もう大丈夫です。少し疲れただけで」
「橋、見ましたけど……すごいですね。新品同然です。報酬はもちろん銀貨五枚お支払いしますが、町のインフラを復旧してくれたということで、追加ボーナスが出ると思います」
「ありがとうございます」
「それと、シュウさん」
ミラが手元のカードを確認した。
「今回の依頼達成で、冒険者ポイントが規定値に到達しました。ランクアップの資格が発生しています」
「ランクアップ?」
「はい。FランクからEランクへの昇格です。手続きはギルドで行いますので、落ち着いたらお越しください」
Eランク。冒険者としてはまだまだ底辺に近いが、それでも一段上がった。
「それから、もうひとつ」
「まだあるんですか」
「修繕スキルのランクですが……橋を修繕したときに変動があったようです。ステータスの確認をお願いします」
シュウは意識を集中して、脳裏のステータス画面を呼び出した。
名前:シュウ
種族:人間
レベル:5
スキル:修繕(ランクD)
EからDに上がっていた。
「新しい修繕対象として『魔道具』が追加されています」
「魔道具?」
「はい。魔力を込めて動く道具のことです。ランプや暖房器具、通信用の魔石板など。壊れた魔道具の修繕依頼は結構ありますよ」
新しいカテゴリが開放された。修繕の幅が広がる。
シュウは少し嬉しくなった。スキルが成長する実感。前世では決して味わえなかった感覚だ。家具を直す技術は積み重ねで磨くものであって、ある日突然「ランクアップしました」とはならない。
「よし、帰ったら壊れた魔道具を探してみよう」
「ソレ、休ンデカラニシロ」
「……はい」
ギルドに戻ると、赤翼の誓いのメンバーが食堂で待っていた。
「聞いたぞ、橋を直したって?」
ルナがエールのジョッキを掲げた。
「ああ、まあ」
「まあ、じゃないだろ。石工半月ぶんの仕事を三十秒でやったんだぞ。この町の住人にとっちゃ英雄だ」
「大げさですよ」
「大げさじゃねえ」
ガルドがテーブルを叩いた。
「あの橋が通れなくて、西方面との交易が滞ってたんだ。物価も上がってた。お前が直してくれたおかげで、明日から通常ルートに戻れる」
「シュウさん、すごいです!」
セラがぱちぱちと手を叩いた。
「……悪くはない」
レイがぼそりと言った。
「みんな、ありがとう。でも正直、疲れた。今日はもう寝る」
「まあ飲め。一杯だけ」
ルナがエールを差し出した。断れない雰囲気だ。
一杯のエール。苦くて、少し甘くて、喉に沁みる。前世ではアルコールを飲む余裕すらなかった。仕事が終わるのはいつも深夜で、翌朝は早い。酒を飲む暇があれば寝ていた。
「……うまい」
「だろう。修繕屋の初エールだな」
仲間と酒を飲む。たったそれだけのことが、前世では叶わなかった贅沢だ。
修繕スキルのランクがDに上がった。壊れた魔道具も直せるようになった。次は何を直すのだろう。
帰り道、グリムと二人で夜道を歩いていると、宿の近くの路地でうずくまっている男がいた。
商人風の中年男性だ。手に何かを抱えている。近づくと、それは壊れた魔道具のランプだった。
「大丈夫ですか」
「ああ、いや……すまない。このランプ、妻の形見でね。さっき落として壊してしまった」
シュウは男の手からランプを受け取った。
魔石が割れ、フレームが歪み、魔力回路が断線している。通常の修理では直せないレベルの破損だ。
しかし、今のシュウには魔道具の修繕ができる。
「直せますよ」
「え、本当か!?」
修繕。
手の中でランプが温かい光を取り戻す。割れた魔石が復元し、歪んだフレームが正しい形に戻り、断線した魔力回路が繋がり直す。
ランプが柔らかな光を灯した。
男の目に涙が浮かんだ。
「ありがとう……ありがとう」
「お代は結構です。ちょうど魔道具の修繕を試してみたかったので」
「そんな、何かお礼を」
「じゃあ、壊れたものがあったらいつでも持ってきてください。ギルドの修繕屋シュウに」
男が何度も頭を下げながら去っていく。手の中のランプが、夜道を暖かく照らしていた。
「シュウ。良イ人ダナ」
「別に。直せるものを直しただけだ」
「ソレガ、良イ人ダ」
グリムが小さく笑った。
修繕ランクD。冒険者ランクE。
まだまだ底辺だが、直したいものは山ほどある。
橋の修繕の疲労が残る体を引きずりながら、シュウは宿に帰った。
明日もまた、壊れたものがあるだろう。そしたら、直す。
地味で、目立たなくて、誰からも注目されないスキル。
でも、地味でいい。直すことに派手さはいらない。
シュウはベッドに倒れ込み、泥のように眠った。
夢の中で、ルフォスの声が聞こえた気がした。
「よかった……穏やかに暮らせているみたいで」
穏やかかどうかは微妙だったが、悪くはなかった。全然、悪くはなかった。




