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転生特典を選ぶ時に寝落ちしていたら、神様が気を遣って一番地味なスキルをくれました。結果オーライです  作者: なは


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第04話:壊れた紋章と小さな従者

 赤翼の誓いの準メンバーになって一週間。


 シュウの日課はこうだった。朝、ギルドで修理依頼を確認する。午前中にギルド専属の公共修繕をこなす。午後はパーティの装備メンテナンス。夕方は自由時間。


 穏やかな日々だった。前世に比べれば天と地ほどの差がある。過労死するほど追い詰められることもなく、報酬は安定し、仲間もいる。異世界生活として上出来だった。


 しかし、穏やかな日々は長くは続かなかった。



 その日、シュウは町外れの森を歩いていた。


 理由は薬草採取だ。以前は最低数量に足りなかったヒールリーフの再挑戦。今回はルナに教えてもらった安全な採取ルートを通っている。巨大猪の縄張りを大きく迂回するコースだ。


 森の外周部を歩きながら、ヒールリーフを摘んでいく。青い葉と白い筋。見慣れてきた。前世で木材の種類を覚えたときのように、数をこなせば目が慣れる。


 二十本を超えたあたりで、ふと足を止めた。


 血の跡があった。


 草の上に点々と赤黒い染みが続いている。それほど古くない。乾きかけてはいるが、半日は経っていないだろう。


 血の跡を辿るべきか。前世の修一なら迷わず引き返しただろう。しかし今のシュウには、冒険者としての責任感が芽生えつつあった。もし誰かが怪我をして倒れているなら、放っておけない。


 慎重に血の跡を追った。


 森の奥へ向かう道ではなく、むしろ森の外に向かっている。誰かが――あるいは何かが、傷を負って森から逃げ出した痕跡だ。


 血の跡は、大きな木の根元で途切れていた。


 根元のくぼみに、何かがうずくまっている。


 小さかった。人の子供くらいの体格。緑がかった灰色の肌。尖った耳。大きな目は固く閉じられ、体のあちこちに裂傷がある。ぼろぼろの布を纏い、胸元に何かを握りしめている。


 ゴブリンだった。


 シュウは足を止めた。


 ゴブリン。以前、森で遭遇したときは襲われそうになった。人間にとっては害獣であり、討伐対象だ。冒険者ギルドの掲示板にも、ゴブリン討伐の依頼は常に貼られている。


 しかし、目の前のゴブリンは戦える状態ではなかった。傷だらけで、意識もないようだ。右腕は不自然な角度に曲がっている。呼吸は浅く、このまま放っておけば死ぬだろう。


「…………」


 シュウは迷った。そして、迷った末に膝をついた。


 壊れたものを放っておけない性分。それは前世から変わらない。相手がゴブリンであっても。


「修繕」


 右手をゴブリンの体にかざした。


 しかし、光が灯らない。


 あれ、とシュウは眉をひそめた。もう一度試す。修繕。手のひらに意識を集中する。


 微かに光が揺れたが、すぐに消えた。


 生き物には効かないのか。いや、そもそも修繕は「壊れたもの」を直すスキルだ。怪我は「壊れた」とは違うのかもしれない。あるいは、生きている肉体は修繕の対象外なのか。


 直接スキルで治すのは無理らしい。シュウは採取袋からヒールリーフを取り出した。回復薬の原料だと聞いている。そのまま飲ませても多少の効果はあるのだろうか。


 ヒールリーフを数枚、ゴブリンの口元に当てた。葉の汁を絞り出すようにして、少しずつ流し込む。


 しばらくすると、ゴブリンの呼吸が安定してきた。裂傷からの出血も緩やかになっている。薬草が効いているのか、それとも自然治癒なのか。


 右腕の骨折は薬草では治らない。シュウは落ちていた木の枝で簡易的な副木を作り、ぼろ布で固定した。前世で家具の応急修理をした要領で。


 ゴブリンが微かにうめいた。大きな目がうっすらと開く。


 赤い目――ではなかった。以前森で遭遇したゴブリンは赤い目だったが、こいつの目は琥珀色だ。恐怖と警戒が入り混じった瞳でシュウを見上げている。


「……ニンゲン」


 掠れた声だった。言葉が通じている。


「大丈夫か」


「…………」


 ゴブリンは答えなかった。目を見開いたまま、シュウの顔を凝視している。


「傷の手当てをした。腕は折れてるから、しばらく動かすな」


 ゴブリンの目に困惑が浮かんだ。ニンゲンが、ゴブリンを治療している。理解できない、という顔だ。


「殺ス……ノカ」


「殺さないよ」


「…………」


「見ての通り武器を持ってない。戦えないんだ、俺は」


 シュウは手を広げて見せた。武器もなければ、攻撃スキルもない。


 ゴブリンの警戒が少しだけ緩んだ。しかし、胸元に握りしめたものだけは離さない。


「それ、何を持ってるんだ」


 ゴブリンが一瞬ためらい、それから小さな手を開いた。


 木彫りのペンダントだった。


 掌に収まるくらいの大きさの、円形の木片。表面に細かな模様が彫り込まれている。紋様のようにも見えるし、文字のようにも見える。


 しかしそのペンダントは、大きくひび割れていた。中央に走る亀裂が、紋様を真っ二つに分断している。


「……一族ノ紋章」


 ゴブリンが言った。


「ムラ……滅ボサレタ。ニンゲンニ。オレ……最後ノ生キ残リ」


 その言葉は拙かったが、感情は明瞭だった。悲しみ。怒り。そして、途方もない孤独。


「コレダケ……残ッタ。族長ノ……紋章」


 ゴブリンがペンダントをぎゅっと握りしめた。ひび割れた木片が、今にも崩れそうだ。


「貸してみろ」


「!?」


 ゴブリンが身を引いた。警戒が戻る。


「壊さない。直す」


「……ナオス?」


「ああ。壊れたものを直すのが、俺の仕事だ」


 シュウが手を差し伸べた。ゴブリンは長い間ためらっていたが、やがて震える手でペンダントを渡した。


 シュウは両手でペンダントを包んだ。


 木彫り。職人の手による繊細な彫刻。木の種類はわからないが、硬質で密度が高い。異世界の樹木だろう。紋様は部族のシンボルらしく、円環の中に獣の爪のようなモチーフが刻まれている。


 修繕。


 指先に温かい光が宿る。


 ペンダントの亀裂がゆっくりと閉じていく。ひび割れた木片が本来の形を取り戻し、分断された紋様が繋がり直す。


 そして。


 修繕が終わった瞬間、ペンダントが光を放った。


 淡い緑色の光。大剣を直したときの月光とは違う、温かみのある生命力を感じる光だ。ペンダントが脈動するように明滅し、シュウの手の中で微かに振動した。


「なっ……」


 シュウが驚いて手を見つめた。光はすぐに収まったが、ペンダントの表面には新たな変化があった。紋様が以前よりくっきりと浮かび上がり、木の表面に光の筋が残っている。


 ゴブリンが息を呑んだ。


「……族長ノ……タマシイ」


「魂?」


「紋章ニ、族長ノタマシイガ宿ッテイタ。壊レテ……消エタト思ッテイタ」


 ゴブリンの大きな琥珀色の目から、涙がこぼれた。


 ゴブリンが泣く姿を、シュウは初めて見た。大きな目が潤み、小さな口がわなわなと震える。人間の泣き方と何も変わらない。


「族長……族長……」


 ゴブリンがペンダントを胸に抱きしめた。声を押し殺すように泣いている。


 シュウは何も言わなかった。前世でもこういう瞬間があった。形見の品を直したとき、依頼主が涙をこぼす瞬間。その涙に寄り添うのは、修繕した者の務めだ。


 しばらくして、ゴブリンが涙を拭った。そして、シュウの前に――座ったまま、深く頭を下げた。額を地面に擦りつけるようにして。


「オレ……グリム。砕牙さいが族、最後ノ……元族長」


「族長だったのか」


「若イ族長ダッタ。ムラヲ守レナカッタ」


 グリムの声が震えた。


「ニンゲンガ来テ……金目ノモノヲ奪ッテ……抵抗シタ者ハ殺サレタ。オレハ逃ゲタ。族長ナノニ、逃ゲタ」


「生き残ることは悪いことじゃない」


「…………」


「死んだら紋章を守る者もいなくなる。あんたが生きてるから、族長の魂もここにある」


 グリムがゆっくりと顔を上げた。


「アナタ……名前ハ」


「シュウだ」


「シュウ。オレ……アナタニ仕エル」


「はい?」


「命ヲ救ワレタ。族長ノ魂ヲ取リ戻シテモラッタ。砕牙族ノ掟デハ、命ノ恩人ニハ一生仕エル」


「いや、待ってくれ。仕えるとか、そういうのは」


「掟ダ。曲ゲラレナイ」


 グリムの目は真剣だった。琥珀色の瞳に、揺るぎない決意が光っている。


 シュウは困った。従者なんて欲しくない。一人で気楽にやっていきたいのが本音だ。しかし相手は種族の掟を持ち出している。安易に断れば、かえって彼の誇りを傷つけることになりかねない。


「……わかった。でも、対等な関係で頼む。従者とか主人とかじゃなく、仲間として」


「仲間……」


 グリムがその言葉を噛みしめるように繰り返した。


「仲間。ニンゲンと、ゴブリンガ」


「おかしいか?」


「……イヤ。悪クナイ」


 グリムの口元が、ぎこちなく上がった。笑みだった。不器用で、歪で、けれど確かな笑み。


「シュウ。オレ、強イ。戦エル。守ル」


「ありがとう。でも今は体を治せ。折れた腕が戻ってからだ」


「……ウン」



     * * *



 グリムを町に連れ帰るのは、一筋縄ではいかなかった。


 当然だ。ゴブリンは人間にとって害獣だ。討伐対象を町に入れるなんて、普通は許されない。


 シュウはまずバルドルに相談した。


「……お前、ゴブリンを拾ってきたのか」


「はい」


「正気か?」


「正気です。こいつは一般的なゴブリンとは違うと思うんです。言葉も通じますし、知性もある。元族長だそうです」


「知性のあるゴブリンは確かに存在する。個体差が大きい種族だからな。しかし町の住人が受け入れるかどうかは別の話だ」


「わかっています。ですから、俺が身元を保証します。何かあったら俺が責任を取ります」


 バルドルが長い沈黙の後、深いため息をついた。


「……ギルドの裏手に使われていない倉庫がある。当面はそこを住居にしろ。町の中を自由に歩かせるな。問題を起こしたら即追放だ」


「ありがとうございます」


「礼を言うのは早い。面倒の種を増やしてくれたな、修繕屋」


 こうして、グリムはギルドの裏倉庫に仮住まいすることになった。


 ルナたちの反応は、思いのほか穏やかだった。


「ゴブリンか。珍しいな」


 ルナがグリムを上から下まで見て、ふんと鼻を鳴らした。


「で、こいつは戦えるのか」


「腕が治ればな。元族長だから、それなりに場数を踏んでいるはずだ」


「グリム。オレ、強イ。双剣、使エル」


 グリムが拳を握ってみせた。右腕はまだ副木に固定されている。


「双剣か。片腕じゃ試せないな。治ったら訓練場に来い」


 ルナがあっさり受け入れた。Aランク冒険者は器が大きいのか、それとも種族差にこだわらない性格なのか。


「ルナさん、いいんですか」


「いいも何も、お前が面倒を見るんだろ? なら口出しすることじゃない。ただし」


 ルナがシュウの目をまっすぐ見た。


「お前が信じるなら、あたしも信じる。そいつが裏切ったら、お前の責任だ」


「……わかっています」



 グリムの腕が治えるまで、およそ十日かかった。


 その間、シュウはゴブリンの生態について多くのことを知った。


 グリムの種族、砕牙族は森に住む小規模な部族で、狩猟と採集で生計を立てていた。人間を襲うことは基本的になく、むしろ人間の集落を避けて暮らしていた。


 しかし、ある日、金属鉱脈の噂を聞きつけた人間の傭兵団が森に入り込み、砕牙族の集落を「邪魔だ」として壊滅させた。金目の物を奪い、抵抗した族人を殺した。グリムは族長の紋章だけを持って逃げ、傷つきながら森をさまよっていた。


「人間すべてを恨んでないのか」


「恨ンデイル。デモ、アナタハ違ウ」


「俺も人間だぞ」


「人間ダカラ恨ムノジャナイ。悪イコトヲシタ者ヲ恨ム。アナタハ、助ケテクレタ」


 グリムの言葉は拙いが、論理は筋が通っていた。


 腕が治ったグリムは、約束通り訓練場に姿を現した。シュウが修繕した二本の短剣を手に。


 短剣はグリムが森で使っていたもので、ボロボロの状態だったのをシュウが修繕した。修繕後は切れ味が格段に増し、グリムが目を見開くほどだった。


「コレ……前ヨリ、良イ剣ニナッテル」


「修繕の癖みたいなものだ。直すと、元より少し良くなる」


 訓練場でグリムが双剣を振るうのを見て、ルナが低い声で唸った。


「……速い。身のこなしも悪くない。Cランクくらいの実力はあるな」


「マジか」


「ゴブリンは体が小さいが、その分素早い。双剣の扱いも型がしっかりしている。部族仕込みの実戦剣術だな」


 ガルドが腕を組んでうなずく。


「いい動きだ。俺の拳は当たらんかもしれんな」


「……褒メテイルノカ」


「褒めてる」


 グリムの表情が緩んだ。


 修繕スキルは生き物の怪我を直せない。しかし、壊れた関係を修繕することなら、少しずつできるのかもしれない。ゴブリンと人間の間にある不信感を、ひとりずつ、ひとつずつ。


 その日の夕方、シュウはギルドの倉庫で壁に掛けた紋章のペンダントを見つめるグリムを見た。淡い緑の光が、薄暗い倉庫を照らしている。


「グリム」


「ナンダ、シュウ」


「明日から、一緒に依頼を回ろう。俺が修理を、お前が護衛を」


 グリムが振り向いた。琥珀色の目が、少し潤んでいた。


「……ウン」


 こうして修繕屋シュウの隣に、小さな従者が加わった。


 壊れた紋章を直したことで繋がった縁。種族を超え、過去の悲しみを越えて。


 修繕は、物だけではなく、人と人の絆も繋ぎ直すのかもしれない。


 シュウはまだ、そのことに気づいていなかった。


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