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第三話 名乗る名などありません

「さて、見てくれはどうにかなったわけだが、それだけではリピト家のペットとは言い難い。キミには暫く専属の教師を付けるから存分に学んでくれ」


「……」


「返事は?」


「……はぃ」


 頑なに男の顔は見ず、そっぽを向く私。手と手を握り合わせながらか細い声で返事を返せば、男はそれでも構わないのか、「よろしい」と頷くとそのままくるりと踵を返し歩き出した。私はジッと男を見つめる。


「……何をしてる」


 ふと立ち止まった男が、訝しげな顔でこちらを振り返った。ので、私は首を傾げて沈黙。男は呆れたように私を見る。


「キミは石か何かか? 声をかけずとも着いてくるくらいはしてくれないと先が思いやられるんだが……」


「……」


 無表情で一歩前に出る私。男はそんな私に溜め息を吐くと、「早く来い」と歩行を再開。私は無言で男の後を追いかける。


「一先ず、キミの部屋なんだが……三階の物置き部屋が空いているからそこを使うといい。なに。物置き部屋と言っても整理整頓はされているし一般家庭のワンルームくらいの大きさはある。困ることはないだろう」


「……」


「返事は?」


「……はぃ」


 ポソリと返事を返し、そのまま歩く。そうして長い階段を上って辿り着いたのは、まあまあご立派な扉の前。他の扉と比べるとやや小さく見えるそれを男が押し開けば、この屋敷の豪華さのわりには簡素な作りの部屋が現れた。

 私はぼんやりと目を瞬き、促されるままにそこに踏み込む。


 先程男が言ったように、一般家庭のワンルームくらいの大きさはある部屋。日当たりが良いのか、窓から差し込む暖かな陽射しが眩しく感じる。

 物置き部屋だというのに一切の汚れがないその部屋の中、いつの間に用意したのだろう、ベッドや戸棚があることに違和感を覚えながらチラリと男を盗み見た。男は「不満か?」と不思議そうに問うている。


「……いえ」


 小さく返し、下を向く。そのまま黙っていると、男はジッとこちらを見た後にそっと視線を部屋の中へ。眩しそうに目を細めてから、「一先ず今日は休むといい」と、一言告げて部屋を出ようと歩き出す。


「……おっと、その前に」


 男が足を止めた。何かを思い出したような彼に目を向ければ、「名は?」と問われた。私はつい無言になる。


「……名前だ。名前。それくらいはあるだろう?」


「……」


 少し考え、顔をあげる。そうして真っ直ぐに男を見つめ、私は一言。


「誰かに名乗る名など、私は持ち合わせてはおりません」


 吐き捨てるように、しかし冷淡に答えれば、男は思わずと言いたげに眉間に皺を寄せ腕を組んだ。「名乗る名がない?」と不思議そうな彼に、私はこくりと頷き「強いて言うなら名無しです」と告げた。男の顔が訝しげに歪む。


「……まあいい」


 深くは聞くまいと、男は顔を横に背けた。かと思えば、さっさと部屋を出ていき静かに扉を閉ざしていった。残された私はポツンとそこに佇み、暫くして大きく嘆息。くしゃりと顔を歪め、心の中で「上手くできたか……?」と呟いた。

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