第二話 買われた私
リック・A・リピト。
今や世界を揺るがす三大名家の内の一つ、リピト家の現当主。
若い見た目とは裏腹に、お家を大きくしていったその手腕は然ることながら、彼の表向きな顔は誰もが惚れてしまうほどに丁寧なものだ。
しかし、私は知っている。彼が誰にも、分け隔てなく優しいわけではないことを……。彼の裏の仕事が、血に汚れているということを……。
◇◇◇
ガラガラと、音が鳴る。
高級感溢れる馬車の中、一言も発さず下を向く私の隣、彼はその長い足を組みあわせて座っていた。どこを見ているのか、じっと窓の外に顔を向ける姿を視線だけで認識し、すぐに見ていることが分からないようにと目を逸らす。
「……緊張しているのか?」
いきなり声をかけられ、ビクリと震えた。咄嗟に隣を見れば、こちらへ向けられた男の顔に何故か自然と青ざめる。
「……そう怯えないでくれると助かるんだが……」
困ったように、男は言った。「仮面が怖いのか?」と問うてくる彼からそっと距離を取れば、残念そうに息を吐かれる。
「俺はキミと仲良くしたいんだが?」
「……」
口を噤んでそっぽを向いた。何も言うなと自分に言い聞かせて端の方で縮こまり続ければ、観念したようだ。男は何も無かったかのように再び窓の外へと顔を向ける。
「(……どうなるんだろう、私……)」
彼の怖さを知っている。だからこその疑問。
これからきっと酷い目にあうんだと、そう思考が回れば、忽ちに体が震え出す。
ああ、逃げてしまいたい……。
頭を占めるその一言に、私はそっと震える手を握りしめた。
◇
「お嬢様、良くお似合いですわ。これでしたらリピト家の名に恥じない佇まいとなりますわね!」
「あー、ははっ……はぁ……」
なんか、拍子抜けするな、と私はひとり密かに思った。
名家リピト家に連れられて早速。なぜか使用人に捕まり衣装部屋に連れ込まれた私。何をされるのかとビクつく私を他所、使用人たちは何かを話し合い、あれやこれやと衣装を宛てがっては首を振り、悩んでいた。で、最終的に清楚感溢れるドレスを着せられた私に、彼女たちは満面の笑み。やり遂げたぞ!、と言いたげに額の汗を拭い、互いに親指を立てあっている。
うん、どういうことかな。
「……あ、あの……」
「はい! なんでしょうか、お嬢様!」
「おじょ……うさまはともかくとして……あの、私なんで……」
「? リック様よりお嬢様を丁寧にもてなせと仰せつかっております。お嬢様はリック様のペットですものね!」
「ぺ!!??」
ペットォ!!??、と叫びたい気持ちを押し殺して喉奥でそれを飲み込んだ。そうして怒りに震えれば、使用人たちは不思議そうな顔をする。
「なにかお気に召さないことでもおありですか?」
「……イイエ、アリマセン」
「それなら良かった!」
にっこにっこと笑う使用人たちに頭を抱えたい衝動に駆られた。過去の私はなぜリピト家の使用人たちをリック崇拝者にしてしまったのか……。
まともな奴誰もいねえ、と悩んでいれば、突如扉が開かれリピト家のご当主様がその姿を現した。使用人たちが一斉に頭を下げる中、私はひとりビクリと震え背後の彼から目を逸らす。
「終わったか?」
訊ねられるそれ。
「はい! つい今し方終わりました!」
元気に返事をする使用人を睨んでいれば、彼は「そうか」と一言。ヒョイ、と後ろから覗き込んでくるので、私はサッと顔を背けて下を向いた。
「……なぜ顔を背ける」
「……」
「……はぁ、一体何が不満なんだ? 別に手出しはしていないだろう?」
「……」
無言で口を噤んでいれば、原作我慢の限界がきたらしい。彼は黙る私の肩を掴むと、問答無用で己の方へと引っ張った。思わずよろけた私が彼に凭れながら顔を上げれば、驚いたように見開かれる金色の瞳と視線がかち合う。
私は青ざめ、咄嗟に顔を背けた。
彼はそんな私を凝視しながら、ポツリと一言。
「……やはり似ている」
「え?」
「いや悪い。こちらの話だ」
さっと謝った彼を訝しげに見つめる。そうしてそろりと逃げようとしたところで、彼は言った。「とりあえず教育だな」、と。
「リピト家のペットとして、主人に恥をかかせないように調教しよう」
うすらと笑う男にピクリと眉根が震える。
どんなにお綺麗な顔だとは言え、許されないことだってありますよね!?、と密かに震える私は、なけなしの抵抗でプイッとそっぽを向く。彼はそんな私を面白そうに観察し、何かを思案するように腕を組み、黙って私のことを見つめていた。




