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第一話 異世界転移

 



「──やあ、お目覚めかい?」


 声が聞こえた。それ程低すぎない、心地よい男の声が。


 私は鼓膜を揺らしたその声に反応するよう、うすらと己の瞼を押し上げた。そうして、今何時だろう、と軽く手元を手探り、何も無いことを確認して、嘆息。またスマホ落っことしたかな、と、嫌々重い体を起こしてみせる。


 ジャラリ。


 鎖のぶつかり合うような音が近くで聞こえ、不思議に思いながら意識を現実へ。そうしてようやっと、ココが私の知らない場所であることに気がつく。


 薄暗い、暗い部屋だった。

 周囲には荷物なのか、四角い木箱が幾つか雑に置かれており、顔をあげれば、私自身はなにやら鳥かごのような巨大な物体の中にいれられていることがわかった。思わず大口をあけ停止すれば、「あははっ」と楽しげな声が近場であがる。


「随分と驚いているじゃないか。そんなあなたの顔を見れるとは、まさか夢にも思わなかったよ」


「……だれ?」


「おや、分からない?」


 言って首を傾けたのは、真っ白な男。

 黒いリボンで結ばれた、長さのある白い髪に、白い衣服、白い肌。しかしてその瞳だけが赤く、爛々と輝いているのが、妙に恐ろしく感じて身を縮ませる。

 そんな私に、男はクスクスと笑った。ひどく愉快と言いたげな彼に眉をひそめれば、男は少しした後にこう告げる。


「我が名はヨルドーン。世界創造主初代龍神だ」


「……よるどーん……」


 ひくり、と口端が引き攣ったのが、自分でもわかった。

 男は目を細めて笑んでいる。


「な、なんで、そん……っ」


「なんで、なんて、疑問を抱くことすらナンセンスでは? あなたは分かっているはずだ。何故ココにいるのか。何故こうなったのか。何故、私という神と、対面しているのか……」


 ごくり、と喉が鳴る。と共に、後方から誰かの話し声が聞こえてきた。思わず振り返れば、「時間のようだ」と、男の声。見れば、男は鳥かごの前。柵越しに私を見つめていた。それはそれは、酷く優しい眼差しで……。


「健闘を祈ろう、我が母君よ──」


 穏やかに告げ、ふわり、と消えた男。私は自然と震える体をそのままに、両の手を合わせて下を向く。


「……嘘だと言って……っ」


 これは、現実などではないのだと……。




 ◇◇◇




 ここで、私の話を少ししよう。

 私は三十路も近い、実家暮らしの社会人。趣味はクリエイティブなことで、なにかを生み出すということがとてもとても好きだった。

 中でも私が愛情育てて生み出していた世界がひとつ。大きなストーリーこそないにせよ、大まかな設定がいくつも散りばめられたそれは、『レヴェイユ』と名のつく創作物だった。


 この創作物には、たくさんの登場人物が登場した。

 人からはじまり、狂人、獣族、機械人形や異形の者、それから、神族。たくさんの種族が生きるこの世界は、私の大好きな世界。一度はそう、行ってみたいとも願った世界であった。


 さて、そんな世界に出てくるのが先程の男──ヨルドーン。そう名乗った彼は、私が生み出したキャラクター。そのひとりであった。

 初代龍神。一番はじめに世界を作り出した人物。そして、愛する人を殺され、怒りに飲み込まれた、堕ちた神。


 あの神の逆鱗に触れれば、誰も生きてはいけないと、私は知っていた。それ故に、怯える。このままでは、私は絶望な境遇に真っ逆さま。落っこちていくと。

 いっそ彼が味方であったら良かったのだが、現実はそう甘くないはずだ。くそ、過去の私よ。もっと彼の性格を優しーく穏やかーにしてくれれば良かったのに……!


 悶々と考えていれば、薄暗い部屋に突如として明かりが差した。眩しいそれに思わず片腕で顔を覆えば、「おら、さっさと運べ!」と怒声。なにを、と口を開く前に、ガコンと揺れた鳥かご内で、思わずよろける。


「──お待たせしました皆々様!!! 今宵の最終商品!!! 目玉という程美しいものではないのですが、それでも希少な存在であることは間違いなし!!! ──ご覧下さい!!! 異世界より召喚した、異世界人を!!!」


 ワア!!!、と響いた歓声に目を向ければ、そこに広がるのは人、人、人。何れも独特な仮面を顔に着けたそれらは、片手になにかのナンバープレートのようなものを持ち、私のことを見下げている。


 ぞわりと、鳥肌が立った。思わず大きく震える手を握り合わせて小さくなれば、共に、司会らしき人物が大きな声を発す。


「それではまずは五百万から!!! 五百万!!! どなたかいらっしゃいませんか!!??」


 ぐるりと周囲を見回す司会。それに伴い、所々で札と声が上がっていく。


「五百五十!!!」


「六百!!!」


「七百五十!!!」


「九百!!!」


 競り上がっていく値段。

 現実味を帯びない現実に、私はただ震えることしかできない。

 どうしよう。逃げなきゃ。誰か助けて。誰か。

 祈るように手を合わせ、ギュッと目を瞑った時だ。


「──三億」


 凛とした、低い男の声がこの場に響いた。

 思わず顔を上げた私の視界の端、司会が「さ、三億ぅ!!!???」とびっくり仰天な声を上げている。


「なんだ? 足りないか? なら十億でも百億でも構わんぞ」


「ひゃ!!!???」


 司会が汗をかいた。そして、それをハンカチで拭いながら、声を発した人物を凝視。ギョッと、目を見開き飛び上がる。


「りりり、リピトさまぁ!!!???」


「……りぴ、と……」


 うそだ、と、冷や汗を流し、硬直。その間にも、カツカツと音を響かせ客席より降りてきた男がひとり、鳥のような黒い仮面の下から私のことを静かに見つめ、目を逸らす。逸らされたその視線の先には、司会の男がひとり……。


「──落札で構わないな?」


 否定もなにも許さない。そう言いたげな声を響かせた男の言葉に、司会は涙声に。「ももも、もちろんですっ……」と告げて、今にも逃げ出そうと、何歩か後ろへ下がっていた。

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