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揺蕩うティアマト -星の戦火、地母神の見た夢-  作者: 桐沢清玄


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8/8

epilogue:迷子の故郷へ

 月から地球へと向かう、民間のシャトル。

 私とアーシャは、窓際の席に並んで座っていた。

 ──正確には、ソフィも入れた三人旅。


 端末をテーブルに置いて、チャットで世間話の真っ最中。


 《……ねえ、ソフィ。あんたの会社ってお金持ちだよね? 私たち、なんで民間のシャトルなわけ?》


 《多分、まだ扱いに迷っているんだと思う。あなたが特別なのは、あくまでわたしの都合だもの》


 《なるほどねえ。でも、あんたの頼みを聞くくらいの度量はあるんだ》


 《だってわたし、ずっと人類のために働いてきたのよ? このくらいの役得、許されるべきだわ》


 前線基地の破壊作戦が成功した後。私は自分の会社であるムーンラビットを畳んだ。

 七年、頑張ってきた。……あっという間だったな。


 ティアマトを所有する巨大企業──アナムネシス社のテストパイロット。

 それが、私の新しい仕事。


 世間じゃ、アナムネシス社は“生活に寄り添う優良企業”って顔してる。

 ……まあ実際、間違いじゃない。

 裏じゃソフィが宿るメインサーバーを利用して、色々やってるけど。


 そんな秘密を知ってしまった私を放置するのは、アナムネシス社にとってデメリットにしかならない。

 始末するという選択もあったはず。思ったより、人間味のある企業なのかも。


 何より、給料が桁違い。

 資本主義、最高。


 《……そういえばさ。前にあんたの身の上話を聞いて、思った事があるの。脳波を利用した、精神医療だっけ。あれ、この時代だとやってないわよね? どうしてかなって》


 《それは、わたしが生まれたのが原因ね。……あの時、世間ではしばらく騒がれてたの。厳密に言うと、わたしは人間のクローンみたいなものだから》


 《……どういう事?》


 《あなたの遠い先祖であるエミルは精神疾患を患っていて、複数の別人格を持ってた。わたしはその中に存在した、ソフィという人格のコピー。……これって、凄く危険だと思わない?》


 《……なるほど。悪用すれば、永遠に死なない人間が出来上がるわけね》


 体があるかどうかなんて関係ない。

 そんなのが世の中動かしてるとか──普通に怖いでしょ。


 で、実際ソフィはそれやっちゃってるわけで。

 自分の目的のために、人間を電脳化へと誘導した。


 《わたしに協力してくれる人間は、昔から沢山いたわ。わたしを神様みたいに扱ったりして。……でも、みんな死んじゃったり、いなくなるの。ずっと寂しかった。家に帰りたかった》


 子供だけど、誰より生きてきた彼女。

 体が無いから病気も無い。死なないし、正気を手放す事も出来ない。

 ソフィのようになりたいかと言われたら、私はそんなの御免だ。

 

 《……だからね、ミカエラ。わたしはこれから、ちゃんと罪滅ぼしをしていくつもり。もう、願いは叶ったから。この世界のみんなに、幸せになって欲しい》


 神様であり、小さな女の子でもある。

 それが彼女の決めた事なら、そうするのが正しいんだろう。

 ──でもさ。


 《偉いじゃん、あんた。でもこの先、罪滅ぼしだけで生きてくなんて辛いでしょ? なんか他に、新しい目標作るってのはどう?》


 《……いいのかしら? わたしなんかが、そんなの……》


 《別にいいでしょ。例えば、アンドロイド関連の技術とか。人間の五感を再現出来たら、チョコもアイスも美味しいって感じられるんじゃない?》


 《……ふふっ。確かに、魅力的な話ね》


 《今の世の中には、所有するアンドロイドを本当の人間みたいに扱う人もいるからさ。案外、需要あるかもよ?》


 そういう奴らからしたら、私みたいな存在は許せないと思う。

 アーシャの事、めちゃくちゃ酷使してるし。

 ……便利だから、しょうがない。


「ミカエラ。地球到着まで、まだ時間があります。少し、仮眠を取ってはいかがでしょう」


「あー、確かに。一応寝とくか」


 民間警備会社を初めてすぐに、アーシャが支給された。

 あの頃、私は電脳化してなかったし、多様性云々が理由だと思ってた。

 でも結局、私を守る為にソフィが手を回したというのが実際の理由だった。


 アーシャのAIは自己保全と、所有者である私の死亡率低下に繋がると判断して、ソフィを受け入れた。

 人を守る仕事をやってたつもりが、この世界の神様みたいな存在に守られてたっていう。

 全く、皮肉な話ね。


 《じゃあ、わたしもちょっと寝ようかしら。おやすみなさい、ミカエラ》


 《えっ。あんた、寝る必要あるの?》


 《昔、そういうプログラムを組み込んでもらったわ。その方が、人間っぽいでしょ?》


 そうなんだ。

 なら、三人仲良くおねんねしましょ。


「アーシャ、あんたもスリープモードにしといて。バッテリー節約ね」


「了解しました。地球到着予定時間の30分前に、スリープモード解除を行います」


 シートを倒して、目を閉じる前に。

 右手のブレスレットを撫でた。


 月を抱いたウサギのレリーフが刻まれた、小さなブレスレット。

 ムーンラビットのみんなと作った、大事な宝物。


(……ずっと、忘れない。私だけは)


 ……うん。湿っぽいのは終わり。

 新しい職場──そして何より、重力と空のある星。

 まるで小さい頃、遠足に行く前日の夜みたいな、そんな気持ちに包まれながら。


 私たちは、静かに眠りへと落ちていった。 

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