#05 迷子の地母神、還る
混乱して、頭が上手く回らない。チップは抜いてるのに。
ソフィと名乗った存在は私の手を握って、ぶんぶん振り回した。
よく分かんないけど、とにかく喜んでる。
なんだろう、まるで──小さな子供みたい。
「……あっ、そうだ。ミカエラ、チョコレートバーちょうだい」
「えっ? ……ああ、うん。はいどうぞ」
操縦席の小物入れからチョコレートバーを取り出し、渡した。
ソフィはびりびりと勢いよく袋を破り、むしゃむしゃと食べ始めた。
コクピットが甘ったるい匂いで包まれる。
「……味、分かんないでしょ?」
「うん。でも、子供はお菓子が好きだから。それと、これ」
彼女はパイロットスーツのジッパーを下げ、内ポケットに手を入れた。
小型の薄い金属ケース。それを私に差し出した。
中を確認してみると、チップが入っていた。
……多分、電脳化に使うやつ。
違和感が凄い。
普段のアーシャは無表情に設定してたから、同じ声で話す目の前の彼女にどう対応すればいいのか。
とりあえず、話を聞くしかない。
「そのチップを使えば、ティアマトのメインサーバーとリンク出来るわ」
「……はあ? いや、チップ無しでも、この機体はティアマトと……」
「あなたたちが使ってるティアマトは偽物よ。本当の私なら──ジェフティなんか、相手にならない」
「……ごめん。いきなり出て来て、そんなこと言われてもさ。ソフィって言ったわよね? あんた結局、どういう存在?」
「こんな状況だけど、知らないと納得出来ないわよね。……なるべく分かりやすく、説明するから」
笑ったり、物憂げになったり、真剣になったり──表情がころころ変わる。
アーシャって、こんな顔が出来るんだ。
……いや、今はソフィか。面倒くさ。
彼女の口から出て来た言葉を、ひたすら頭の中で整理していく。
気の遠くなるような、長い年月。ソフィという存在は、自分自身のある目的のために人類を導いた。
そういう話。
「……つまりあんたは──そのエミルってガキの血が流れた人間と同化するために──AIになりすまして人類の電脳化を誘導した黒幕──って事?」
「うん。……わたしのこと、嫌いになった?」
「……」
……こいつが。
こいつさえ、いなければ。
拳を握りしめて──力が抜けた。
怒りの言葉も、喉元で引っ込んでしまった。
(……そっか。この子、ただの迷子なんだ)
人間のエゴと、科学や医療技術。
そんなもんの寄せ集めで、ソフィは生まれた。
人類の、溜まりに溜まったツケ──みたいなものかも。
なら、私がやるべき事は?
……ま、やることは変わんない。
私は私のままでいい。
ただ、受け入れるだけ。
新しいチップを差し込み口に入れ、もう一度世界と繋がった。
「お帰り、ソフィ。お姉さん、今からちょっと戦ってくるの。手伝ってくれる?」
「……うん。ただいま、ミカエラ」
ソフィを抱き締めた。
──不思議だ。頭の中にはチップがあるのに、ノイズが無い。
これが本来のティアマト。ソフィの演算能力。
「じゃあ、わたしはディアメーテルの中に入るわ。……ちょっと待ってね」
アーシャの体が止まった。
まるで、バッテリーが切れたみたい。
数秒後──スピーカーから声が聞こえた。
子供の女の子っぽい声。
……ああ。
なんか、『ソフィ』って感じ。
『どう? 聞こえる?』
「ええ、問題無いわ。……アーシャ、あんたは大丈夫?」
「はい、ミカエラ。問題ありません」
後部座席を振り返ると、アーシャは口の周りに付いたチョコレートをハンカチで拭き取っていた。
……いつもの無表情、やっぱその方が落ち着くわ。
「ソフィ、戦闘時の役割を決めましょう。私は何をすれば?」
『そうね……サブウェポンの使用と……じゃあ、ミカエラの血流コントロールをお願い出来る?』
「了解しました。ミカエラ、少し失礼しますね」
「ええ。私の体、あんたに任せた」
アーシャは右腕からコードを延ばすと、私のパイロットスーツに繋いだ。
これで普段より、もっと緻密な血流コントロールが可能になる。
……つまり、もっと速くなる。
それくらい、耐えてみせる。
「んじゃ、やろっか。……ちょっとだけ、味方の援護するわね」
『作戦終了後のことを考えたら、悪くない考えだと思うわ。生存者は多い方がいい』
ヘルメットを被り、シートベルトを固定した。
首を後ろに捻ると、アーシャからOKのサイン。
操縦桿を前に倒して、背部のスラスターを全開させた。
(……っ!! とんでもないスピードっ……でも、これなら!)
戦場の端から、一直線に中央へ。
味方側が押されてる影響もあって、上手い具合に敵の背後を取ることが出来た。
「ミカエラ、シャルグは使いますか?」
「まだ温存、バルカンでなんとかして!」
一気に加速して、背後からビームブレードで一刀両断。
近くの敵HIVEが振り返る前に、アーシャがバルカンをお見舞いした。
弾の口径が上がってるから、これだけでも十分な破壊力だ。
『もう少し、倒してから行きましょう。ミカエラ、ちょっと準備運動させてね』
「もちろん! お手並み、拝見させてもらおうじゃないの」
ソフィに操縦を預けた。
敵は急に現れたディアメーテルに対して、応戦を試みる。
けど、相手の新型兵器は既に弾切れ。通常武装だけじゃあ分が悪い。
アーシャ以上の無茶な挙動で敵に近づき、コクピット部分にビームショットガン。
半分になった機体を盾にしながら、別機体に急接近。ビームブレードで細切り。
その隙を敵が狙う。ソフィは背後からのビームブレードをくるりと回転、回避。
踵から伸びたビームネイルが、コクピットを貫いた。
『ミカエラと私で、合計5機。それじゃ、前線基地を破壊しに行きましょう』
「……なんか戦い方、荒っぽくない?」
『あなたを真似してみた。こういうやり方も、結構楽しいのね』
「へえー……見せつけてくれるじゃない」
司令部に戦線復帰を伝え、その場を離れた。
なんかごちゃごちゃ言ってたけど、囮になってくれるってさ。
つーわけで、さっさと終わらせちゃいますか。
攻撃目標に近づくと、5機のフルスペックHIVEが見えた。
ま、そんな簡単にはいかないわよね。
「ミカエラ、注意してください。敵HIVEの1機、大口径のビームライフルを装備しています。リンダ機を撃破した機体と思われます」
……アーシャのやつ、煽ってる? 違うだろうけどさ。
とりあえず、デザートはそいつに決定。
「ソフィ! もっと下品な戦い方、お姉さんが見せてあげる! アーシャ、突っ込むからバルカンとシャルグで援護お願い!」
「了解しました」
『本当に危ない時は、こっちで回避するわ』
ディアメーテルの突撃に素早く反応し、敵HIVEは無数の小型兵器を飛ばした。
こっちは6基のシャルグとバルカン、ビームショットガンで迎撃しつつ接近。
数ではこっちが不利。けど、こっちのAIはメインサーバー使用のティアマト。
ジェフティなんかじゃ、勝負にならない。
頭がチカチカする。頑張れ、私のパイロットスーツ。
「……おおおおりゃああああ!!」
ビームブレードを上段から振り下ろし、まずは1機。
沈めた1機を別の1機に向けて蹴飛ばし、そのまま一緒に袈裟切り。
ブレードを放り投げ、二丁のビームショットガンを構えた。
他の2機を粉々にして、残りは1機。
「くたばれえええええええええっ!!!!」
ショットガンを捨て、襲い掛かる。
ディアメーテルの右手を手刀の形にして、ビームネイルでコクピットを串刺しにした。
これで5機撃破。前線基地は丸裸になった。
距離をとって、背部のドッキングを解除。
ウシュムガルを構え、機体の核融合炉に接続した。
『ウシュムガル、エネルギー充填開始。高速充填モード』
モニターに映る、充填のパーセンテージ。
周囲の警戒も怠らない。
『──充填完了。ミカエラ、いつでも発射可能よ』
「ウシュムガル──発射」
トリガーを引いた。
銃口から赤い粒子砲が放たれる。
そのまま、ゆっくり横へ薙ぐ。
前線基地には穴が空き、カモフラージュのジオラマごと溶けていく。
ウシュムガルから伝わる振動。
かたかたと音を鳴らすディアメーテル。
連鎖爆発が起きて、基地は分裂した。
……作戦成功、ね。
「ムーンラビットより報告! 攻撃目標の破壊に成功! これより、友軍へ合流を図る!」
『おおっ、でかしたっ! 可能ならそのまま殲滅! 手土産は多い方がいい!』
上機嫌の司令官に呆れつつ、友軍と合流した。
前後から挟み撃ちにされた火星の戦力は全滅。
こっちの損害も大きかったけど、勝ちは勝ち。
喜びにはしゃぐ無線がうるさかったので、通信は切った。
帰りの操作をソフィに任せて、操縦席でだらけていた。
『……ねえ、ミカエラ。これからどうするつもり?』
「……分かんない。会社、私一人になっちゃったし」
これから、どうすればいいんだろう。
また……仲間を死なせるの?
「ソフィ、約束を果たす時です。私の所有主であるミカエラは、新しい職場を求めています」
「……約束? なに、あんた。……もしかして……私に内緒で、ずっとソフィとやり取りしてたの?」
『そうね、アーシャ。その辺りについて、あなたたちに提案があるの。帰ってから話すわ』
「了解しました。いいお話を期待しています」
こいつら、無視しやがった。
最近のAIとアンドロイドって、こんなもんなの?
……ううん、こいつらが変なだけ。
溜め息をついてから、私はチョコレートバーをかじった。




