#03 喪失と決断
偵察任務は、犠牲を払いつつも成功した。
犠牲者の親との問題についても、驚くほど早く片付いた。
私たちを守ったのは、この世界を牛耳る二つの巨大企業。
多少デカい会社が束になっても、どうにもならない。
責任を追求されるどころか、火星の情報を持ち帰ったムーンラビットは賞賛された。
みんなやっぱり、自分の命は大事って事よね。
その対価として、ムーンラビットのHIVEは改修作業を受けることとなった。
……まあ、なんか私の機体だけ地球行きだけど。
とりあえず、今より戦えるようになるならそれでいい。
仕事道具を預けてるから、当然ながら仕事には行けない。
それぞれ自宅で過ごしたり、会社に集まってシミュレーションルームで腕を磨いたり。
そんな、穏やかな日々。
「ミカエラ、この洗濯物はどこにしまえばいいですか?」
「んー? 左側の、下から二番目の引き出し」
あの依頼があった日から、二週間が過ぎようとしていた。
だらけきった私は、家事の全てをアーシャに任せてくつろいでいた。
(夕飯、またデリバリーにしよっと)
端末を操作してメニューを選んでいると──
振動を感じた。
それと、音。
「……っ!!」
ソファから跳ね上がった私は、ベランダに飛び出した。
煙が上がり、サイレンが鳴っている。
SNSをチェックすると、どうやらテロが発生したらしい。
アーシャにテレビを付けてもらうと、ニュースの速報が流れていた。
端末が鳴る。通話の相手はエヴァンだった。
嫌な予感を振り払いながら──通話に出た。
「社長!? そっちは無事ですか!?」
「うん。こっちは大丈夫。……あんたたちは……?」
「……ボリスが…………」
「そっちに行くから!」
そこで通話を切った。
パーカーだけ羽織って、アーシャと外に出た。
比較的近い場所で、現場にはすぐ辿り着いた。
警官とパトカー、救急車。
軍関係者も動員され、物々しい雰囲気。
メディアの連中をかき分けながら、周りを見渡す。
「……エヴァン、ピエトロ、リンダ!!」
憔悴しきった彼らに駆け寄ると、体のあちこちに傷が出来ているのが分かった。
既に手当を受けた後で、見た目的には大きな傷は無さそう。
「……ボリスは? あいつも一緒にいたの?」
びくりと体を震わせたリンダ。
そんな彼女の背中に手を添えながら、ピエトロが口を開いた。
「……来週、社長の誕生日でしたよね? 俺たち、四人でプレゼント選びに来てたんすよ。……でもいきなり、近くの店が爆発して……あいつ、それに巻き込まれて……っ」
数年前から、街中で火星の現状を訴えている団体。
やり方がどんどん過激になっていって、存在が疑問視されていた。
──ここまで、やるか。
「……俺たち、事情聴取とかもまだあるので……。社長も、気を付けてください」
「……分かったわ、エヴァン。落ち着いたら、また連絡して」
いつも明るくて、意外にお洒落好きで。
入社当初、失敗ばかりのリンダを励まして、シミュレーションに付き合ったり。
それが、ボリスだった。
もう……いない。
自宅に帰るまで、何を考えていたかよく覚えていない。
多分、これは怒り。
憎しみといってもいい。
ベッドに座り込んで、膝を抱えた。
そんな私を気遣っているのか、アーシャが隣に座った。
「……あんた、いっちょ前に慰めるつもり?」
「いいえ。初期設定の際、『こういう時はほっといて』と行動指針を与えられましたので」
「あっそ。……相談、乗ってくれる?」
「はい。話したいことがあるのでしたら」
顔を上げて、アーシャと目を合わせた。
火星の奴らがその気だったら、私も覚悟を決める。
「……私さ、電脳化の手術しようと思うの。もう、うちの社員……誰も失いたくないから」
「合理的な選択です。ですが、あなたの戦闘スタイルに電脳化が加わった場合──パフォーマンスの低下が起こる可能性が高いと思われます」
「じゃあ、やらない方がいい?」
「術後、十分に訓練を行えば、パフォーマンス低下は解消されるでしょう。ただ、訓練にどの程度時間が必要になるか。これが未知数かと」
「一応、合わないならチップを抜いて、今まで通り戦えるみたいだからさ。……それなら?」
アーシャは目を閉じて、しばらく電脳化の記事について検索しているみたいだった。
まだ怖いし、迷ってる。
それでも、何もせずにはいられなかった。
「様々なケースを想定した結果、電脳化自体は問題無いと判断します。もしもの場合を考え、医療ミスに詳しい弁護士を用意することをお勧めします」
「……あははっ! そういうの、笑えないから」
「ミカエラ、冗談ではありません。あらゆる事態に備えるのは当然です」
エヴァンたちにもすぐに連絡して、しばらく休業することにした。
電脳化の専門医に手術の意思を伝えると、名残惜しそうに日程を決めてくれた。
……そっか。もう私、普通になっちゃうんだ。
でも、これでいい。
これが私。私の選択だから。
手術が終わって、一週間。
日常生活はともかく、大事なのは仕事への影響。
社員のみんなにも協力してもらって、シュミュレーションルームに籠もっていた。
「やったー! 社長に勝ったー!」
「……嘘だろ? リンダが勝つ日が来るなんて……」
ヤバい、頭の中ぐちゃぐちゃ。
余計な情報が多すぎる。
「あんたたち、こんな状態でよく戦えるわね……。次、ピエトロお願い出来る?」
「了解っすー!」
今度は、なんとか勝てた。
でも毎回、消耗が激しい。
「そろそろ休憩しましょう。社長、ここ最近ずっとシミュレーションやってますから……。疲れも溜まってると思います」
「そうね、エヴァン。ちょっと外の空気吸ってくる。アーシャ、行くわよ」
社内の自販機でコーヒーを買ってから、会社前で胡座をかいた。
上を見上げても、生憎ここは月面都市。
空を眺めて気分転換なんてのは、夢のまた夢。
「……電脳化、失敗したかもなあ」
「手術は成功しています。戦闘に関しても、データを分析するに悪くないかと」
「そりゃまあ、このまま時間かければ何とかなるかもしれないわよ? ……問題は火星の連中。あいつらは待ってくれないでしょうが」
端末を操作して、地球から送られてきたデータを眺める。
改修だと手間が掛かるらしく、新しい機体をプレゼントしてくれるそうだ。
もちろん、戦闘ログの提出が条件だけど。
HIVE-00 Codename: 《DIAMETEL》。
現行機のHIVEは第5世代だから、型番的にこれは……試作機?
性能は型落ち、なんてのは勘弁して欲しい。
「名前の読み方は《ディアメーテル》。アーシャはこの名前、由来は分かる?」
相棒は動きを止めて、ネットの海に潜った。
「──検索結果によると、バビロニア神話のティアマトの別名が由来として考えられます」
「……そりゃまた、ご大層な名前で」
もっとも、武装兵器のデータを確認すると──明らかに最新式なのが見て取れた。
あの時、火星側のフルスペックHIVEが使用していた新型兵器。
それがディアメーテルの基本装備。
なら武装に合わせて、機体の方も最新型ってのが道理ってもんでしょ。
(怖すぎ。これってつまり、そういう事よね?)
口に出すのも恐ろしい事実。
……まあ、使えるものは使うだけだ。
私は立ち上がってから、後頭部に手を回した。
そこにはチップを守る人工皮膚。
──このノイズだらけの世界に、ちゃんと向き合わないと。
残りのコーヒーを飲み干して、シミュレーションルームに戻った。




