#02 アルテミスの日常
アルテミスへ帰投した私たち5機のHIVEは、軍の修理用ドッグへ格納された。
民間人に対する、不躾な視線がちらほら。
「……相変わらず、感じ悪いな」
「だな! ……ったく、腰抜けのテメエらの代わりに戦ってやってんのによ」
エヴァンとボリスは携行食を貪りながら、ぐちぐち言い合っていた。
ピエトロとリンダは整備員と談笑中。世渡り上手なのは結構。
「まあ、しょうがないでしょ。『市民を戦闘に駆り出すな』っていう連中がいるんだし。んじゃ、ウチらはなんなの? って話だけど」
胡座をかいた二人に混ざって、チョコレートバーに手を伸ばした。
疲れた後には甘い物よね、やっぱ。
(この都市の連中は、命の代わりに“働きやすい環境”をくれた。機体の修理に金が掛からないのは、正直助かってる)
それでも、出せる金額にも限度がある。
税金の使い道に文句を言う権利は、あって当然。
HIVEの基本は復座式。
前に人間、後ろにアンドロイド。
そこにAIサポートまで乗せて、ようやくフルスペック。
……まあ、全部使える奴なんて、金持ちのガキか正規軍だけ。
「……そういえば、社長って電脳化してないですよね? あのおっさん達が言ってたみたいに、自然派なんですか?」
「いいんじゃね? 俺らより強いんだし」
「あー、まあねえ。別に、そんな大層な思想がある訳じゃないけどさ。なんか、こう……怖いじゃん」
「なるほど。でも普段、ちょっと不便だったりしません?」
「俺も子供の頃から電脳化してたし、今さら無しには戻れねえなあ」
「使わないなら使わないで、やりようがあんのよ。……ほら、アーシャ! こっち来なさい!」
相棒のアンドロイドに声を掛けると、整備中のHIVEを見つめていた。
少し遅れて反応したアーシャは、私たちの所へやって来た。
「何かご用でしょうか、ミカエラ」
「うん、ちょっと呼んでみただけ。……あんた最近、妙に反応遅い時ない?」
「現時点では、機能異常は検出されていません」
「……ホントに? まあ、あんたはタダで手に入ったし、そんなもんなのかな」
この時代じゃ珍しいらしい。
電脳化もしてない、生身の人間。それが私。
アーシャの正式名称──ASTRA-series TYPE08。
多様性を尊重するという理由で、サポートユニットとして与えられた。
結構こき使ってるけど、文句も言わないし便利な奴だ。
「……おーい、ミカエラさーん! ちょっと来てくれー!」
いつも世話になってる、若い整備員のお兄さん。
最近、恋人が出来たとか。……ちっ、タイプだったのに。
イケメンの汗水流して働く姿に癒やされつつ、彼の元へ駆け寄った。
「なになに、どしたの?」
「なんか、ミカエラさんの機体、動きが不自然っていうか。……もしかして、またシステム切り替えました?」
「あっ、うん。ごめん、言い忘れてた」
「やっぱりかあ! ティアマト……確か、1500年くらい前からあるAIでしたっけ?」
「ヤバいよね。どんだけ生きてんだ、あの化石AI」
「いやいや……それを使いこなすミカエラさんもどうかしてますって! この世界、ジェフティに支配されてるようなもんですからねえ」
工具箱の上に置いてある彼の端末から、機械音声。
……ああ、いつものやつか。
『僕たちジェフティに、全部まかせてよ! ティアマト? あんな旧式のおばあちゃん、もう時代遅れさ!』
相変わらず、口悪いなあ。でも性能はいいんだよね。
シェア率、それが全て。
「そんじゃまあ、いい感じにやっといてよ。いつもありがと」
「了解です! いつもアルテミスを守ってくれて、こっちこそ感謝ですよ」
エヴァンたちの所に戻ると、ピエトロとリンダも合流していた。
……んん? なんか、アーシャの口元……汚れてない?
「……あっ! ねえちょっとあんたら! アーシャにお菓子食べさせたでしょ!?」
「アストラシリーズ、確か飲食可能でしたよね? 本人の意思を尊重したっすー」
「アーシャちゃん、どうしても食べたいっていうのでえ……」
「持ち主の意思を確認しなさいよ!? 洗浄とか、マジで面倒なんだからさあ……」
口の周りをチョコまみれにさせたアーシャ。
いつも無表情なのに……なんだか、笑ってるように見えた。
「ミカエラ、医務室に行きましょう。この施設で器官内の洗浄を行えば、金銭的リスクはありません」
「この馬鹿! 軍の連中が聞いてるってば!」
そんな私たちの勝利の宴は、笑顔の兵士により終わりを告げられた。
めっちゃいい笑顔。でも、こめかみがピクピクしちゃってるやつ。
はいはい、ごめんなさいね。
それから、数日後。新しい仕事が入った。
依頼書を見て、思わず二度見した。
まず、ジェフティを擁する《JEHUTY FOUNDATION》。
そして、ティアマトを生み出した系譜を持つ《ANAMNESIS CORP.》。
どちらも巨大企業だ。この合同依頼、失敗は許されない。
HIVEに乗った私たちは、普段は滅多に近づかない宙域を飛んでいた。
『……火星の前線基地かあ。ホントにあったら大変っすよね。再確認すけど、戦闘になりそうな場合は?』
「依頼内容は偵察だけ。戦闘は可能な限り避けて、情報を持ち帰る。分かった?」
『俺たちは社長に躾けられてるけど……向こうはどうですかね』
『確かにー。……お金持ちのお坊ちゃんたちみたいですからねえ』
今回の任務、同業者が厄介だった。
有力企業の社長の息子、娘の仲良しサークル。
一応、登記上は民間警備会社らしい。
フルスペックのHIVEに乗った6人。
まるでピクニック気分で、無線は笑い声だらけだった。
「……そろそろ、調査区域に入るから! そっちのお坊ちゃんたち、気を抜かないでね」
『分かってるって、おばさん! 俺たちのこと、しっかり守ってくれよな』
『そうそう! 頑張って稼いで、もっといいHIVE買いなよ』
おばっ……!?
これでも私、まだ20代後半なんですけど……!?
一度、深呼吸。
ガキの戯れ言、気にしちゃいけない。
「帰投後、アンチエイジング関連情報を収集します」
「……ガキどもをぶっ飛ばす前に、まずあんたをスクラップにしないとね」
問題の調査区域についてから、二手に分かれて偵察した。
この辺りはデブリや小惑星が多いから、確かに前線基地を隠すにはうってつけだ。
そんなもん、無い方がいいに決まってるけど──そうはいかなかった。
『……社長、あそこ。座標と映像送りますね』
真剣な声色のリンダから送られた映像には、小惑星が映っていた。
……けど、よく見ると違う。
あちこちから金属の表面が露出していて、カタパルトデッキも見える。
サイズ的にも、HIVEが利用出来そうだった。
「……最悪。でもまあ、情報は手に入った。さっさと──」
『よーし! やるぞお前ら!』
『おっけー! 最新型の性能、試してみようぜ!』
撤退の準備に入ろうとした時……それは起こった。
同行していた、6機のフルスペックHIVE。
敵の前線基地を目掛けて、スラスターを全開させた。
『はあっ!? おいガキども、何考えてる!!』
『……ありえねえっ!! あいつら、大馬鹿だろ……!!』
エヴァンとボリスが喚く中、敵側に動きが見えた。
カタパルトから10機のHIVEが飛び出し、こちらに向かってくる。
『へへっ、これでも食らいな!』
先行する6機のHIVEは、ミサイルランチャーを一斉掃射した。
相手が無人機なら、それなりに効果があるはず。
けど──。
敵のHIVEから射出された、無数の何か。
こちらのミサイルは、多角的なビーム攻撃により、全て打ち落とされてしまった。
明らかに強化された演算能力。
ゆっくりと展開するその動きに、ほんの僅かな乱れがあった。
その動きで確信した。
全身の毛が逆立つ。
「無人機じゃない!! フルスペックの有人機だ!! おまけに新型装備付き……!!」
まずい、全滅する。
私たちムーンラビットは機体を翻し、アルテミスへ向けて退却を始めた。
『き、聞いてないぞ! こんなのっ──!』
先行していた6機。その中の1機が爆散した。
パニックになるお坊ちゃんたち。
──悪いけど、的になってもらうわよ。
『しゃ、社長!? あの子たち、どうするんですかあ!?』
「んなもん、見捨てるに決まってんでしょ!? 馬鹿は死ぬ、それがこの仕事なんだから!!」
生き残っても、その後が地獄だ。
あのガキどもの親、責任問題、企業圧力……。
考えるだけで胃が痛くなる。
(……ここで一緒に死んだ方がマシかな? でもそんなの、プロの死に方じゃない)
退却途中、運良く別の警備会社に拾われた。
それで、なんとか生き延びた。
多分、これからアルテミスの在り方も変わっていく。
ムーンラビットの問題は──依頼先に泣きつくしかない。
ほんっと、退屈しない仕事ね。




