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きつねになったレモン

作者: 六福亭

 あるところに、年をとった魔女がいました。魔女はくだものが大好きで、小さな家のまわりの広い果樹園で、リンゴやさくらんぼ、かきにすいかにぶどうにレモンと、いろいろなくだものを育てていました。収かくしたくだものは、自分で食べるほか、ジャムにして町で売ることや、たまたま近くにやってきた人に分けてあげることもありました。


 けれども、魔女はだんだん立って歩くことがむずかしくなり、自分が天国に行く日が近いのだと気がつきました。そこで、杖をついてたいせつな果樹園に行きますと、手塩にかけて育てたくだものの木にむかってこう言いました。


「わたしの大事な子どもたち! もうわたしは、お前たちの世話をしてやることができないんだよ。だから、軽やかに走る足や、つばさをあげよう。わたしからお前たちへの、最後の贈りものだ!」

 そして魔法の杖を三度ふると、くだものの木はみな、動物のすがたにかわり、きょとんとしていました。

 

 たとえば、リンゴははつらつとした犬に。

      さくらんぼは小さなやまねに。

      かきはりっぱな角をもったシカに。

      すいかは堂々とした王者のライオンに。

      ぶどうは美しい歌を歌う小鳥たちに。

      ももはふわふわのうさぎに。

      キウイはめずらしいキーウイに。

      そしてレモンは、金色のしっぽが見事なきつねになりました。


 おたがいに顔を見合わせ、わんわん、がおがおとおしゃべりをする動物たちに、魔女は笑いかけました。

「これからは、お前たちの好きなところにお行き。何でも、やりたいことをするといい。お前たちは、自由なのだからね」


 こうして、くだものだった動物たちは、今まで住んでいた果樹園を旅立ちました。みな、魔女と二言三言お別れの言葉をかわしたり、キスをしてから思い思いの方向へ走って行きます。


 けれど、レモンのきつねだけは、その場に残っていました。

「レモンや、お前もどこへでも行っていいのだよ」

 レモンは、魔女の言葉に首をふりました。

「ぼくはおばあさんのそばにいたいよ。どこへもいきたくない」

 それを聞くと魔女は、きつねを抱きしめ、言いました。

「それでも、ここを出なくちゃいけないよ。わたしはもうお前のめんどうを見ることができなくなるのだからね。いいかい、レモン。さびしくなったら、夜空を見上げてごらん。北の空にいつも光る、動かない星が、わたしだ。どうしてもこまったら、たった一度だけ助けてあげる」

 ねがいごとは、たいせつに使いなさい__と、魔女は甘えんぼうのレモンにしっかりと忠告します。レモンはしんけんな目をして、何度もうなずきます。魔女はにっこり笑いました。

「お前がどこへ行こうと、わたしはいつでも見守っているよ」


 レモンは、悲しくてこんこんとなきました。けれど、魔女を困らせたくなかったので、よく分かったふりをして、キスをしてからとぼとぼと歩き出しました。魔女は空っぽの果樹園の前で、いつまでもレモンを見送っていました。



 

 果樹園を後にしたレモンがさいしょにやってきたのは、りっぱな町です。そこでは、きれいな服をきた、お金もちのしんしがたくさん住んでいます。彼らがかっている犬や猫は、毎日おいしい食べものをもらっているので、みなつやつやとした毛並みで、元気そうでした。


 ここは楽しいところみたいだ。そう思ったレモンは。近くを通りかかった男の人にじゃれつきました。

 ところが、くるりと振り向いた男の人は、レモンを見るなり血相をかえて、犬たちをよびました。かけつけてきた犬たちは、わんわんほえたてながら、レモンにおそいかかります。

「おばあさん!」

 思わず魔女を呼びましたが、助けの手は差し伸べられません。かわりに、犬がいっそうおそろしい顔をしてみせただけでした。

 レモンはあわてて逃げましたが、犬はどこまでも追いかけてきます。走って走って走って、いつしかレモンは大きな森の中に来ました。


 けものよりも木や草花の方が多いその森はうすぐらく、しんと静まり返っていましたが、レモンはほっとしました。ここの方が、町よりも安心できます。追いかけてきた犬たちはやっとあきらめたのか、影も形もありませんでした。


 レモンは、背の高い木々の周りをはね回ります。かつてくだもののなる木だったレモンにとって、そこにいる木々は友だち同然です。けれど、いくらレモンがこんこんと話しかけても、だれも返事をしてくれません。とうとうつまらなくなって、レモンは森を出ていきました。


 

 それからしばらくあてのない旅をして、レモンがたどり着いたのは、海べでした。森の中とはまったくちがう、しょっぱい香りがします。

 のどがかわいていたレモンは、はてしなく広がる海と、白い雲のような波を見て、のどを鳴らしました。ここ最近、果樹園で魔女からもらっていたような清らかな水をのむことができず、つまらない思いをしていたのです。


 白い砂浜に足あとをつけながら、レモンは一目散に波打ちぎわまでかけていきました。そして、いきおいよく海の水に口をつけました。

「ぺぺぺっ! 何だこりゃ!」

 レモンは、はげしくむせながら、飲んでしまった海の水をはきだしました。みなさん、お分かりですね。海の水は塩辛いから、とても飲めたものではないのです。


 そうと知らなかったレモンは、しょっぱい水を思いっきり飲んでしまったのでした。ひとしきり口の中のものをはきだした後、レモンはぐったりとつかれ、引き返していきました。


 そのころ、果樹園のそばの小さな家で、魔女が静かに息をひきとりました。果樹園のまわりにいたぶどうの小鳥たちが、あちこちに行った果樹園の仲間たちに、悲しいお知らせを届けました。レモンも、もちろんそれを聞いて、あわてて果樹園に帰りました。


 くだものたちは、魔女と最後のお別れをしました。それから、久しぶりに顔を合わせた友だち同士で、自分が今何をしているのか、語り合うことになりました。


 たとえば、犬になったリンゴは、すばしっこさとゆうかんさ、まじめさをひつじかいにみこまれ、ひつじのむれを守る仕事をもらいました。甘いにおいがするリンゴはひつじからも好かれて、毎日たのしくすごしています。

 やまねになったさくらんぼは、森の中で、小さななかまとともになかよくくらしています。もうすぐさむい冬がくるので、冬ごもりに入る前に、おいしいものをおなかいっぱい食べるパーティーをひらくつもりです。

 甘いかきだったシカは、山の王さまとしてそんけいされていました。くまやおおかみも、シカのりっぱな角をおそれてにげだすくらいなのです。けれどもシカは決していばったり、わがままにふるまうことはなく、ほかのどうぶつたちへの思いやりをいつも忘れません。

 すいかは、とてもきれいなめすのライオンとけっこんして、広い草原でのびのびとくらしています。こどもも、もうすぐ生まれるのです。おくさんにしかられるから、早くなわばりに帰らなくちゃと、照れながら言いました。

 ぶどうの小鳥たちは、町や森の人気者でした。毎朝だれもが彼らの歌で目を覚まし、一日の終わりには彼らの子守唄をききながら眠りにつくのです。小鳥たちの歌をきくと、みんな楽しい気持ちになりました。そのうえ、彼らはどこにでも飛んでいくことができるので、おどろくほどたくさんの友だちがあちこちにいました。

 ももは、あるお百姓さんの家でくらしていました。お百姓さんは、畑のほかに古いももの木をもっていましたが、ついぞ実がなったことがないのを悲しんでいました。そこでもものうさぎが、木がよろこぶ土や水のあげかたを教えてやり、甘くて大きなももを実らせるお手伝いをしたのでした。

 キウイは、魔女の使う魔法をよく覚えていて、あちこちの町や山を渡り歩いては、時々魔法を使って、こまっている者を助けました。そうして今では「小さな先生」とよばれ、向かう先々で人気者です。でも、キウイは、あまり自分のひょうばんを気にしてはいませんでした。大好きな魔女のまねができるだけでしあわせだったのです。

 

 さあ、レモンの番になりました。けれど、レモンは何を言えばいいのかわからず、しょんぼりとうつむきました。みんなは動物になってからもいきいきとくらしているように見えるのに、自分はどうでしょう? 何一つ、りっぱなことも、楽しいこともできていないではありませんか? はずかしくてだまりこんでしまったレモンを、なかまたちがなぐさめます。けれど、やさしいことばをかけられるほど、レモンはみじめな気分になるのでした。

 

 その夜、くだものたちは果樹園で休むことにしましたが、レモンだけはこっそりと果樹園をぬけだし、暗い道をかけていきました。



 レモンが向かったのは、北でした。魔女の言葉が、いつも頭のすみっこにあったからです。

 __北の空にいつも光る、動かない星が、わたしだ。


 魔女がレモンたちにうそをついたことは、今までに一度もありませんでした。だから、北に行けば、魔女と会えるにちがいありません。

 

 レモンが魔女に会いたい理由は、たった一つでした。自分がこれからどこで、どうやって生きていけばいいのか、教えてほしいのです。きつねとなった自分が何をしたら、魔女は喜んでくれるでしょう? その答えは、魔女自身しか知らないとレモンは思っていました。

 

 旅の中でレモンは毎晩空を見上げ、星になった魔女を探しました。星は明るく見えることもあれば、雲に隠されて一つも見えないこともありました。あまりにもたくさんの星があるので、魔女の星がどれであるのか、レモンには分かりませんでした。


 ある夜、人間たちの村を通りかかったレモンは、澄んだ大きな池を見つけました。ちょうどのどがかわいていたレモンはたったっと池に駆けより、池の水を飲もうとしました。


 水面に顔を近づけたところで、レモンははっとおどろきました。いつもなら空の高いところに浮かんでいる星が、池の中に散らばっています。レモンに会いに、空からおりてきてくれたのでしょうか?

 水面に映ったひときわ目立つ星が、レモンに向かってきらきらとまたたきました。レモンはもう嬉しくて胸がいっぱいになり、何も考えずに池に向かって飛び込みました。


 ところが、レモンが池に落ちた瞬間、星たちは消えてしまいました。それと同時に、冷たい水がレモンをのみこみ、池の中に引きずり込もうとします。レモンはきゃんきゃん泣きながら、もがきました。けれども冷たい水につかっているうちにだんだんレモンの体は弱り、力が抜けていきます。とうとう水の上に顔を出し続けることも難しくなってきたころ、ばしゃんと大きな音がして、二本の腕が、レモンをつかまえました。そのまま水から助け出されたレモンは、息をすることができる安心と水の中でもがき続けた疲れから、ぐったりと気を失いました。


 次に気がついた時、レモンはあたたかい火のそばで、ぬれた毛皮をかわかしてもらっていました。小さな、優しい手が、レモンをしきりになでまわしています。

 レモンが目を開けると、すぐそばに人間の女の子がいました。女の子はにっこりと笑います。

「冬なのに池に落ちるなんて、おばかなきつねさん。もう少しで、凍え死んでしまうところだったのよ」

 そう言って、女の子はレモンに、パンのかけらとお水を少し分けてくれました。

「また池や川に落ちてしまうといけないから、あたしといっしょにおいでよ。あたし、お母さんが待っているお家に帰るところなの」

 女の子は、かわいらしい声でくしゃみやせきをしながら、レモンに自分の話をしてくれました。

 女の子の名前は、アレシャといいます。貧しい家に生まれたアレシャは、まだ十一才だというのに、家から遠く離れたお金持ちの屋敷へ働きに出ていたのです。けれどいっしょうけんめい働いて、やっと十分なお金をかせいだので、両親が待つ家に帰ることにしたのでした。

「お母さんやお父さんへのおみやげも、ちゃあんと買ったのよ。ほら、干したくだものに、仕立てものをするための上等な生地。二人とも、喜んでくれるかしら?」

 レモンはもちろんそうだと答えました。けれど、レモンの言葉はアレシャには分かりません。アレシャはレモンののどをくすぐって、

「だめよ、このくだものは、お母さんに食べてもらうんだから」と言っただけでした。

 ねむる時には、アレシャはレモンのすっかりかわいた毛皮をぎゅっと抱きしめて、あたためあいました。

「きつねさん、とっても良いにおいがするわ」

 アレシャはうとうととまどろみながら、つぶやきます。

「甘いような、すっぱいような……はじめてかぐ、すてきなにおい。これはお花のにおい? それとも、おかしのにおい?」

 アレシャはレモンというくだものを知らないようです。レモンは耳をぴんと立て、しばらく目を丸くしていました。自分を知らない人がいるとは思わなかったからでした。

 けれども、レモンが自分のことを話そうとするよりも先に、アレシャはねむっていました。


 めざめると、アレシャはまたふるさとへと歩きつづけ、レモンもそれについていきました。北へ行くにつれて寒さがきびしく、歩く道もけわしいものとなっていきますが、レモンとアレシャはふざけあったり、おいかけっこをしながら、楽しくすすみます。そのうち、おたがいのことばはわからなくても、思っていることが分かるようになってきました。アレシャはレモンが好きで、レモンもアレシャが好き。ふたりのかがやく目や、はずむ声や、楽しくうごく手足がそう言っているのです。


 ある日、アレシャはせきをしていました。歩くのもいつもよりゆっくりで、レモンがかけっこをしようとさそっても、なかなかその気になってくれませんでした。


 空は雪もようで、ふたりが通る町では、だれもがあたたかいマフラーをまいて、手袋をはめています。けれども、アレシャにはうすい上着しかありませんでした。

「はやく、お家に帰りたいね」

 そうレモンに言うアレシャの声は、元気がありません。


 日が沈むころ、ふたりは大きな町を出て、山にのぼりました。町の人に、泊まっていったらと声をかけてもらったのですが、アレシャがことわったのです。その日、彼女はいつもよりずっとたくさん、お父さんやお母さんを思い出していました。お母さんにだきつきたい。お父さんと、だんろのそばであそびたい。お母さんの作ったあたたかいシチューや、ホットミルクがのみたい__その気持ちだけで、重たい足をうごかして、アレシャはひたすらすすみます。


 雪がふりはじめました。けれど、アレシャはあついと言って、上着をぬいでしまいました。レモンはおどろいて彼女をしかりましたが、彼女にはレモンのことばがわかりません。


 雪がどんどんひどくなって、アレシャの小さな足をずんずんとかくしていきます。かわいそうなアレシャは、とうとうまっしろな雪の上にたおれこんでしまいました。レモンはひっしに彼女を助けおこそうとしますが、上手くいきません。


 夜空を見上げると、ぶあついいじわるな雪雲の中にたった一つだけ、白い星がきらきらと光っています。それを見て、レモンは泣きだしそうになりました。

「おばあさん、アレシャを助けてください」

 そうねがいごとをさけんだとき、レモンの黄色い三角耳のそばで、やさしい声が聞こえました。

『お前にできることは、まだあるはずよ。まわりをよく見てごらん』

 レモンははっとしました。空ばかり見上げるのをやめて、ふぶきで白くかすむあたりを見回し、すんすんと鼻を動かしました。


 おや。遠くに、小さな光が見えます。星でしょうか? 目をこらし、レモンは雪風の中を飛び出していきました。光がどんどん大きく、明るく見えてきます。近づくにつれて、それが小さな家のまどからもれるあかりだとレモンは知りました。いちもくさんにかけて、とびらにどしんと体当たりをすると、とびらは中からゆっくりひらきました。


 あらわれたのは、とても年をとった、でも魔法の力が顔の穴という穴からあふれ出しているような女の人でした。そこは、魔女の家だったのです。けれど、レモンを育ててくれた、くだもの好きな魔女とはちっとも似ていません。いじわるそうな目でぎろりとレモンをにらみ、

「雪が入ってくるから、中に入るんならさっさとおし」

 と言い放ちました。

 レモンは魔女のおそろしいみかけと、冷たい態度にすっかり怖くなりましたが、アレシャの苦しむようすをすぐに思い出し、魔女のエプロンにかみつきました。

「これ、何をするんだね! おやめ、あんたを大なべに放り込んで野菜と一緒にしゅんしゅん煮ちまうよ!」

 そうおどされても、レモンは魔女のエプロンを引っ張ります。魔女は怒りながらも、しぶしぶレモンについてきてくれました。

 雪の中にうもれかかったアレシャを見つけると、魔女はすぐさま彼女を掘り出し、家の中に連れて行きました。レモンももちろん、その後を追いかけます。


 魔女は自分のベッドにアレシャを寝かせ、何枚ものふかふかの毛布で彼女をくるみました。それからあたためたミルクと、たまたま残っていた薬を飲ませました。

 レモンはアレシャの真っ赤なほっぺたにキスをします。ところが、どうでしょう。アレシャの顔はものすごく熱くなっていて、今にも火を吹きそうなのです。

「ひどい熱だね。こりゃあまずい」

 魔女は、氷をくるんだ布袋で、アレシャの顔を冷やしました。けれども熱はなかなか下がりません。

「この子は、明日の朝まで生きていられないかもしれないね」

 そんな! レモンは、こんこんと鳴いて魔女にうったえました。

「だって、病を治す薬は別の人にあげてしまって、もう一滴も残っていないんだよ」

 薬がないのなら、また作ればいいではありませんか。

「無茶なことを、言わないでおくれ。そりゃあ、たいていの材料は家にそろっているよ。わたしは薬作りの魔女だからね。でも、南国のレモンの葉、これだけはどうにもならないよ。遠い南の国にいかなきゃ手に入らないんだし、今から南の国にでかけたら、その間にこの子が死んじまう」

 レモンは飛び上がります。レモンの葉ほど、かんたんに手に入るものはありません。だって、自分はもともとレモンの木だったのです。けれど、魔女はレモンがいくらそう力説したって、ちっともその言葉を分かってくれませんでした。

「さあ、もうさわぐのはやめて、この子のそばにいておやり。せめて幸せな夢を見られるように……」

 けれどもレモンは、魔女の家の扉を押し開けて、吹雪のふる外に出ていってしまいました。

 

 レモンが外に出た時、夜空をおおう雲に切れ間が出きて、星が一つ顔を出しました。きらりと光を放つその星に向かって、レモンは一声高く鳴きました。

「おばあさん! ぼくを、もとのレモンの木にもどしてください。大切な友だち、アレシャの命を助ける薬になりたいんです!」

 薬作りの魔女が、レモンを追いかけて外に飛び出しました。そこで彼女が見たものは、一匹のきつねが、星明かりをあびて金色の毛をぶるっと震わせたかと思うと、みるみるうちに葉を青々としげらせた一本の木になるところでした。


 レモンはもう、きつねのようにこんこんとは鳴きません。魔女の耳に聞こえたのは、レモンの葉がこすれあう、かすかな声だけでした。激しい吹雪にちっともゆらぐことなく、その木は静かに魔女と向き合っていました。


 魔女は黙って木からレモンの葉を数枚とり、家の中に走って戻りました。それから、彼女は大忙しです。ベッドでねむるアレシャのようすをきづかいながら、急いで薬の材料をたたいたり、つぶしたり、混ぜあわせました。


 そしてやっとできた薬を、アレシャの口に運びます。アレシャはしばらくしてから目を覚まし、ふと笑いました。

「きつねさんのにおいがする」

 アレシャの熱は、だんだん下がっていきました。魔女はほっとして、ベッドにこしかけました。

 その冬の吹雪はなかなかおさまらず、外を歩くとたちどころに迷ってしまうほどだったので、春がくるまでアレシャは魔女の家にいることになりました。薬作りや掃除を手伝いながら、きつねのことを思い出さない日はありません。

「きつねさんは、どこかに行ってしまったの?」

 そう聞かれた魔女は、いつも急に耳が聞こえなくなったふりをするのです。アレシャはいつもどこかゆううつで、ふさぎこんでいました。あの大雪の中で、こごえ死んでしまったかもしれない__魔女に何も言われなくても、そんな悪い想像をしてしまうのでした。


 ある日、おひさまが、めずらしく雪雲の向こうから顔を出しました。おかげで固い雪はやわらかくなり、まどのしもはすぐにとけ、家の中は火をともさなくとも明るくなりました。


魔女のゆるしをもらって、久しぶりに外に出たアレシャは、家の前に一本の木が生えていることに気がつきます。あたまに雪をのせたその木は、アレシャにむかって枝をゆらしてみせました__でも、それは風のせいかもしれません。


アレシャは木に近づき、その固いはだにふれました。たくさんの葉をつけた枝がアレシャのあたまをなでていきます。アレシャは、お父さんやお母さんに甘えた時の安らかさを思い出しました。

「それはレモンの木だよ」

 まどからのぞいていた魔女が、アレシャに言いました。返事をしようとして、アレシャは自分が声もなく泣いていることに気がつきました。いったい、どうしたのでしょう。なみだをぬぐう少女に、魔女はもう何も言いませんでした。


 魔女のかわりに手をさしのべたのは、レモンの木でした。さわさわと葉や枝をゆらして、心地よい歌を歌ってあげました。あちこちからふきだした新芽が、アレシャをつつきます。思わず笑うアレシャに、べしゃっと木の上の雪がおちてきます。


 おかえしとばかりに、アレシャはレモンの木にだきつき、思いっきりくすぐってやりました。木は笑い声を上げるかわりに、固い体をよじり、根っこをふるわせ__とうとう、雪の上にころんと転がり、やわらかい雪をぐちゃぐちゃにかき回しました。それを見て、アレシャのおどろいたこと。レモンの木があったところに、いつのまにか、あの、友だちのきつねがあらわれたのですから。

 

きつねにもどったレモンは、アレシャの腕の中に飛び込みます。そのようすを空からみていたブドウの小鳥たちは、かつての果樹園の仲間たちに、レモンのようすを知らせにいきました。

 魔女の家の前でくるくるとおどるアレシャとレモンの耳に、ちょろちょろと水が流れる音が聞こえてきます。


 雪が解け、春がやってきたのです。


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― 新着の感想 ―
自分が育てたくだものたちに、軽やかに走る足や、つばさを最後に贈る魔女、愛情いっぱいだったんだなと感じます。 くだものたちがそれぞれ動物になって活躍している様子に、ほっこりしましたが、一方でレモンが悩む…
とっても素敵なお話の登場人物の名前を打ち間違えていたことに気づきました。 本当に申し訳ありません! レモンの木に頭をぶつけて反省します。 いったん削除して、感想を入れ直そうかと思ったのですが、 逆にお…
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