暮れの来訪者
三題噺もどき―ななひゃくろくじゅうきゅう。
夕日に染まる街は、いつ見ても美しいと思う。
黄昏時なんて言われるけれど。
それは美しすぎるがゆえに生まれた言葉なのかもしれない。
あまりにも美しいものは、時に恐怖を生むものだ。
「……」
徐々に濃ゆくなっていく橙は、静かに街を染めていく。
空の端には透明な月が浮かび、太陽はその身を沈めていく。
人々はいそいそと駆けていたり、ゆっくりと歩いていたり、それぞれの時間を過ごしている。当たり前の日常が、そこにはある。
「……」
私も私の日常を、これから始める。
煙草を片手に、こうしてベランダに出て、街を眺めて。
いろんなところから聞こえる声に、耳を澄ましてみる。
「……」
相も変わらず、マンションの下に広がる道路では、子供たちが遊んでいる。
公園にでも行けばいいのに、毎日ここで遊んで飽きないのだろうか。
まぁ、飽きないからここに居るのだろう。むしろ飽きると言う感覚がないのかもしれない。
「……」
今日はどこから持ってきたのか、しゃぼん玉で遊んでいた。
1人上手な子がいるようで、たまにかなり上の方まで昇ってくる。
さすがに私の階までは昇ってこないが……あぁでもこの間は1つ、上がってきていた。
「……」
目の前で、ぱちんと、弾けたあの様は。
何とも言えない儚さがあった。
……そういう童謡が確かあったはずだ。しっかりと聞いた覚えもないし、歌詞を覚えているわけでもないので、どんなものだったかは分からないが。
子供たちは、しゃぼん玉を作り上げては、そのまま眺めたり、手でぱちんとつぶしたり。
各々で遊んでいる。彼らにはまだ、分からないのだろう。
「……」
『無邪気なものだねぇ』
ふいに聞こえたのは、聞きたくもない声だった。
神出鬼没もいいところなコレは、学習能力もなくまた来たらしい。
今日は猫の姿ではなく、普通の人としての姿を取っていた。
まぁ、服装は現代には似つかわしくない格好ではあるのだが……これが本人は一番美しいと思っているらしい。
「……」
『君にもあんな時期があったのかなぁ』
こちらの事は気にもせず、独り言のように呟いている。
私にあんな時期がなかったことなんて知っているくせに、コレは何をしに来たんだろうか。
換気扇の上に座り、片膝を立ててその腕に肘をたてて、頬杖をついて。
それなりに顔は整っているので様になっているのが腹たつな……格好のせいで太ももはきつそうだが。
「……」
『……そんなに見つめないでおくれよ』
何を言っているんだコレは。
どこをどう受け取ったら見つめていると言う判定になる。
これでもかというくらいに睨まれているくせに。気色悪いな。
まぁ、コレは睨まれて当たり前の生き方をしているから、慣れているんだろう。それかもう感覚がおかしいんだな。
「……なにしにきた」
『だから別に、何もしに来てないだろう』
それがおかしいと言っているのだけど。
ここにわざわざ来る理由が、全く見当もつかないのだ。コレの考えている事なんて分かりたくもないが……。けれど、手に入れたいものを見つければ、盲目的にそれを追うことしかしないようなコレが、こうしてそれなりの頻度で来るには、何かしらの理由があるはずなのだ。
『ちょっと休憩に来ているだけだよ』
「……暇なんだな」
『だから、暇じゃないって』
「……ならうちに来るの止めてくれませんか」
『――――――!!!』
「……」
コレはこんなにバカだっただろうか。もう少し賢い奴だと思っていたのだが。
家に来ればコイツが居ることは当たり前なのに、どうして来るんだろうな。
あ。
「……そうやって隠れるなら来なきゃいいのに」
そうぼそりと呟いたのは、いつの間に居たのか、私の従者だった。
我が家では見慣れた小柄な青年の姿ではなく、アレが苦手にしている元のすらりとした美青年の姿になって出てきたあたり、コイツは意地が悪いな。
―しかし、おかげで珍しい表情が見れたのはよかったかもしれない。
この姿で、こんな不満たらたらみたいな、あからさまに表情を出すようなことは、あまりしないからな。
「……何笑ってるんですか」
「なんでもないよ」
さて。
邪魔者は消えたし。
私も部屋に戻って、朝食を食べるとしよう。
「毎回何をしに来るんですかね」
「さぁ……アレの考えていることは分からん」
「……ご主人もさっさと呼んでくれればいいのに」
「……んん、まぁ、気づくだろう」
「気づきますけど」
お題:盲目・太もも・しゃぼん玉




