9.初恋の痛み
2年生になった。沢田とはクラスが分かれ、へんげとは相変わらず同じクラスにはなれなかった。 それでも、登校は主に沢田と、下校はへんげと待ち合わせ・・・。そんな学校生活のリズムは変わらず続いていた。
4月の初めにはまだ桜が咲いていて、花びらが雪のように舞う中をへんげと歩いて帰るのは、それはそれで楽しかった。
「河合。交換日記を始めてから、もうすぐ1年になるね」
「全部合わせたら、百科事典並の厚さになるんじゃない?」
この一年で、へんげの華奢な印象は少しずつ薄れ、ほんの少し女性らしい体つきになった。僕もまた、肩幅や骨格が少しは男性らしくなってきたように思う。
「手を繋いで歩きたいとか、河合は思わないの?」
「どうしてそんなことを聞くの?」
「私たちよりずっと後に付き合い始めたカップルだって、手を繋いで歩いてるよ。そういうの、普通に気にならない?」
「僕らだって進化してると思うよ」
「そうかな?」
「最近は交換日記で、二人だけの詩を作ってるじゃない?まあ、将来のバンド活動に活かして一石二鳥なんて考えてるけどさ。それでも、言葉を一緒に考えて、少しずつ形になっていく過程がすごく楽しいって感じるのは、僕だけ?」
「すごく楽しいよ。でも、それとこれとは別の話。河合ってさ、私が手を伸ばしても、すっと外すじゃない?もしかして、手を繋ぎたくないのかなって」
「・・・去年のさ。下駄箱で僕を待ってくれてた時、へんげはドキドキしてた?交換日記の話を出した時も、やっぱりドキドキしてた?」
「あたりまえだよ」、「私はね、小学校の頃、河合が家まで送ってくれる時間が好きだった。もちろん見た目も好きだったよ。でもそれ以上に、河合って誰にでも平等というか平均的に接するじゃない?」、「だけど、あの送ってくれる時間だけは、私だけに優しい河合って感じがしたんだよね。それから1ヶ月かけて、用意周到に交換日記にまでこぎつけたの」
「用意周到って?」
「例えば、1ヶ月顔を見せないようにして少し引いてみたりとか、河合がスマートフォンを持ってそうかそれとなく沢田に探りを入れたりとか、電子的なやり取りよりも紙に書くほうが好きらしいって、河合のお母さんに聞いたりとか、そんなこと」
「なんだか、すごく、恋って感じがするね」
「他人事みたいに言うんだね。じゃあ、河合はどうして私と付き合おうと思ったの?」
「へんげのことは特別だと思ってたから。あの時言ったことと、変わってないよ」
「でも、それは恋じゃないんだ?」
「この話、やめようか」
「やめない。河合が何を恐れているのか、それを聞き出すまではやめない」
「わかった」
僕は少しだけ頭の中で言葉を整理してから、続けた。
「へんげ。僕はね、恋っていうのは時間が経ってから実感するものだと思ってる。特に初恋は。だから、へんげの初恋が『忘れられない記憶』として残るなら、その相手が僕でいいのかなって、後で後悔されるんじゃないかって、それが怖いんだ」
「つまり、自信がないってこと?じゃあ逆もあるよね。河合の初恋の相手が本当に私でいいのかどうか。そこにも自信がないってことだよね」
「そうなのかもしれない。ごめん」
へんげは「ふぅ」とひとつため息をついて、空を見上げるように顔をあげて言った。
「桜の花って、きれいだよね」
「うん。そう思う」
「桜吹雪って言うけどさ、本当に吹雪みたいに舞って降り注ぐんだね」
「今日みたいに風があって晴れた日は、なおさらそう見えるね」
傾きかけた太陽が、花びら一つ一つを輝かせながら舞わせる様子は、儚くて美しすぎて、なぜか別れを予感させる。
「河合との時間は、忘れないと思う。今日見た桜の美しさと一緒に、心に刻み込んだよ」
へんげのいつも明るい顔が、僕のせいで悲しそうな表情に変わる。
「河合・・・。私はたった今、初恋を知ったよ。きっと、それは美しいだけじゃダメなんだ。失恋の痛みがあって、初めて完成するものなんだ」




