5.白い秋桜 または黄昏の怪異
「白い秋桜は自生力が弱いのよ。だから、誰かが植えなければ一面に咲くということは考えにくいわね」
母さんはそう言いながら、「やっぱり面白い話ね。この娘はどこからやってきたのでしょうね。どうして、初夏の農作業を行っていたにも関わらず、白い顔だったのでしょうね。日によって変わる態度とか、横顔だけしか記憶に残らないとか、家のあった場所に自生できない白い秋桜だけが残されたとかね。あえて白という色を選んだのは、花言葉を意識させたいのかな?」
「やっぱり、花の精だったんじゃないでしょうか?」
へんげが言う。
「怪異譚としては、それが一番うれしいところね。ただし、語り手は片思いのようだから、娘の一面しか見ていないわけでしょう?」、「だから、断片的な知識や思い出、思い込みが混ぜ合わさって不思議な話になっているとか、もしかするともっと陰湿な、あるいは切迫した、それこそ町中で隠さなければならない秘密があったとか、そんなところかしら」
母さんの話を聞いて怖くなった。へんげも同じらしく黙り込んでいる。
「こういった真相を暴いていくのは、民俗学ではないわね。花の精ということにしておきましょう」
母さんはそう言うとへんげに笑いかけた。
その日を境にして、へんげは勝手に我が家に来ては、母さんと話し込むようになった。どうやら、母さんが三重の伝承記録チームの顧問だかを務めることになったらしい。
まあ、へんげの狙いが最初からそこにあることぐらいは分かっていたが。
で、母さんは「祭り編」では序文を書くことになったらしい。
放課後になると、僕は沢田とキャッチボールや釣りなどをして遊び、家に帰ってから、へんげを彼女の自宅まで送るという日々が続いた。
「河合ってさ。変わってるよね?」
「どのあたりが?」
「こうやって、女の子を送っていくことにあんまり抵抗がなさそうというか、恥ずかしくもなさそうというか、そういったところ」
「だって、まだ日が暮れるのも早いしさ。危ないじゃん。それに黄昏れてゆく時間ってなんか好きなんだよね。なにかに出会えそうじゃない?」
「ふぅん。そういうのって逢魔が時って言うんだっけ?」
「そうそう。いや、そうかな?素敵な何かと出会えそうって意味で言ったんだけど」
「出会いたいのは怪異とか魔物じゃないんだね」
「ところでさ、へんげの家の表札ってどうして『竹内』なの?」
「どうしてって、竹内だからだよ」
「ん?じゃあ、竹内さんの家に、へんげが居候してるってこと?」
へんげは声を出して笑いながら、
「河合さぁ・・・、もしかして天然?」
「天然?なにそれ?」
「あのさぁ。私の名前をちゃんと言ってみてよ」
「へんげでしょ?下の名前は知らないけどさ」
「竹内です。竹内京子!『横顔の美女』の書き手として署名してあったでしょ?」
「え!じゃあ、へんげっていうのは?」
「あだ名に決まってるでしょ?今回の本の件で怪しげな話ばかりしてるって沢田にいじられてさ。で、妖怪変化のへんげ」
「え?」
「今どき、『子』の付く名前って珍しいでしょ?」
「いや、そんなことよりもさ」
「でも、河合のお母さんは、最近また『子』の付く名前が流行り始めてるんだって言ってたよ。命名習俗?民俗学ではそう言うらしいよ」
「いや、ごめん。沢田があまりに自然にへんげって呼んでたから、すっかり本当の名前なんだって思ってた」
「そんな苗字の人、日本にいるの?」
「いや、ここにいるんだって思ってた。どんな漢字なのかなって」
「まあ、いいけどね。河合からならへんげって呼ばれても許すよ。お母さんにもお世話になっているし、こうしていつも送ってくれてるしね」
「いまさら竹内さんって呼びづらいよ。へんげのままじゃだめかな?」
「さっき、いいって言ったよ」




