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黄昏の秋桜  作者: 蒼野 壮太


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23/23

23.チョコレートコスモス

 憧れの人は、あまりにも理想化されてしまって、 ほんの少しのエピソードが永遠に美しい記憶になるかのように感じられる。

 断片的な情報ばかりかき集めたって、 どこにも真意なんて見つからないのに勝手に混乱して、痛みや切なさだけがどんどん膨らんでいく。

 夜が長くなり、どんなものにもその人の面影が見えてくる。

  ほんの少しの喜びと多くの苦しみがまざりあいながら、 自分でも理解できない行動をしてしまって、 なぜか泣きたくなってしまう。

 雨が降ることや、風が吹くことを防げないように、意志とは無関係に心を揺さぶられてしまう。

 そうして、その人は、いつのまにか、神秘的な存在にまで昇り詰めてしまう。

 結局、僕は、そんなふうに初恋という現象に憧れを抱いていただけなのかもしれない。

 たぶん、曽祖父の伝承も始まりは似たようなものだったのだろう。

 それが、現実的で妥当な解釈だ。

 それにしても、白い秋桜までもが同じだなんて、出来すぎている。いつか僕の話も伝承に加えられるよう、誰かが時の狭間から、舞台準備をしていたかのような気にさせられる。

 時を超えて、曽祖父と僕は同じ花の精に出会い、同じように惹かれて、儚い思いに身を焦がしたとしたのなら・・・。

 少しは、初恋のエピローグとしてふさわしくなる?

 そうとでも言いたいのだろうか。

 ・・・ばかばかしい。見世物じゃないんだよ。

 でも、僕自身も実は伝承の中の人物だとしたら?

 いやいやいや。そんなこと、あるはずがない。

 全ては痛みと、切なさの入り混じった美しい偶然にすぎない。

 僕は、白い秋桜の中に立ちすくんだまま、黄金色から赤く変化してゆく西の空をずっと眺めていた。


「大丈夫?」

 へんげの声がした。

 あれ?通話中のままにしてたんだっけ?

 どのくらいの時間が経ってしまったのだろう。そう思ってスマートフォンを見ると、通話にはなっていなかった。

 後ろで大きな息づかいが聞こえた。振り返ると、黄昏の中、自転車にまたがったへんげがいた。肩で呼吸をしている。

「ずいぶん、飛ばして来た?」

「私史上、最高速度で来た」

「ここにいると分かったのはなんで?」

 へんげは初めて会ったときと同じようにもじもじしていた。

「あのね。私、何度か河合の後をつけたことがあるんだ。3年生を追いかける河合」

「そうだったの?間抜けに見えたでしょ?」

「ううん。そんなことない。私のほうがよっぽど間抜けに見えたと思うよ」

「まあ、青春の一コマだよね」

「それで、松田さんのことを河合が思いつく場所って言ったらここしかないって思ったの」

「秋桜を植えてあることを知ってたの?」

「実は、最近も一人で来たことがあるんだ。何度か・・・」

「どうして?」

「河合の様子を見てたら、なんか悔しくなっちゃってさ。それで、この前来た時、秋桜のつぼみが出来かけてたんだよね。白秋桜かどうかは、まだ曖昧だったけど」

「そうだったのか。すごい推理力だね」

「怒らないの?」

「ねえ、へんげには、僕の姿がはっきり見えてる?」

「え?何の話?私、視力には自信ある方だよ。河合の詰め襟の下側のホックが外れているのだって見えるよ」

「そうか。そうだよね」

「で、怒らないの?」

「どうして怒るのさ?」

「だって、私、ストーカーしてたんだよ?」

「僕もだよ。でも、へんげのはストーカーの定義から外れてるから大丈夫」

「ん?普通にストーカーでしょ?まあ、いいや」

「うん。いいんだと思うよ」

「それで、河合はさ。初恋ってどういうものか分かったの?探してたんでしょ?」

「探してた。でもそれは恋ではなかったのかもしれない。初恋と恋は違うものなんだなって気づいたよ」

「おなじでしょ?」

「いや、初恋は痛みだ。僕が君に与えてしまった痛みと同じものだ」

「じゃあさ。痛みを伴わない初恋だってあって、そのまま結婚しちゃうこともあるでしょ?」

「それは、初めての恋なんだと思う」

「初恋と初めての恋か。河合はそう考えたんだね」

「そうだね。だから、初恋より、恋はきっと、もっと純粋で美しいもんなんだと思うよ」

「そうだといいね。・・・うん。そうあるべきだと思う」

「ここまで来てくれてありがとう。帰ろうか。送っていくよ」

「河合の帰り道と同じじゃない!」

「あ、そうか。この場合の適切な表現は、一緒に帰ろう、だね」

「なに?その先生みたいな話し方」

「一緒に帰ろうか。なにか飲む?」

「じゃあ、ミルクティー。あと二人乗りで帰ろうよ。疲れちゃったから河合が前だよ」

 自転車をこぎながら、へんげとこんなに近いのは、初めてだと思った。

「で、どうしてそんなに急いで来たのさ?」

「河合が何かしそうな気がしたから」

「何かって、思い詰めて自殺とか?」

「だって、今まで聞いたことがないよ。あんなに暗くて怖い声」

「だからって、僕が自殺なんてするように見える?」

「う〜ん。冷静に考えたら見えないね。でも、さっきまでの河合なら『自殺ってどんな感じなんだろう?ちょっと試してみるかな』ってくらいは、やっちゃいそうに見える」

「そんなことしたらほんとに死んじゃうじゃん!」

「・・・河合。一つなぞなぞを出してもいい?」

「いいよ」

「私がね。河合に渡すとしたらチョコレート色の秋桜です」

「うん。・・・え?それでおわり?なぞなぞになってないし、なんか怖いよ?」

「答えは、一緒に探したいんだよね・・・」


「あのさ、へんげ」

「なに?」

「僕の『秋』って名前、母さんは、秋に生まれたからだって言うんだけどさ。本当は母さんのおじいちゃん、僕の曽祖父がつけたんじゃないかな」

「『横顔の美女』の語り手だね」

「うん。へんげがあの時、あの本を持ってきてくれなかったら、気づかなかったよ。多分母さんは分かってたんだと思うよ。『横顔の美女』の話が、自分の祖父の話だってこと」

「そうかな」

「そうだよ」

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