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黄昏の秋桜  作者: 蒼野 壮太


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21/23

21.抜け殻 または中学3年生

 短い春休みが終わり、中学3年生になった。あの人のいない学校は、随分と色褪せて見えた。

 沢田とは別のクラスのままだったが、小学校時代からの9年間で初めてへんげと同じクラスになった。

 僕はまた窓側の席になった。ただ、3年生の校舎から見える景色は、向かいの校舎のあの人ではなく、常緑の目隠し用の高木の群れだ。つい、癖で窓の外を見てしまうものの、そこに見えるのは白い横顔や揺れる髪ではなく、シマトネリコとか言う木の葉が不規則に光に揺れている様子だけだ。

 それはそれで、美しいのかもしれないが、あいにく植物には興味がない。こんなに学校ってつまらない場所だったんだなと改めて感じる。

 へんげがときどき視線を送って来るのが分かる。どうやら外ばかり見ている僕のことを心配しているようだ。

 視線というものに、人は思った以上に敏感なのだなと悟った。あの人が僕の視線に気づいたのも当然だったのだろう。

 セミの抜け殻は抜け殻のままだ。僕の抜け殻には、魂が戻ってくるのだろうか。いつか、中身の詰まった僕に戻るのだろうか。

 へんげは、どこまで知っているのだろう?

 沢田とはとっくに疎遠になっているはずだし。

 周りに人が少ない時を見計らってへんげが1冊の本を持ってきた。新品の和本だ。『三重の伝承 祭り編』と表紙には書かれている。

「一昨日、出来上がったんだ。河合のお母さんにも20冊送ったよ。1冊どうぞ」

「ついに完成したんだね」

 母さんが序文を書いたはずだ。表紙をめくってみる。

 正方形の付箋が貼ってあった。

 よく知っているへんげの字で『スマホ、持ってるなら連絡先交換くらいしようよ』、続いて電話番号、メールアドレス、SNS IDが書かれてあった。

 断る理由もないので、僕もノートの切れ端に同じ情報を書いてへんげに渡す。

「ありがとう」

 そう言ってへんげは自席へ戻って行った。どうして感謝の言葉を口にするのだろう?

 僕はへんげに本のお礼すら言っていないのに・・・。

 今、あの人はどんな高校生活を送っているのだろうか。芸術科のある高校か音楽専門の高校へ通っているのだろうか。

 中学限定の初恋だろ?そんな情報は不要じゃないか。自分に言い聞かせる。 

 夏になれば、シマトネリコにもセミの幼虫がしがみついて、羽化するのだろうか?残された抜け殻は、飛んでいった成虫にさようならと言うのだろうか?

 だめだ、だめだ。変な思考に陥っている。抜け殻に意思があるわけないだろ?

 だったら、僕は意思を持った抜け殻なのか、実は抜け殻のフリをした中身なのか。

 へんげがまた心配そうな目でこちらを見ている。

 へんげには、僕がここから飛び降りてしまいそうに見えているのだろうか?

 今の僕が、そんなに空っぽに見えているということか。

 本当は、滑稽な考えばかりが、僕の頭の中で行ったり来たりしているだけなのに・・・、なんだか、申し訳ない気持ちになる。

 誤解は解いておいたほうがいいか。いや、誤解じゃないのかな?いやいや、誤解でしょ?

 スマートフォンを持つようになったせいだろうか。あの人に電話しようとしても、電話番号はなんだっけ?アドレス帳にも出てこない、焦って手元がおぼつかなくなる、そんな夢をたまに見るようになった。だが、それは夢だ。

 5月の連休が近づいてきた。もうすぐ春も終わる。

 もういいかな?

 それでも、もう一度だけ、あの人の家のそばに行ってみたくなった。

 

 秋花さん、少しだけあなたを思い出してもいいですか?

 そうすれば、返すつもりのない想い。それを、心の奥にしまい込めます。


 我ながら、切り替えの遅いやつだな、と思う。

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