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黄昏の秋桜  作者: 蒼野 壮太


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15/23

15.通り雨とじゃあね

 梅雨が開けないうちに夏休みが始まろうとしていた、珍しく晴れ間がのぞいた日のことだ。その日は一度、向かいの校舎との渡り廊下で、あの人とすれ違うことができた。

 だが、あの人は僕を見ることも無く、白い横顔のまますれ違って行った。

 今日もまたそういう日だったな。そんな思いを抱えて、中学校の坂を下る。

「お前、キャラクターが変わり過ぎだぞ」昼休みに沢田から言われたセリフだ。

「変わったってどんなふうに?」

「泣き虫を隠すようになった」

 つまり、何を考えているのか分からなくなったってことらしい。でも、もはや、もともとがどんなキャラクターだったのかすら思い出せない。

 そのうち晴れていた空からポツポツと雨が降り始めた。鞄の横に折りたたみ傘を入れてはいたが、このまま濡れて帰りたい気分だった。僕は、傘をささずに歩いていく。すぐに雨は本降りになった。

 その時、横から声が聞こえた。

「河合くん。傘持ってるじゃない?」

 あの人だった。

「それ、使おうよ」

「えっ!川野さん?」

 一瞬で、思考停止に陥ってしまう。

「・・・傘、持ってないんですか?」

「そうなの。だって今日の天気予報は晴れだったから。それより、その傘早く使おう」

「どうぞ」僕は思考停止したまま、傘をあの人に差し出した。

「違う違う」あの人が呆れたように笑う。

「君が濡れちゃうでしょ。一緒に入って帰ろうよって意味だよ。早く広げようよ」

「あ、はい。すみません」

 僕が傘を広げると、あの人が隣に入ってきた。

「助かったよ。送ってもらってもいい?」

「はい。いいです!」

 しかし、今日の渡り廊下では、あんなによそよそしかったのに、この親しげな様子はなんだろう。

「君はさ。いい子だよね」

 あの人が言う。

「尾行はやめてねって言ったら、本当にやめちゃうんだね」

「それは、川野さんに嫌われたくないからです。すでに子供扱いされているようですし」

 あの人は軽く笑う。

「私は君のあこがれの人なの?」

「そう言いませんでしたっけ?」

「聞いてないよ」

「あ、そうか・・・。すみません。行動や視線で分かっているものだとばかり思っていました。言葉にすると『あこがれの人』です」

「そう断言されると、とっても嬉しいものなんだね。君は3年の女子に人気あるから、なおさら嬉しいよ」

「あまり、本気で言ってないですよね?」

 あの人は、また笑った。予想どおり回答はない。

「君は挫折をしたことがあるタイプ?」

「今、してますよ」

「あははは。面白いね」

 笑うたびにあの人の髪が揺れて、空気に甘い香りがわずかに混ざる。

「私はあるよ。小さい頃から習い事をしてて、それが去年くらいからうまく行かなくなってさ」

「習い事ってなんですか?」

「ひみつ・・・。音楽関係」

「ピアノですか?バイオリンですか?フルートですか?」

「恥ずかしいから言わないよ」、「でもね、そろそろもう一回チャレンジしようかなって思うんだ」

 どうしてそんな話を僕にするんだろう。

 どんなことでも、ブランクを作ると元の状態に戻るまで、相当な期間が必要だと聞いたことがある。それには猛練習が必要だとも聞いたことがある。

 あの人の整った横顔を覗き見る。澄ましたような、柔らかいような、冷たいような、僕にはどうしても表現できない横顔だ。

 あの人や僕の住む町へ、ところどころにできた雲の隙間から光の帯が降り注いでいる。

 長い睫毛の瞳が少し眩しそうに空を眺めている。

 涼しげにも見える瞳だ。

 でも、その瞳の奥には僕の知らない多くのあの人がいる。

「あ、雨がやんだみたいね」

 ちょうど、北側の坂を下りきったあたりだった。

「ありがとう。もういいよ。じゃあね」

 そのまま、あの人は振り向くこともなく、僕の傘から離れて歩いて行った。こうやって取り残されたことよりも、「さようなら」という言葉が今日は出なかったことが嬉しくて、あの人の後ろ姿をずっと見ていた。


 まっすぐ帰る気になれず、沢田の家に寄った。沢田の部屋はいつ見ても汚い。マンガやゲーム、作りかけのプラモデルやアニメのフィギアらしきものが散乱していて足の踏み場もない。

「沢田の部屋ってさ」

「じゃあ、帰れ」

「いやいや、最後まで聞こうよ。20年後には宝の部屋になるのかもしれないね」

「たしかに。今はゴミのようでも、価値が出るものが眠っている可能性はある」

「沢田。驚かないでよ」

「なんだよ」

「今日、あの人と、あいあい傘をしたんだよ」

「風邪でも引いて高熱でも出てるのか?」

「今日の帰り道に、あの人から声をかけられてさ。傘に入れて送ってくれって言うから、雨が上がるまで一緒に帰ったんだよ」

「で、そこにお前は何を見たんだ?」

「確実に親しくなってない?しかも、今日は『じゃあね』だったんだよ」

「う〜ん。お前の『あの人』は、何を考えているのかよくわからないな。俺にはお前が都合よく利用されているようにも思えるし、学年差を気にして向こうも遠慮しているようにも思える」

「そうなんだよね。掴み所がないんだよ」

「そもそも、恋愛経験のない俺に相談している時点で、お前は間違っている」

「でも、沢田の言うとおりに尾行したおかげで、少しだけ話せるようになったよ」

「言うとおりって、案を出しただけだ。同罪にしないでくれ」

「もうすぐ夏休みじゃん?どうしたら良いと思う。案を出してくれない?」

「河合さ。一つ聞いていいか?まえに成功率の話をしたよな?それなのに、どうしてお前は付き合ってくださいとか、好きですとか、もっと積極的に言わないんだ?」

「微妙に躱されるんだよね。もっと踏み込んだら、知り合いであることすら辞める、とか言われそうで怖いんだよ」

「じゃあ、夏休みは俺と釣りでもするしかないな?」

「それもするけどさ。あの人と1ヶ月も顔を見れなくなる」

「いいんじゃないか。少し頭を冷やして、今の自分を見つめ直す期間にあててみれば?」


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