13.さようなら
「河合くんの下の名前は?」
「春夏秋冬の『秋』です」
「河合秋くんかあ。私の名前は知ってる?」
「川野さんだということは知っています。下の名前は知らないので教えてください」
「じゃあ、偽名じゃないんだね。私は秋に花と書いて、そのまま『あきはな』と読むの」
「秋花さんか。美しい名前ですね」
「秋の字が一緒だね」
こういった偶然すら運命みたいに思えてくる。そのせいか、やっと落ち着いてあの人の顔を見ることができるようになった。
「河合くんって、女子に人気あるって知ってた?私は河合くんが1年生のときから知ってたよ。当時の3年生や私の学年の女子が騒いでたから」
「いえ、全く知りませんでした。運動部で活躍しているわけでもないし・・・、もしかして、からかってます?」
「からかってないよ」、あの人がまた軽やかに笑った。
「きれいな男の子だって、アイドルなみに騒がれてたよ」
「女性的な顔ってことですか?実はコンプレックスなんです」
「ふうん。そうなの。私は素敵だと思うけど。同じ学年や下の学年の女子からは、男らしい感じの方がモテるのかもね」、「ところで、あの可愛い子とは別れたの?」
ドキッとした。へんげのことだ。1年間、二人で下校していたのだから、何処かで見られていても当然か。
「僕がはっきりしないから、振られました」
「へえ、そうなの。じゃあ、これからは上級生女子からアプローチがたくさん来るかもよ」
「上級生女子には、川野さんも入っていますか?」
あの人はまた軽やかに笑ったが、答えはもらえなかった。
「お腹いっぱい、満足したなあ」
店の前であの人が言う。
「河合くん。これからは、もう知り合い同士だから、尾行はやめようね」
「はい。すみません。でも学校内で部活の先輩でもない上級生に声なんてかけられないですよ」
「そのへんは臨機応変にやったらどう?いつも私の教室を見てるでしょ?たまには君の方を見てあげるよ」
それも、分かっていたのか。
「はい。お願いします。頑張って川野さんを見つけますから」
この回答が面白かったのか、今度は軽やかどころではなくあの人は大笑いしていた。
「君は少し天然が入ってるね。じゃあ、今日はありがとう。さようなら」
そう言って、あの人は帰って行った。僕はそのうしろ姿をずっと見ていた。振り返ってもらえることを期待もしたが、あの人は振り返ること無く帰って行った。
僕からは別れの挨拶を返さなかったな、そのことばかり気になっていた。
「それって、デートじゃん?」
「沢田、声が大きいって」
昨日、あの人とケーキを食べたこと、諸々のストーカー行為はすでにバレていたこと、でも、嫌じゃないからストーカーではないって言われたこと、そんなことを沢田に報告した。
「しかし、お前の『あの人』の狙いがわからないな。付き合ってもいいよ、とか言われたわけじゃないんだろ?」
「そうなんだよね。ただ、ケーキを食べるのに付き合わされたっていうか」
「じゃあ、デートじゃなくて退屈しのぎってやつか?」
「沢田、言葉を選んでくれよ。ちょっと傷つく」
「だが、これでお前の方は身動きが取れなくなったわけだ」
「そのとおり!もう後ろをついて歩くこともできない。偶然を装ってあの人の家のそばでばったりなんてもってのほか。僕の告白めいたセリフも躱わされちゃってさ。残されたのはただ、この窓からあの人のクラスを見てるだけ、ってことだよ」
「まあ、それも十分ストーカー的だけどな。でも、『あの人』が見ててもいいって言ったんだろ?」
「そのような意味のことを言ってくれた」
「じゃあ、進展を待つしかないな」
「ねぇ、沢田?別れの言葉ってなんだと思う?」
「別れのシーンにもよるな。俺とお前なら『じゃあな』って言うよな」
「だよね。あの人は『さようなら』って言ったんだよ。同じ学校でこれからも会うかもしれないのにさ」
「初対面だったからじゃないの?」
「そうかもしれないけど、『じゃあね』とか『またね』が普通じゃない?」
「深く考えすぎじゃね?」
「そうかな」




