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黄昏の秋桜  作者: 蒼野 壮太


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12/23

12.チーズケーキ または半分こ

 その日から、あの人が教室から下校のために廊下に出たのを見かけると、一人で尾行するようになった。これは、間違いようのないストーカー行為だ。なんと情けない自分だろうかと思う反面、どうしてもあの人のことが気になってしまう。

 美しくもなく惨めな初恋だ。

 そんなある日、前を歩くあの人がいつもの角を曲がった。僕は巡航速度でその角を遅れて曲がる。と、そこにあの人がこちらを向いて立っていた。

 僕は明らかに挙動不審になってしまう。引き返すか、進むか、どうするか。慌てすぎて僕は全く別の行動を取ってしまった。

「あの・・・」

 あの人に声をかけてしまったのだ。ただし、そこまでで、続きの言葉が出てこない。

「河合くんでしょ?君は私のストーカーなの?」

 あの人は僕の名前を知っていた。どうして知っているんだろう。しかも、後をつけていたことにも気づいていた。完全に終わった。会話すら満足にできないまま嫌われて終わりか。やはり惨めな初恋だった。

「君、お金持ってる?」

 あの人が言った。

「あ、ごめん。誤解しないで。恐喝じゃないから」

 僕は言われるがままに財布を出して、あの人に見せた。慰謝料という名目なのだろうか。

「安心して。私、君から興味を持たれていたのは、別に嫌じゃなかったよ」

「え?」

「だから、ストーカーにはならない」

「え?」

「安心できた?う〜ん2000円くらいかぁ。いくら使える?」

「全部、使えます」

「じゃあ、私が3000円だから、あわせて5000円ね」

「すみません。話が見えませんし、読めません」

 あの人は少し笑ってから、「そうだね。ごめんね。今日はチートデイなの」と言った。

「途中にケーキ屋さんがあったでしょ?今週はチーズケーキウィークなの。10種類くらい新作があってさ」

 そして、僕の顔を覗き込みながら言った。

「チーズケーキ好き?」

 あの人の髪がふわりと揺れていい香りがした。

「はい。普通に食べます」

「じゃあ、行こうか」

「は?」

 僕は、コントローラーで操作されるゲームの中のキャラクターのように、いま来た道を引き返していくあの人について行った。


「スフレも買う?」

 あの人が僕に言う。すでに5個目だ。

「飲み物は?私はレモンティーにするけど」

「じゃあ、アイスコーヒーで」

 店の女性が「お持ち帰りですか?」と聞いてくる。

「いえ、店内で」

 あの人が答える。

「あの、大丈夫なんですか?学校帰りですよ」

 あの人はまた軽やかに笑うと、

「君は学校帰りにしては、随分遠回りだね。南側の坂方面なんでしょ?」

「まあ、そうですけど」

「大丈夫なんじゃない?私は近所だから、一度家に帰ったことにすればいいし、もともと君は学校帰りとは言えないしね」

 テーブル席にチーズケーキを5つ並べて、あの人と向かい合って座った。あの人とチーズケーキを選んで、テーブル席に腰掛けて、こんな近くにあの人の顔が見える。これは奇跡の始まりだろうか終わりだろうか。

「これ?全部食べるんですか?」

 あの人は、また軽やかに笑った。よく笑う人なんだな、と思った。

「まさか。半分こするんだよ」

「僕とですか?」

「他に誰がいるの?」また笑った。

「女の子ってダイエットには気をつけているものなのよ。でもね、チーズケーキウィークが始まって、新作がショーケースにズラッと並んでいるのを見かけると、どれも食べたくなるわけ」

「はい。僕もスーパーでズラッと弁当が並んでいるのを見ると全部買いたくなります」

 あの人がまた笑う。こうして一緒にいて笑っているのを見るだけで、逆に距離が遠くなるような気がして切なくなる。魔物の笑顔だ。

「そろそろダイエットの中休みにしたくて、今日をチートデイに決めたの。でも一人で買える数も、食べることのできる数も限られているしね。だから、一度はあきらめてお店を通り過ぎたんだけどさ・・・。でも、いつものように君がいるかなと思ったら後ろにいたから」

 そう言ってまた笑う。それにしても気づいている素振りすら見せないなんて、すごい人だなと思った。

「じゃあ、半分こしようか」

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