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黄昏の秋桜  作者: 蒼野 壮太


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1.沢田のこと

「これ、やるよ」

 沢田純一(さわだじゅんいち)の声に顔を上げると、その手には「川野(かわの)」と書かれたネームプレートがあった。


 沢田との出会いは、小学校2年の頃。同じクラスの仲の良かった友人から紹介されたのがきっかけだったはずだ。何故か意気投合し、すぐに親友と呼べる関係になった。

 いや、そう考えていたのは、どうやら僕だけだった。

 小学校5年生の放課後、校庭のすみで一緒に遊んでいると、不意に沢田がボクシングをやろうと言い出した。昨夜の白熱したボクシング世界戦に感化されたらしい。確かに素晴らしい試合だった。

 僕の父親は大学時代までボクシングをやっていて、いまだにトレーニングだけは続けている。その影響で僕も父からボクシングを教えてもらっていた。

 だが、そんなことは沢田には伝えていなかった。別に言う必要もなかったし、そんな機会もなかったからだ。

 僕はやらないと言ったが、一緒にいたもう一人の友人である荒井(あらい)もやりたくないと言ったことで、場が白けてしまった。

 といって、どうせ遊びのボクシングごっこにすぎないし、素手のボクシングで、まさか顔に当てるようなことはしないだろう。ボディに当てる真似でもして、じゃれ合って終わりだろう。友達同士なのだから。

 そう考えて、じゃあ、やろうかと言ってしまった。

 僕は完全に沢田を見誤っていた。

 沢田は僕のガードの上から本気のパンチをバンバンと打ってきたのだ。

「やめよう!」

 数発のパンチを腕で受けた後で、僕は言った。

 腕が痛い。ガードではなく避ければよかったと思いながら、僕は最初の一発目からショックを受けていた。心の底から驚いたのだ。いつも仲良くしている相手に、本気のパンチが打てる沢田に。

 親友だと思っていたのは僕だけだったのか、そう考えると悲しくなった。涙が出てきた。

 翌日、学校で沢田と荒井が一緒になって、「昨日、河合(かわい)を泣かしたぜ」と周囲に言いふらしていた。

 どうやら、本当に親友だと思っていたのは僕だけだったらしい。

 更にその翌日、僕はボクシンググローブを2セットもって、沢田に1セット渡し、グローブを付けて本気でやろうと誘った。

 沢田はすぐに乗ってきたので、僕は沢田が腹を抑えてうずくまるまでボコボコに殴ってやった。レバーを狙って徹底的に打ち込んだので相当辛いはずだ。

 そうして、荒井の方を睨むと、すでに、尻もちをついて拒絶の姿勢をとっていた。

 苦しむ沢田に、

「沢田?君は僕の友達じゃなかったんだね」

 また、涙が出てきた。

「本当の友達なら、素手で本気で殴れないよね?」

 泣きながら言った。

「僕は殴れない。だからグローブをつけた。それでも顔を殴るのは遠慮した。友達だと思っていたから」

 沢田とは、それから1ヶ月以上、口を利かなかった。

「河合、お前って強いのに泣き虫なんだな」

 久しぶりの沢田からの言葉がそれだった。

「弱いから、泣き虫なんだよ」

 僕はそう答えた。


 小学校6年生になって沢田とは別のクラスになった。それでも、毎日のように遊んでいた。

「小学5年のあのとき・・・」

 沢田が気まずそうな顔で言った。

「ずっと、おれは自分以外のやつはみんな格下だと思っていた。特にお前のことは気に入らなかった。俺よりも成績が良いくせに、誰とでも仲良くなれるお前に嫉妬していたんだと思う」

「だから、本気で殴ってきたんだね?」

「そう。一回泣かしてみたかったんだ」

「君のねらいどおり泣いたじゃないか?」

「そうだな。お前は泣いたな。だが、俺のねらったとおりじゃなかった」

「どういう意味?」

「お前は俺に屈服したんじゃなくて、俺から裏切られたと思ったから泣いたんだ」

「同じじゃないの?」

「いや、違う。あのときは本当に悪かったと思っている。だが、お前もあのあと俺をボコボコに殴り倒したよな?」

「でも、その時も泣いてたよ」

「そうだな、お前は泣き虫だよ。だけど、俺も初めて親友ってこういうやつのことなんだなって思ったよ」

「そう思ってくれているなら、もういいじゃないか。僕らは親友だよ」

「そうだ。だからきちんと謝っておきたいんだよ。河合、お前の気持ちを裏切って悪かった」

「あれ?」

 沢田の言葉を聞いているうちに、また涙がこぼれていた。

「ほらな。お前はやっぱり泣き虫だ」

「訂正を求めるよ」

「なんのだ?」

「君がそんな昔の話を持ち出して謝ったりするから感激したんだよ。泣き虫じゃなくて感受性が強いんだ」


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