第31章 – 月明かりの約束
「シーズン1 グランドフィナーレ。二章構成となっております。どうぞお楽しみください。」
薄暗いアパートには、笑い声と囁きだけが響いていた。
ジンとサトミはふざけ合いの追いかけっこを終え、ジンの髪は彼女のちょっかいで少し乱れている。
二人の唇は危ういほど近づき、吐息が混じり合い、視線が絡み合う。
ジンが首を傾け、あと少しでその隙間を埋めようとした――。
小さな声が響いた。
「……川原さん?」
二人は固まった。
ゆっくりと振り向くと、そこに立っていたのは――ユミ。
かつてジンを「川原さん」と呼び、あどけない瞳で慕っていた、小さくて可憐な少女だった。
ドアのところに立つ彼女は、両手を背中に隠し、足音もなく近づいてきていた。
二人のスパイは同時に悲鳴を上げ、まるで現行犯の高校生みたいに飛び退いた。
「ゆ、ユミ!?」サトミは胸に手を当てて狼狽える。
ジンは咳払いをして取り繕おうとするが、耳が赤く染まっていた。
ユミは小首をかしげ、無邪気に瞬きをする。
「……またキスしてたの?」
沈黙。
そして二人は声を揃えて叫んだ。
「そ、そんなつもりじゃない!」
その夜遅く、三人はぎこちなく食卓を囲んでいた。
サトミはユミを自宅に誘い、彼女は静かにスープを口に運ぶ。
ジンとサトミはまるで裁判中の被告人のように、ちらちらと視線を交わしていた。
やがてユミはソファで眠ってしまい、ジンはひっそりと外へ出た。夜の空気は涼しく、街は静まり返り、高層ビルの上にかすかな星が瞬いていた。
数分後、カーディガンを羽織ったサトミも外へ出てきた。夜風に肩をすくめながら。
二人は並んで薄暗い通りを歩いた。しばし沈黙が続く。ジンの手が彼女の手にかすかに触れた。ためらいがちだったが、今回は引っ込めなかった。
「……なあ」
ジンが静かに口を開いた。
「俺たち、ずっと走って、戦って、笑ってきたけど……明日のことを、ちゃんと話したことはなかったな」
サトミは驚いたように見上げ、鼓動が早まる。
「明日……?」
「ああ。」街灯に照らされた彼の瞳は、真剣さと不安を混ぜた色を宿していた。
「これからの未来のことだ。」
街灯の下で二人は立ち止まった。
ジンは完全に彼女の方へ向き直り、その表情はどこか可愛らしい――だが、その声には重みがあった。
「サトミ……俺はもう、任務だけの関係でいたくない。変装や逃亡だけの毎日じゃなくていい。」
彼女は瞬きをし、喉が渇くのを感じた。
「……どういう意味?」
ジンの顔はほんのり赤く染まっていた。
そして、ゆっくりと――だが確かな想いを込めて。
「俺と結婚してくれ。」
サトミは息を呑んだ。世界が止まったように感じる。街灯がちらつき、その瞳には子供のように輝く涙が浮かんだ。
「……なに?」信じられないように、小さく呟く。
「結婚してくれ、サトミ。」今度は揺らがない声で。
彼女の唇が、これまでで一番明るい笑みに弧を描いた――凍える夜をも溶かすほどの微笑みだった。
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